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魔王のぼくと農民のきみと無職のあいつ  作者: 木島冴子
元勇者の家族
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元勇者の家族4



なぜ剣をおさめたのか、アン自身わからない。


アンはまっすぐに魔王を見た。


紅い瞳と青い瞳が交錯する。


魔王の問いにアンは口を開く。


「憎しみ、恨み、そしてたぶん畏れ」


だれにも言うつもりなかった答えをアンは初めて言葉にした。


「畏れ?」


予想していなかった言葉に魔王はおどろいたようだ。


「死ぬことが怖い。殺されるのは嫌だ。父さんや母さん、姉さんのように無残に死にたくない。殺される前に殺してやる。そういうことだ。わたしは卑怯者なんだ」


正義感から勇者になったわけではない。


大義名分では家族の仇をとるためと言いながら、その実は自分のために勇者になったのだ。


勇者の剣という最強の武器を手に入れて自分を守るために。


アンの答えに魔王は言う。


「ほんとうに卑怯な奴は自分を卑怯者だとは言わない」


その言葉にアンは心がほんのわずか軽くなった。


宿敵であるはずの相手になぐさめられるとは思ってもみなかった。


「きみはほんとうに魔王か?」


青年は魔王といわれる人物にしては優しすぎる。


街をいくつも滅ぼしてたくさんの人命をうばってきた非道な存在にはみえなかった。


「よく言われるが正真正銘、俺が魔王だ。魔族の民の繁栄のために人間殺しを命じたのは俺だ。それが正しいと信じていた。しかし今、繁栄とは反対にゆるやかに衰退しはじめている。このままではあと五百年経たず魔族は滅ぶ」


「滅ぶ?」


アンはにわかに信じがたかった。


アンの活躍により劣勢だった戦況をくつがえしたのはここ数年のこと。


未だに多くの土地は魔族の所有するところである。


その魔族が滅ぶとは到底思えなかった。


「人口の減少。これはおまえたち人間もだろう」


確かにそうだ。人口は減りつづけている。


だがそれは魔族との戦争によるものだと思っていた。


それを話すと魔王は馬鹿にしたように笑った。


「戦争初期ならともかく、五千年つづく争いで変わらなかった人口がこの数年で減少していることのほうがおかしい」


魔王はその理由を出生率の低さと子どもの病死率の高さにあると考えていた。


「戦争で文明は発達したが、ここ数百年は人間も魔族も疲弊し衰退している。どちらの種族も成長期は終わったんだ。これからはお互いに助け合わなければ生き残れない」


「だから和平を?」


アンの言葉に魔王はうなずく。


「民が生きるためなら己の誇りを捨てることにためらいはない。俺は彼らの王だ。民の命を守る義務がある」


真名をささげて死ぬ覚悟があるということだ。


「…国王に見習わせたいものだ」


アンは自分の主でもあり人間の王でもある男をおもいうかべた。


あの太った中年男が民のために自らすすんで危機に身を投じるなどというところは想像もつかなかった。


この魔王に守られる魔族たちが少しだけうらやましい。


「ひとつだけ忠告しておく。憎しみは簡単には消えない。きみが頭を下げても人間は納得しないだろう。最悪、首をはねられる」


たとえ魔王が和平を願ってもそれを快く思わない者も多い。


アン自身もまだすべてを許したわけではなかった。


「悪いが今は殺されるわけにはいかない。降伏するとはいっても人間に隷属するつもりはない。対等な存在として共存をしたい」


魔王の考えに今度はアンが馬鹿にしたように言った。


「それは今の国王では無理だ。相手にされるはずがない。わたしに与えられた命令を教えよう。魔族を根絶やしにしてこい、だ。あいつがくたばるまでしばらく待つことをすすめる。数十年のことだ。きみたちにとってはあっという間だろう」


魔族の平均寿命は七百年前後ときく。


数十年など大した時間ではないはずだった。しかし魔王はそれを拒否する。


「駄目だ。数十年も待てない。もしこの機を逃せば俺は魔王から排斥される。今はそういう時勢なんだ」


魔王にも色々とあるらしい。美しい顔には疲労の色がはっきりと見えた。


「主権争いか」


「長く生きているぶん身内の抗争や足の引っぱり合いは人間よりも酷いものだ……」


魔王がなにか言いかけようとして口をとじる。アンはそれを見逃さなかった。


「なんだ?」


「こんなこと頼める義理はないが協力してくれないか」


アンは面食らった。


「わたしがに魔王に協力? 悪いが今までのことを許したつもりはない」


「それならば取り引きをしよう。おまえの言うことはなんでもきく。俺の命でもなんでもくれてやる。今は駄目だが、せめて魔族と人間が共存できるような場所を見届けてから殺されよう。数年くらいでことは足りる。おまえの寿命もそのくらいはもつだろう」


魔王は覚悟を決めているらしかった。


「いいだろう」


アンはその覚悟を受け取った。


魔王が嬉しそうに笑う。


「契約を交わそう。俺の命はおまえのものだ。おまえに危害をくわえようとする、すべてのものからおまえを守ろう。そして時がきたら必ずおまえに殺される。ただし俺にも条件をつけさせてくれ」


「条件は話し合って決める。条件次第では協力できない。それでいいなら、まずは話し合いの場にはつこう」


その言葉に魔王はうなずいた。


アンは右手をさしだす。


さしだされた右手を不思議そうにながめる魔王。


「人間社会でのあいさつだ。武器を持っていない手を合わせることで互いに信用するという意味を持つ」


己の右手をしばらく見つめたあと、魔王はそれを勇者の手に合わせた。


魔王の手は思っていたよりもずっと温かかった。




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