ジジイと仇の話
お待たせして申し訳ないです(-_-;)
やっと形になったので投稿します!!
次回はもっと早くにお届け出来るよう頑張ります!!
それはレトがいつものように運び屋の仕事で迷宮に入り、依頼された荷物を届け、ダンジョン入口へと戻っていた時に出会った。場所は大理石で作られたような見事な装飾が施されている西の15階「大回廊」。この階の構造はただの一直線、一本道である。道に等間隔で設置されている柱は奥に進むにつれて1つの物語を表していた。14階から降りるとまるで、王城にある柱のように綺麗に磨かれ、装飾も乙女やら天使等を冠していた。だがそれは奥に進むにつれてその様子は変化していく。乙女の顔は段々と苦悶に満ちた表情へと変貌し、天使の数は減り悪魔が姿を現していく。15階間近の最後の柱には乙女は絶望に満ちた表情で、悪魔達への生贄をなり、その生命を散らしている図であった。そのような道を15階から14階へ戻るように走っていくレトの目の前、場所的には大回廊のちょうど半分程の所で1人の鎧を着込んだ老人が壁にもたれかかっていた。
その老人の顔は年齢を表すかのように皺だらけで、今年で87歳の高齢である。白い髭を充分に蓄え、兜をしているため白髪が残っているはわからないのだが、年齢にそぐわない鋭い眼光をしているのが印象的であった。また、着込んでいる鎧も現代の流儀にはあわないデザインの古い鎧ではあるのだが、丁寧に補修され、機能性に問題はみられないと思われる。そして、この老人に最も合わないのは背中に斜め提げている大剣だろうか。身の丈以上の何の装飾も無い無骨な大剣は、そこにあるだけで異様な雰囲気を作っていた。見た目だけでいけば、この老人は間違いなく歴戦の戦士である。だが、それ以上にめんどくさい老人である事をレトは知っていた。
「おぉ!レト坊じゃないか!これはいい所で出会った!ちょっとこのまま23階まで運んでくれんかのう?」
「寝言は寝て言え、くそじじい!!いや、寝たらもう永眠か?」
「おっと」
ブオンッ!!
ドゴォーーーッン!!!
老人が斜め提げていた大剣が一瞬でレトの真横を通り過ぎ、地面の大理石を粉々に粉砕した。
「なんじゃって?最近耳が遠くなっての?しかもボケはじめとるから、体が勝手に動いてしまうんじゃ。それで、なんて言ったんかいのう?ん?」
「くっ…俺相手に力で訴えるなんて卑怯だぞ!わかったよ!連れていきゃあいいんだろ!」
「さすがレト坊!連れて行ってくれるとわかっておったぞ!」
「くそぅ…なんでだ?占いだと今日の運勢は花丸だったのに、なんでこのくそじじいに会うんだよ…」
この老人の名は「ローガン=フェレクス」。彼は街の有名人である。元々、彼は名の知れた凄腕の冒険者であり、年をとってからは若い冒険者達を指導する教官の職に就き、街の住人達にも慕われていたのだが、悲劇は今からおよそ30年前に起こる。彼の息子がその命を魔物によって散らされたのだ。その魔物は「究極オーガ」と冒険者達に呼ばれている通常のオーガより更に何倍もの強さを持つ正に化物個体であった。自分の息子がその究極オーガに殺されたとわかるやいなや、彼は教官の職を辞し、再び現役の冒険者へと戻ると、自分の持ちうる全てをその究極オーガへの復讐へとあてたのだ。冒険者ギルドもその当時のマスターが彼の親友であった事により、彼を慕っていた冒険者達や、息子のパーティーメンバーだった者達が集まり、究極オーガを西23階の広く殺風景な部屋へと閉じ込める事に成功した。そしてマスターがその究極オーガへの接近禁止、戦闘禁止の命を出した。以来このおよそ30年間、彼はただ究極オーガへの復讐を成し遂げるためだけにダンジョンに潜り、敗れ、鍛え、挑みを繰り返してきたのだった。だが、そんな彼も年老い、西23階まで行くのも既に一苦労である。辿り着くまでに何度も休憩をはさんでいたのだが、そんな休憩中にレトは見つかり、これ幸いと知り合いの運び屋への仕事として自分を西23階まで運んで貰おうと思ったのだった。
レトに装備の一部を預け、ローガンは幾分軽くなった足取りでダンジョンを進んでいく。レトはそんなローガンの後ろを息を乱しながら着いて行く。
「ちょっ!!ローガン爺!!なんだこの大剣!!すんげ~重いんだけど!!」
「まだまだ、鍛えがたらんのぅ。ほれほれ、レト坊は運び屋じゃろうが?ワシの後ろを歩いていては道案内など出来んぞ」
そう言って歩くローガンの姿は軽やかで、とても87歳の人が出来る動きには見えず、一方レトは大剣を担いでそんなローガンの後を着いて行くだけで精一杯であった。
「運び屋は速度が命だから、無駄な筋肉はつけないの!!体が重くなったら身動きが取れないでしょ?」
「それでどうやって魔物と戦うんじゃ?」
「戦わねぇよ!!運び屋の仕事は物を届ける事!!魔物なんかと戦って送り届ける商品が傷んだら駄目だから、普通は魔物なんかは避けて進むのが運び屋の常識なんだよ!!」
「しかし、出会う時もあろうが、そん時はどうすんじゃ?」
「決まってるだろう!!全力で逃げるんだよ!!」
「変な仕事をやっとるんじゃのう……」
「変じゃねぇよ!!立派な仕事だ!!」
ワイワイギャーギャーと進みながらもレトの指示によって多少遠回りをして、ローガンは西23階へと無傷で辿り着く事が出来た。さすがにこの階層まで来るとローガンは一切喋る事はしなくなり、1歩1歩進んでいく度に体を戦闘用に力ませていく。ゆっくり……ゆっくりと……少しも力の取りこぼしがないように、体の隅々まで満たされるように。目的地の部屋の前まで来ると、そこに87歳の老人は居なかった。誰がどう見てもこれから戦地へと赴く男の顔をしている冒険者が居るだけだった。ローガンはレトから大剣を受け取り、自らの背に預けると扉の前に立ち、懐から1枚の紙を取り出す。紙には魔方陣が描かれており、これも1つの魔導具であった。構造は簡単で言うなれば合鍵のような物である。封印魔法によって封じられたモノは通常、その魔法をかけた術者が直接解除するか、封印を上回る魔力をぶつけ続ける事で耐久値を減らして力技で破壊する方法の2つに分けられる。つまり、封印魔法をかけた術者でなければ、時間をかけて面倒くさい事をしなければならないという訳だ。そこで開発されたのが、合鍵である。合鍵とは術者本人が複製した解除キーであり、これを使えば誰でも該当するモノの封印魔法を解除する事が出来るのである。この合鍵で重要なのは魔方陣の部分であり、それ以外の部分の形にはこだわっていない。なので合鍵と言われてはいるが、鍵の形になっているモノはほとんど無かった。ローガンのように紙に記されてるだけのモノであったり、指輪やイヤリング、剣の柄等、様々なバリエーションがあるので、どれが合鍵であるかは使用者本人の記憶しだいである。
そうして、ローガンが扉に紙を貼り付けると、幾何学模様が扉に浮かびあがり「ガチャン」と何かが開く音が辺りに響いた。
「では、レト坊。見張りと扉を頼む」
「はっ?なんで?俺の仕事は送り届ける事だけだから、専門外です。なんで金にもならない事をしなけりゃならないんだよ」
「金ならあるわい」
そう言ってローガンが懐から何かを取り出すと、ピーンと弾いてレトへと渡す。レトがそれを受け取って確認すると、それは1枚の金貨であった。
「へぇ~!金貨とは豪勢だな。ローガン爺」
「ハッハッハッ!!ワシの残った全財産だ!!」
「えっ?」
「今日で全てのケリを着ける。ワシが死ぬか、アヤツが死ぬかじゃ。レト坊はそこで見ておけ。ただし、邪魔が入らないよう金貨分は見張っておけよ!!じゃあの!!」
それだけ告げると、ローガンは部屋の中へと入っていった。レトはその場に立ち尽くし、部屋の中へと消えていく後ろ姿を呆然と眺めた後、頭をガシガシとかいた。
「おいおい死ぬ気かよ……しかもそれを俺に看取れってか?勘弁してくれよ……」
部屋の中へと入ったローガンの目は唯1点だけを見つめ続けていた。部屋の中央にある大きな岩の塊の上に悠然と座る魔物が1体。体長はローガンよりもでかく、およそ3m近くはあるだろう。体に漲っている筋肉も太く逞しくどんな物でも粉砕出来るのではないかと思われる程だ。皮の腰蓑だけを身に付け、体表は怪しく光る黒い毛に覆われている。しかし頭にはオーガを表す角が2本生えているのだが、その角も片方は途中で折れており、顔立ちもどこか長年を生きてきたような老練さが表れている。それもそうだろう。この究極オーガもまた30年以上ローガンと死闘を繰り返し生きてきたのだから。その究極オーガはローガンの姿を見つけると、口角を上げ不敵な笑みを浮かべる。自分の傍に置いている鉄製の棍棒を握りしめると、ゆっくりと立ち上がりローガンへと近付いていく。1人の老人と1体の年老いた魔物は部屋の中央で互いの獲物が届く距離まで歩み寄ると立ち止まり、お互いに笑みを浮かべながら睨み合う。片や復讐相手を前にして笑いを堪えきれず、片やいつまでも自分に挑み続ける相手が滑稽に思えて。
睨み合いは何の前触れもなく終わる。息が合ったかのようにお互い自分の武器を相手へ向けて振るう。ローガンは横薙ぎに。究極オーガは上段から。ローガンは上から迫ってくる棍棒を体全体を使って受け止めるがあまりの衝撃に口から血が滴り、究極オーガは横から飛んでくる大剣を片腕を犠牲に喰い込ませて自らの鍛え上げられた筋肉で止める。それでお互いに笑みは崩さない。まるで先に笑みを崩した方が負けであるかのように。その後も互いに立っているその場所からは1歩も動かず、お互いの武器を相手に向けて振るい続けるだけであった。
どれだけの時間が過ぎたのかは本人達にはわからない。だが、ローガンの鎧は既に鎧の体裁を保っておらず、露出した部分の体には打ちつけられた痕が見え、骨も何本も折れていた。究極オーガもまた既に満身創痍であり、体中切り傷だらけでの上、既にローガンの大剣を受け止め続けていた左腕はどこかその辺へと飛んでおり、無くなっていた。お互いに大きく呼吸を乱してはいるのだが、それでも笑みだけは浮かべ続けている。そんな状態でも次なる攻撃に入ろうかとお互いに武器を構え放った瞬間、ローガンの足は急に力を失ったかのように崩れ落ち、体制が大きく乱れた。そんなローガンに向け、下方から迫ってくる究極オーガの棍棒がローガンの体をそのまま上空へと弾き飛ばした。これで決まったかと究極オーガは口角を一気に吊り上げるが、ローガンの意志はまだ続いていた。空中で体勢を少し整え、下へと落ちる重力と加速と共に自分の全体重をかけた大剣を究極オーガの頭上へと突き下ろす。最早究極オーガ自身もうほぼ動けるような状態ではなく、頭上から迫ってくる大剣は残っていたもう1本の角を砕き、究極オーガの体の中へ貫き入り、その命を刈り取ると、使命は終わったとでも言わんばかり、柄の根元から折れ、ローガンは地面へと転ぶように放り出され寝そべった。
部屋の外でその光景を見ていたレトは終わったのかなぁ?と思いながら慎重にゆっくりとローガンへと近付いていく。レトがローガンに近付いたのだが、ローガンは一切反応しなかった。まさか、死んだのかと思いレトがローガンへ触れようとした瞬間、この部屋に高笑いが響いた。
「ア~ハッハッハッ!!ア~ハッハッハッ!!」
「うぉっ!!」
高笑いをしていたのはローガンであり、いきなりの高笑いにレトはびっくりして驚いた。
「いきなり笑ってんじゃねぇよ!!生きてるなら生きてるとそう言えよ!!このくそじじい!!」
レトが悪態をついてもローガンは高笑いをやめなかった。それもそのはず。既にローガンの耳はレトの声が届いておらず、その目も何も写していなかった。
「……やったぞ……息子よ……私はお前の仇を取った……ぞ……」
その言葉を最後にローガンは笑いながらその生涯を終えた。
その後、レトはローガンの遺体を冒険者ギルドまで運び、ギルドマスターへの報告と共に自分に出来るのはここまでと遺体を預けた。ギルドマスターは報告を聞くとただ一言「そうか」とだけ呟き、どこか遠い空でも見るかのように外を眺めた。レトはそのまま天国の扉亭へと向かい、いつもの席のいつもの安酒でちびちびと飲んでいると、どかっと隣にアイシャ=ドベルグが乱暴に座ると、いつものように高い酒をマスターのテリーに注文し、一気に飲み干した。
「レト……お前がローガンの最後を看取ったって?」
「あぁ……笑いながら逝ったよ」
「そうか……」
そのまま2人は酒を口に含むと、ドベルグは独り言のように呟いた。
「あのジジイは冒険者時代の教官でイロハを仕込まれたよ。私は当時調子に乗ってたからなぁ……よく殴られたよ」
「そっか……俺は最後までレト坊呼ばわりだったな……」
「あのジジイにとっちゃ、この街の連中は皆「坊や」「お嬢ちゃん」さ」
ドベルグは懐かしそうに目を細め、酒が入っているグラスを眺める。
「酒が好きな人だったよ。私に酒を教えたのもジジイだった……でも、息子さんが死んでからは一切飲まないようになったね……」
「ふ~ん……」
テリーは無言でグラスを磨きながら2人の会話に耳を傾け、レトは虚空を見つめると懐から1枚の金貨を取り出し、テリーへと投げ渡す。
「テリーの旦那。もう1つグラスを出して、そいつで買える分だけの一番高い酒をそれに注いでくれ」
「金貨とはめずらしいな」
「ローガン爺が最後に俺に渡した運び賃だよ」
「そうか……」
テリーはそれだけ言うと丁寧に準備をし、この店で一番高価なグラスをレトとドベルグの間に置くと、そのグラスに一番高価な酒を並々と注いだ。
「金貨1枚だぜ?注ぎすぎじゃね?」
「俺も昔あの人には世話になってな……」
グラスに酒を注ぎ終わるとテリーは自らもグラスを手に持ちそこに酒を注いで掲げる。レトとドベルグもその動きに追随して自分のグラスを掲げる。
「笑いながら逝ったくそじじいに」
「殴られた頬が偶に痛むんだよ、頑固ジジイが」
「偉大な冒険者に」
チーーーーーン……
4つのグラスが奏でる甲高い音が酒場に小さく響いた。