元魔王の家族3
夕方になってもアンはもどってこなかった。
「おかしいよ」
ティスナはスィフルに言った。
日が暮れはじめ夕闇が外をおおいつくそうとしている。
なんの連絡もせずアンが帰ってこないということはこれまで一度もなかった。
スィフルも深刻な表情で窓の外、暮れてゆく日を見ていた。
「外を探してくる。ティスナは家にいてくれ。あいつが帰ってきて入れ違いになったら困る」
普段家のそばから離れないスィフルが重い腰をあげた。
「念のため玄関に鍵をかけておくんだ。知らない人を家に入れるな」
そう言ってスィフルが出ていきティスナは家にひとり残された。
広い家にひとり残され久しぶりの静けさに寒くなった。
そういえばこの二年間、ひとりになることはほぼなかった。
ティスナは思った。
家に帰ればたいていスィフルがいたし、彼がいなくてもアンが夜には帰ってきていた。
夜、ひとりになるのはイリスの地のとき以来だった。
家の中でひとりになると物音すら大きくきこえる。
居間にいたティスナは玄関をたたいてアンとスィフルが帰ってくるのを今かと待っていた。
裏戸がきしむ音がした。
アンが帰ってきたのかもしれない。
でもなぜ裏戸から? いつもは玄関からなのに。
探しに行ったスィフルとは会えなかったのだろうか。
さまざまな疑問もあったがティスナは裏戸に向かった。
おかえり、とティスナが出迎えたのは見知らぬ男達だった。
スィフルが家に帰るとアンの姿どころか待っているはずのティスナすらいなかった。
アンは見つからずティスナもいなくなり、スィフルは動揺した。
部屋中くまなく探してもティスナはどこにもいなかった。
よほどあわてていたのか机上の手紙に気づいたのはしばらくしてからだった。
それにはティスナを人質にとったこと、無事に帰して欲しければ指定の場所へスィフルひとりで来ることと書いてあった。
ご丁寧にも差出人は『人間同盟』とあった。
人間のなかでもっとも魔族を滅ぼしたいと思っている秘密結社だ。
アンもまきこまれたのだろうか。
スィフルは久々に人間へ憎悪がわくのを感じた。
アンは国王の前にいた。
玉座にかける中年の男は腹が出ており王としての威厳などまったく感じられない。
「久しぶりだな、勇者よ」
「これはいったいどういうことですか?」
昨日のスィフルとの件で朝食の席に行かなかったアン。
昼間、畑で働いているところに見知らぬ男があらわれ、ティスナが学校で事故にあったから至急来てくれという。
おかしいなと思ったが急かされて用意された馬車にのった。
そして連れてこられたのは王宮だった。
謁見の場に引きだされ待っていたのが国王だったというわけだ。
国王はしわがれた声で言う。
「アン・ソーマ。わしの再三の召喚に答えなかったおまえが悪い」
いきなりの責任転嫁にアンは怒りがわいた。
あいもかわらずこの国王は身勝手すぎる。
アンに単身、魔王討伐を命じたときと変わらない。
「お言葉ですがわたしはもう勇者ではありません。農民です。あなたに仕える臣ではなく守られるべき民です。ご用があるというのならば、あなたの方から出向くべきです」
「生意気な小娘。だから女勇者は好かないのだ」
顔を赤くして国王は立腹した。
となりに立っている宰相がそれをなだめる。
宰相にしては若く三十代前半くらい。目のほそい痩せた男だった。
アンはその宰相に見覚えがあった。
まだアンが勇者だった頃、宰相補佐をつとめていた男だ。
わずか二年のうちに出世したのだろう。
いやな予感が頭をかすめる。たしか彼は『人間同盟』の一員だった。
人間同盟は魔族の根絶をかかげる過激派の人間たち。
元魔王であるスィフルはもちろんのこと新魔王のティスナのことも殺そうとしている連中だった。
シラカバの里は中立地帯。人魔平和条約によってそれは保障されている。
スィフルとティスナはシラカバの里にいるかぎり安全なはずだ。
だがアンは胸騒ぎがした。
「口のききかたに気をつけなさい。勇者ならばまだしもたかだか農民が国王に意見するなど許されないことです」
宰相はアンを汚らしいものでもみるように言った。
「失礼しました。それではこの卑しい農民にいったいどんなご用がおありでしょうか?」
わざとへりくだったような態度をとる。
宰相はアンをにらんだ。
「元魔王の真名を教えなさい。魔族と共存するなど神はお許しになられない。あいつらは滅ぼすべきもの。そして、その筆頭である奴はいますぐ死ぬべきだ」
「それはかつてのことです。すでに彼は魔王をやめています」
「罪が消えたわけではない。おまえも魔族に家族を殺されているだろう。無念をはらしたいとおもわないのか」
「彼を殺したからといって家族がかえってくるわけではありません。それに今彼を殺せば、魔族が黙っていないでしょう。ふたたび戦乱の世をうみだすつもりですか」
アンは青い瞳で宰相を見返した。
宰相はアンを馬鹿にしたように笑った。
「なんのために新魔王がいると思っている」
宰相の言葉にアンの不安は的中した。
ティスナは人質。
人間が魔族を支配するためのひとつの駒。
だが中立地帯であるシラカバの里にいるかぎり、彼らが二人に手をかけることはできない。
人魔平和条約を破ればそれなりの報いがあることは知っているはずだ。
「なんといわれようと教えません」
「残念です。では強引にでもことをすすめるしかありませんね」
宰相の合図で部屋のなかに連れてこられたのは、シラカバの里にいるはずのティスナとスィフルだった。




