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はじまりの話

「結婚して下さい」


酒場「天国の扉」のカウンター端席に常に居る、自称最速の運び屋・レート=ポート。通称レトは自分に近付いてきたこの店のウェイトレスに向かって、席を立ち跪くと求婚する。


「お断り申しあげます」


冷たい目で返答するウェイトレスの名はリン=ラスタス。腰程まで長い黒のロングストレートに黒目であり、誰しもが美人であると評される程の顔立ちと、スラッとしたスレンダーな体型である。ただ、彼女には致命的な欠点があった。喜怒哀楽の表情が無かったのだ。常に冷たい目で相手を見つめる事で、この店の客からは「蔑まされたい」「罵られたい」「心折られたい」の3コンボのクールビューティーとして人気のウェイトレスでもある。ただし、リン本人に自分が人気者である自覚は無い。


「断られた~~~!!!」

「はぁ……前にも言いましたが、アースタウン1番の宝石店「虹色の輝き」の一番奥にあるショーケースの中にある、オリハルコン装飾の爪程の大きさのダイヤが付いている指輪を渡されたら、考えない事もないです、と」

「それ金貨1万枚するやつだから~~~~~」


酒場にレトの叫び声が響く。これはこの酒場のいつもの出来事であり、今この場に居る他の客や従業員もいつもの様に微笑んで見て、何もなかったように其々の会話や仕事を再開していく。レトは叫んだ後、息を整えるように深呼吸し、先程と同じように席に座り、ぐで~んと項垂れた。


「うぅ……金貨1万枚なんて……」


レトはポケットから硬貨を取り出すと手のひらに広げる。手の中には銀貨2枚と銅貨8枚があった。貨幣の価値は銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚である。他の場所ではその国の王が発行する王金貨が存在しており、大体は金貨100枚で1枚の価値であるが、中立であるこの街に王は存在しないため王金貨が使われる事が無く、値段の表記も最大が金貨である。ちなみに今レトがちびちびと飲んでいるのはコップ1杯で銅貨3枚のこの酒場で一番安い酒である。


「……全然足りない」


レトは溜め息と共に硬貨をポケットへ戻すと、再びちびっと酒を飲む。実はその指輪を買うために貯金もしているが、現在貯まっている額は金貨5枚程である。ポケットから今持っている全財産を出したのは何となく気分的にだった。


「では、ごゆっくり」


飲食店定番の言葉を言い、リンは仕事へと戻っていった。レトは未練がましく「あぁ……」と視線だけでリンの後ろ姿を追う。そんなレトへと近付く人物が居た。


「お前も懲りんな……いい加減諦めたらどうだ?どう考えても高嶺の花だろ」

「うっせぇ……惚れた者の負けなんだよ」

「ははっ、確かにちげぇねぇ!!俺もかみさんには頭が上がらねぇよ」


レトと話をしているのはこの酒場のマスターであるテリー=スロビス。筋肉モリモリのまごうことなきハゲで、厳つい顔にウェイター服を着ているが、まったく似合っていない。見た目通りの強さであり、この酒場で暴れる客が居れば、テリーに叩き出されてしまうため、常連客は決して暴れようとはせず、もし暴れるのであれば酒場から出て外で喧嘩をしている。ある種、街の顔役のようものだ。


「まぁ、たしかにテリーの旦那のかみさんは恐ろしいからな……」

「イイ女だろ?」

「はいはい、ご馳走さまです」

「しかもよぉ、最近エリーがよく俺に抱き着いてきててくれるんだわ!もう、可愛くて可愛くて仕方ねぇよ」

「だから、ご馳走さまですって言ってんだろ!!」


エリーとはテリーの愛娘であり、最近パパによく抱き着いてくるようになった3才だ。テリーに似ず、母親似の可愛らしい女の子で近所の皆様にも可愛がられている、天使のような笑顔の持ち主と評判の子だ。「かみさんとエリーのためなら世界を敵に回す」とテリーはよく言っている程2人を愛しており、少しでも傷付けようものなら、テリーに殺されると常連客や近所の人達はよく言っていた。


その後もテリーの娘自慢は続き、レトが辟易していると酒場の扉が勢い良く開け放たれた。そこから現れたのは女性である。ぼさぼさの赤い長髪に赤い目であるが、左目には眼帯をつけており、口には煙草をくわえている。かなり気の強そうな目付きをしているが間違いなく美人ではある。上は軽装で下はだぼっとしたパンツスタイルで、左腕は機械仕掛けの義手である。しかし、その女性のスタイルは上から下まで完璧なプロポーションである。その女性はレトへと視線を向けると酒場へと入り、ズカズカと歩き近付いていく。テリーはその女性が近付いてくるのを見掛けると、そそくさとその場から逃げた。


「仕事だよ、レト」

「おぅ、アイシャさん!しごーーー」

ドフッ!!!


女性の義手がレトの腹部へとめり込む。


「私を名前で呼ぶなと何度言えばわかる。あぁん」

「さ、さーせん……」


女性はゆっくりと義手を引くとレトの隣へと座る。レトも腹部を擦りながら座り直すと女性へと視線を向ける。


「それでどんな仕事なんですか?ドベルグさん」


アイシャ=ドベルグ。彼女は元冒険者である。今の状態の通り、左目と左腕を無くした事で冒険者をやめ、現在はフリーの運び屋へ仕事を斡旋する仲介屋の1人である。仲介屋はそれぞれお抱えのフリーの運び屋への連絡手段を持っており、その仕事は簡単に言って橋渡しである。ダンジョンに潜る冒険者は数多居るが、運び屋の数はそれほど多くない。理由は単純に危険度はほぼ同じなのに手に入る金の額が違うからだ。しかし、運び屋の数が少ないという事は救援に行ける回数も少ないと言うわけである。自国の冒険者が助けを求めても、その全てに自国の運び屋を回せる事は出来ないのだ。そういう時に利用されるのがフリーの運び屋である。しかし、いざフリーの運び屋に依頼を出そうとしても、内容に萎縮して誰も受けなかったり、我先にと運び屋同士で争いや邪魔が生まれ、結界冒険者は助からないというケースが何度もあった。それらを回避するために作られたのが仲介屋である。依頼した国と仲介屋本人が持つフリーの運び屋との間を取り持つ事で無駄な時間潰しという名の争いを無くす事で冒険者の生存率を上げているのだ。勿論、フリーの運び屋が怪しげな依頼を受けないためにも存在しているのだが……


「神聖ロディ帝国からの救援要請だ」

「よし、断ろう」


ドベルグが無言でレトの胸ぐらを掴んで引き寄せると、脅すような低い声で言葉をかける。


「私が取ってきた仕事を断るとはいい度胸だな」

「いやいやいや、だって神聖ロディ帝国でしょ?あそこの冒険者は柄が悪い事で有名じゃん!やだよ!行きたくねぇよ!何されるかわかったもんじゃねぇし!!」


レトが懸命にその仕事を受けたくないと言葉を並べるが、ドベルグの表情は変わらない。


「仕事が選べる立場か?」

「……くっ、やればいいんだろ!やれば!」

「では、内容だがダンジョンの南11階に逃げ延びた雑魚冒険者達……なんつったっけな……そうそう「神聖ロディ帝国第78分隊」の5人を帰すために転送石を届けて欲しいそうだ。怪我で動けないと通信が入ったんだと。で、転送石っと」

「南11階って素人集団かよ」


ドベルグが掴んでいた手を放しテーブルの上に綺麗に加工され文字が刻まれている丸い石ころを1つ置くと、レトは告げられた内容に舌打ちをしながら、その石ころを取って胸ポケットへとしまう。転送石はダンジョンからの脱出に使用される石である。どれだけ深い位置に居ようが瞬時にダンジョン地下1階の安全地帯へと移動出来る魔導具で1個で大体5~6人が移動出来る。ただし、使用出来る場所はダンジョン内限定であり、理由は大気中の魔素量の違いである。魔素とは魔法を発動する際に必要なモノであり、自身の魔力と魔素を混ぜ合わせる事で魔法は発動する。この魔素は地表とダンジョン内ではその量に明確な違いがあり、地表では発動しない魔導具もダンジョン内では発動する物は多くあるが、その内の1つが転送石である。レトは頭をガリガリと掻き、手をドベルグの方へと出すと、ドベルグはその手を見るとそっと視線を明後日の方へと向ける。


「……前金は?」

「……全額後払いだ」

「はぁ?普通報酬は前金と後払いの2分割だろ?もう怪しさしかねぇよ!!そんな依頼受けたくねぇよ!!なんでそんな依頼取ってきたんだよ!!」

「そう言うな、その代わり報酬は金貨8枚だぞ?」

「わーい高額だ!……じゃねぇよ!!むしろ危険な感じしかしねぇよ!!」


レトは頭を抱えて突っ伏し「あー」とか「うー」とか唸っていると、煙草の煙を吐きながら再びドベルグが声を掛ける。


「まっ、安心しろ。何か問題があっても互いに不問にする約定は取ってるから。もしもの時はそいつらが腕に着けている腕章を持ち帰ればOKだ」

「問題が起こる前提になってるじゃねぇかよ」

「南11階で金貨8枚だぞ?奴等がやる事なんて1つしかねぇよ。いざって時はお友達に頼むんだな」


ドベルグがそれだけ言うとウェイターを呼び、この店で一番高い酒を注文する。レトはドベルグの前に置かれた酒を羨ましそうに見ながら席を立つと銅貨3枚をテーブルに置き、ゆっくりと酒場の出口へと歩き出す。


「頑張れよ~」

「へいへい、頑張りますよっと……」


ドベルグからの軽いエールを背に受けてレトは酒場を出ると、特に寄り道等もせず、真っ直ぐ街の中央にあるダンジョンの入口へと向かった。




ダンジョンの入口は冒険者ギルドの中にある。冒険者ギルドが警固・管理する事でダンジョン内の魔物が街へ浸入する事を防いでいるのだ。レトはいつもの様に冒険者ギルドへと入ると、大勢の冒険者達が居る中、目の前にある受付カウンターの上にある巨大掲示板を見る。冒険者専用の依頼が掲載されている掲示板は受付の横に設置されている。この巨大掲示板も魔導具であり、そこに書かれているのは現在ダンジョン内に潜っている冒険者パーティー名と今居る階層が表示されている。冒険者はダンジョンに入る際にギルドから発信器と通信機を渡され、階層を下りる毎に表示情報は更新され、この巨大掲示板へと写し出されている。発信器はその名の通り自分達の場所を示すため、通信機はギルド職員への緊急連絡用に持たされる。この2つはダンジョンに潜る冒険者にとって正に生命を救う道具であり「生き残りたきゃ素材は捨てても、この2つは捨てるな!!」と言われている。


巨大掲示板を眺めているレトは、写し出されている表示の中から「3548番 神聖ロディ帝国第78分隊ー南11階」の文字を見つけると受付へと向かう。何度もここを利用しているレトにとって、既に顔馴染みとなっている受付嬢・キャス=トールは、にっこりと微笑んで迎え入れる。キャスは小柄な体躯に赤毛のくるくる髪の、可愛らしい容姿で人気の受付嬢だ。


「お仕事ですか?お食事のお誘いですか?」

「食事の誘い……って言いたいけど、残念ながらお仕事なんだよね。3548番への救援でダンジョンへ入ります」


レトはキャスへと自身の運び屋ギルドのカードを差し出す。各ギルド発行のカードは身分証明として利用されており、ダンジョンに入る際にも提示が必要なのである。キャスはカードを受け取り、専用の機械に通す事で偽造等では無い事を証明し、またこれによって現在ダンジョンに入っている人を把握しているのだ。何も問題が無い事を確認し、キャスはレトへカードを返す。


「確認取れました。レトさん、気を付けて行って来て下さいね。アースから無事に戻れますように」

「ありがと。じゃ、行ってくるよ!」


レトはカードをしまい、ダンジョン入口へと向かうため踵を返すが、後ろからキャスが声を掛ける。


「今度会う時はお食事のお誘いだと嬉しいですね」

「貧乏なんで安い店でよければお誘いするよ~」


背を向けたまま手をひらひらとさせて、レトはその場を後にしダンジョン入口がある部屋へと向かう。ダンジョン入口は質素な作りの囲いが施されている地下へと向かう階段で、この部屋は緊急時爆発して入口を封鎖するように設計されている。その入口は数人の武装しているギルド職員によって警戒されており、その横にはダンジョンで手に入った素材や魔石を換金する所、依頼品を受け取る所等がある。レトはそれらを素通りし、ダンジョン入口の横に居るギルド職員にもう一度カードを提示し機械に通され受け取ると、ダンジョン内へと潜っていった。

今日中にあと1つ投稿します。

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