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どうせ、自由。  作者: 劉之介
第一章 恋おわり、今は自由。
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そう、全能。

 改めて、僕はこの黒い景色を眺めてみることにした。彼の与えてくれた自由が一体どんなものなのか好奇心が湧いてきたのだ。失恋には耐えられていない自分が、なぜ異世界の隔離に対応できるのか。いくら居心地の良い場所とはいえ、なぜこんなにも精神が落ち着いているのか。それが大きな謎だった。

 眺めたあとは、疲れた足で、この世界を歩いてみることにした。歩いた時間は数分とも、数時間ともとれるものだった。なにしろ携帯を捕られてしまったので、時間を知る術がないのだ。夢遊病者のように僕は歩き、切の悪いところで時々立ちどまった。いったいこんなことをして何の意味があるのか、僕にも分からなかった。あまりにも身体と精神が疲れすぎていて、そんなことを考えることも面倒になってしまったのだ。結果として知ることが出来たのは、彼は嘘をついていない、ということだった。本当に建物はおろか、人や動物、もしくは植物など、生命を感じるものが何一つ見当たらなかったのだ。これこそが真の孤独、自由。失恋どころか、僕は他者との関わりすら出来なくなってしまったのだ。

 僕は途端に嬉しくなった。つい顔がにやけた。激しく手を叩いた。誰も、何も言わなかった。それがまた、嬉しかった。奴に言えばいつでも出してもらえるそうだが、そんなことをする理由がないと僕は思った。永遠に、ここで、朽ち果てたっていいのだ。誰にも文句は言わせない。僕は自由の身なのだ。

 そう…… 自由。そう…… 自由。自由自由自由自由自由自由……。

 その言葉を繰り返し言ったら、大きな力が得られる気がした。いや、「気がした」では済まないで、僕は本当に大きな力を手にいれたのかもしれない。僕は試しにビルよ出てこいと心の中で唱えてみた。何でも出来る予感がした。しかし、黒い世界に変化はない。それならと今度は口で言ってみた。「ビルよ出てこい」。同時に、なんてことない普遍的なビルディングを頭に浮かべた。そしたら、僕の眼前に突如、カラフルな線が何本も現れて、立方体を形作った。線は生き物のように素早く動き、まるでワイヤーフレームの

ようだった。

 線が幾つも重なり合い、瞬く間に完全な立体となった。言うまでもなく、それはビルだった。灰色のコンクリートが塗られた、普遍的な標準型ビルディング。僕は建物を見上げ、階数を瞬時に数えた。……十階建てだ。言葉にはしなかったが、僕は確かに十階建てのビルを想像したのだ。

 ワイヤーフレームが一本一本消えていき、そして無くなった。誰かに背中を触られたような感覚がして、僕は振り返った。不気味なことに、そこには誰もいなかった。

 僕の眼球に、僕が描いた建物がある。そのことに、僕は思わず口角を上げた。微笑みとはまた違う、野心の笑み。これが奴の与えてくれた自由なのか。偶然の発見が、さらに僕を興奮の域へと駆り立てた。もう、どうなってもいい。リスクなど考えない。僕はこれで究極を手にいれたのだ。誰もが喉から手が出るほど欲しい力を、僕はこの身に置いたのだ。

 喜びが、表情だけでなく、声になって飛び出してきた。僕はそれを抑えられなかった。楽しくて楽しくて仕方がなかった。熱が上がって、有頂天になって、強くなって、呼吸が激しくなって、気持ち良くなって、耳の奥が溶けて、脳がほころんで、皮膚が紅潮して、自信が湧いてきて、全能を知って、宇宙と一体になって、また普通の人間になって、またシャーマンになって…… 僕の運命が良い方向へと舵を切ったのだった。

 もちろん、多少の戸惑いもある。ただの高校生が失恋をきっかけとして、こんな非日常的ことに巻き込まれてしまったのだ。世界中で誰も経験したことが無い、大統領や、ハリウッド女優だってやったことがないことを、僕はしているのだ。戸惑うのは当たり前だろう。

 昂奮が徐々に冷めていって、僕を冷静にさせた。まるで猟奇殺人を計画するように、僕はにやけながら白いB5用紙を二枚生成した。

 この夜の空にまずは星を浮かべたかった。気分はプラネタリウムだ。僕は星座のことは中学校の理科で習ったことしか知らないが、正確な星座を描こうとは思っていなかった。ここは僕の世界なのだ。正確さは僕が決める。

 小学校の頃に使ったクレヨンを出して、紙一面を黒く塗った。黄色のクレヨンをもって、思いつくままに丸を描いた。時間を湯水のように使い、僕は感情の赴くままにプランを練った。

 クレヨンが地面に衝突する音が響く。握る力が強いので、どうしても大きな音が出てしまうのだ。でも弱めることはしなかった。弱めて、何になるのだ。誰の迷惑になるというのだ。誰が僕を止めるというのだ。

 もう一枚の紙には地上の設計図を描いた。さっき十階建てのビルを出したように、この場所に街をつくるのだ。遠くには山を起こし、ジオラマの中に入った気持ちで理想の社会を構築するのだ。ここにコンビニを建て、ここに道路を造り、車を走らせる。カラスを飛ばせよう。いや、もっと珍しい鳥を出そうか。せっかくの機会なんだから。僕だけが住む街なんだから。

 色取り取りの花を咲かせよう。ここら一帯は植物園だ。バラ、ヒマワリ、スミレ、芝桜、思いつくままに上げてみる。ワイヤーフレームは僕の脳の回路と同じように動いていく。顔を一々あげずに、設計図へと意識を集中した。もうすぐ、やってくるのだ。僕の街が完成する時が、やってくるのだ。

 街を自分好みにデザインするゲームを昔やったことがある。名前は忘れたが、そのゲームは建設費や維持費を考えながら、鉄道や道路を造るもので、時折怪獣が襲来してきてはせっかくの街を壊してしまうのだった。元々僕はそういう自分だけの場所を構築することが好きで、そのゲームの特性はまさに僕のそれと合致していた。独裁者にでもなったような心地で、僕は一つ一つの物体を造りあげていったのだった。

 今回のことはまさにそのゲームと似ている。しかし、ここでは建設費も維持費も、街を破壊する怪獣も存在しない。あるのは非凡で孤独を好む、僕と僕の心があるだけだ。夜と白地をキャンバスとした、僕の壮大なるアートが始まろうとしているのだ。自由の旅。

 時代が過ぎていって、秒、分、時間の感覚が無くなっていった。僕が捨てた訳ではないのだが、いつの間にか時計が僕の背後から忍び寄ってきて、僕からその感覚を盗んでいったのだ。昔聞こえた背後からの声はそれなのかもしれない。もしくは僕が無意識のうちに自分から捨ててしまったのか。何れにせよ、今となっては答えを確かめる術など残念ながらない。僕に出来ることは闇雲に計画して、形にするだけなのだ。だから初めてここに来てから、現在まで一体どれくらいの歳月が流れたのか、僕には分からない。一時間かもしれないし、一日かもしれない。一週間かもしれないし、一ヶ月かも知れない。まさかとは思うが一年かもしれない。浦島太郎のようにここでの一日が、向こうでは数年、ということも考えられるのだ。その時は、その運命を甘んじて受け入れよう。過ぎたことなのだ。後悔しても仕方がないじゃないか。

 国家を造りながら、僕は大昔にあった失恋のことを思い返した。不思議とあまり不快に思わない自分がいた。全てのきっかけであるのにも関わらず、なぜかそれを思い出しても心を掴まれるようなあの哀しみに襲われないのだ。

 過去を振り返らない。そういった姿勢が、僕を徐々に変えていったのかもしれない。当然、今の自由な環境も僕の変化を手伝ってくれていたのだろう。僕は変われたのだ。非現実的な現実という一秒一秒が、僕を強い人間へと誘導していってくれたのだ。

 さようなら。僕はそう無言で唱えてみた。感情の抑揚をあえてつけず、暗号のようにその言葉を、唱えてみた。

 さようなら。

 今度は口に出して言ってみる。

「さようなら」

 さようなら、僕の生きていた世界。さようなら。そうやって僕はまた悲劇から解放される。

 ビルができ、道路ができ、街路樹ができ、信号機ができ……。

 風が生まれ、鳥が鳴き、またビルが建ち、無人の車が走る。

 城を建て、感情のない兵隊に城壁を守らせ、僕は王国の中心に座る。

 誰も、来ないでほしい。誰も、近寄らないでほしい。

 僕が思う自由とはそういうものだ。

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