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魔王のぼくと農民のきみと無職のあいつ  作者: 木島冴子
魔王の家族
5/18

魔王の家族5

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「で、これがなんだというんだ」


元勇者は原稿用紙に下書きされた魔王ティスナの作文を読んで言った。


彼女の前には、深刻な顔つきの元魔王がいる。


居間の机上には下書きの作文。それを真ん中に二人は向かい合って座っていた。


ティスナが寝室へ引き上げ、元勇者もそろそろ寝ようとしていたとき、元魔王が「非常事態だ」と言って元勇者を呼びとめ、見せたのがこの作文だった。


「家族の作文だろう。よくある学校の宿題だ」


元勇者の言葉に元魔王は首をひねる。


「がっこう? しゅくだい?」


意味が分からなかったらしい。


そうか、こいつは魔族だった、と元勇者は思い出した。


一緒に暮らしはじめて二年ほど。元魔王は所帯じみていて人間社会への適応が早かった。だから人間の常識を知っているものだと思ってしまう。


だが、彼は魔族だ。魔族には学校も宿題もない。知らないのは当然だった。


元勇者は説明する。


「学校はティスナが昼間行っているところ。同世代の子どもが集まって文化と教養を学ぶところだ。宿題はそこで出される課題。今回は家族のことについて作文を書いているようだな」


わたしも昔書いたよ、と元勇者はつぶやいた。


元魔王はそれを聞いて興味がわいたらしい。


「おまえは何を書いたんだ?」


元勇者にたずねた。


「...家族が魔族に殺されたこと。ついでに打倒魔王」


二人の間に重い沈黙が流れる。久しぶりの気まずさだった。ティスナを探して二人で旅をしていた頃のぎくしゃくを思い出す。


この二年の共同生活でお互いに変わった。少なくとも目が合っただけで、剣で斬りかかることはなくなった。


ティスナの存在が二人の関係を大きく変えていた。


重い空気のなか口を開いたのは元魔王だった。


「…よかったじゃないか夢が叶って」


降伏した元魔王は皮肉る。


「叶ったのは半分だがな」


魔王を倒せなかった元勇者も皮肉で返した。


乾いた笑いが双方からもれる。


それから元魔王はふたたび神妙な面持ちになり低い声で言った。


「話は戻るが、この作文を読むかぎりティスナのやつ、おまえと結婚するつもりらしい」


元魔王は日中、部屋を掃除しているときにこれをみつけたらしい。主夫業が板についてきている。しかし、他人の部屋から勝手に持ち出しては駄目だろう。そのあたりはまだ常識が足りない。


私生活の侵害だろうと注意したところで、二百余年つづけていた魔王としての傲岸不遜をわずか二年で変えることはできない。


それに農作業で疲れた元勇者の身体は睡眠を欲していた。注意するのは明日にして今日は早く床につくことにした。


元勇者は養い子のティスナの作文をあらためて読む。


「わたし好みの男になってくれるらしい」


かわいらしいと元勇者は笑った。元魔王はそれが気に入らなかったらしい。眉間にしわが寄る。


「笑いごとじゃない」


元魔王は作文をひったくった。


「六年後を楽しみにしているよ」


冗談めかして元勇者は言った。


「まさか結婚するつもりか?」


元魔王の紅い瞳が細められる。怒っているらしい。普段めったに怒らないだけに、一度怒りだすと手がつけられない。


「冗談だ。そんなに怖い顔しなくてもいいだろう」


元勇者はあわてて言った。


そこまで機嫌をそこねるようなことだったろうか。


「……俺をあまり怒らせるな」


元魔王の傲慢な態度に今度は元勇者が腹を立てる。こちらは疲れているのにその態度はなんだ、と。元勇者は気が短い性分だった。


「わたしが誰と結婚しようときみには関係ないことだ。なぜ怒る?」


「おまえが短い一生を誰と添い遂げようと自由だ。だが契約だけは忘れるな」


契約。それは元魔王が降伏する条件として元勇者と交わしたものだった。死が二人を分かつまで契約はつづく。


元魔王の言葉に元勇者は苦々しく言った。


「忘れたことなどない。…もう寝る」


元勇者は言うが早いか居間をあとにし寝室のある二階へ上がっていった。


元魔王は黙ってそれを見送る。それから作文を丁寧にたたみ懐にしまうと居間の灯りを消した。



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