志の節
朱雀の反乱は、僕が予期していた以上に規模の大きいものとなっていた。町はずれの小さな限界集落で始まった朱雀教は、今や国を代表する一大宗教になりつつある。麗にいる国民一人一人が、王族の悪政に鬱憤を溜めこんでいて、自由を掴もうと奮起しているのを感じるのだ。少数派が多数派に。それはまるで自分が歴史の目撃者になっているようで、ある種の興奮に近い感じがある。「自由」はこうやって生み出されていくのだと、現実から教えられているような気がする。
朱雀軍がここまで膨れ上がっているのにも関わらず、当の麗軍は目立った動きを見せないでいる。麗が落ちぶれている証拠だ。もう、何も動き出す力もないのだろう。むしろ逆に国家ならこの反乱に目覚めて、良い政治に切り替えてほしいとも僕は願う。もちろん、それが今更無理なことは十分承知なことなのだけど……。
「血も涙もない、自己利益のことしか考えられない王は処刑しろ!」
「処刑だ! 処刑だ!」
土埃の舞う朱雀城の広場で、何せんという兵士が雄叫びの声をあげていた。女性や子どもの兵士もちらほら見える。ここに集まった兵士たちは朱雀軍のごく一部に過ぎない。向こうに存在する赤色の城壁の外にはさらに何万という同志たちがいる。
「麗王に死を!」周りより、一際大きい声。青王の楊様だ。朱雀軍は教主である僥様を中心に、白王、玄王、青王という三人の幹部、そしてそこから、成果を出した順に階級が分けられている。膨れ上がった何万という人々を全て動かすには指導者を増やす必要があるのだ。楊様は貧しい農民の出なので、三王の中でも一際支持があつい。
「朱雀には、無慈悲な金持ちも、汚いほら吹きもいない! 税吏もいなければ、役人もいない! 皆が平等で、皆が幸福な社会なのだ!」
「万歳、朱雀様! 万歳、僥様! 朱雀教に関わるその全ての思想に万歳!」
「万歳! 万歳!」
みんなの足音が喉の奥の方で鳴っているような気がする。音は重低で、揺るぎがない。自分をここまで来させたのは全てこの重低音のおかげなのだと僕は一瞬だけ思った。一瞬だけだから、すぐに別の自分がやってきて否定をしたのだけれど。だけど、一瞬でもそう思ってしまうということは、その足音が革命のための狂詩曲に聞こえてきたと言うことなのだろう。
朱雀城を離れた軍は、食料のある北へとむかった。目的地は項州。項州は麗の中で二番目に大きな都市であり、ここを占領すれば、まず軍の安泰を確保することができる。朱雀軍の大きさを見れば、簡単に成し遂げられそうだが、ここにはとある問題がある。
「白蓮軍」趙は出発前にそう言った。始めて聞く言葉に僕は首を傾げた。
「知らないのか」
「うん」正直に答えた。
趙は呆れたように僕を見て、それから息の出ないため息をついた後、静かにこう言った。「もう一つの反乱軍だ」
「もう一つの?」
「そうだ」彼は神妙な顔つきになった。「麗の力が弱まれば弱まるほど、自らが天下人になりたいという野望を抱く者が多くなる。白蓮はその中の一つだ。西難の地方役人をしていた男が仲間を裏切って挙兵したらしい。戦いの知識はほとんどないが、莫大な財産を軍事費として、多くの都市を占領している。まったく、麗軍以外にも敵が現れて、困ったもんだよ」
「う、うん」
僕は頷き、それから徐々に事態の大きくなってゆく戦乱の姿を想像した。麗の内乱。それはとても崇高な戦いであり、同時に醜いものでもあるように思えた。我こそが王になるというまさに「野望」以外の何物でもない欲が今まさにこの国を翻しており、さらにその欲が僕らのような自由や平等を求める人々たちと同等に扱われているという事実に僕は胸をかき乱された。麗王を倒すという終着点は同じであるものの、志は僕らの抱いているそれと全然違う。地方役人に貧乏人の心が分かるというのか。多少なりとも恵まれてきた人間に、夢を奪われた子供たちの無念が理解できるというのか。いや、出来るわけがないだろう。僕は役人などではないが、権力者なんてものがする同情など、所詮はただの蔑みに過ぎないのだ。この見方が間違っているとは思えないし、間違っていたら逆に困る。
「その白蓮というのは倒せそうなのか」僕がそう尋ねたら――
「当たり前だろ。地獄を見てきた朱雀軍の士たちを舐めるんじゃない」と、趙に返された。
誰かの声が耳に入ってきたような気がした。
項州までの道のりは長く、想像している以上に遠かった。道は荒野や砂漠が多く、容赦なく射してくる太陽の熱は、兵士たちの体力を無音のままに奪っていった。いくら鍛錬を積んできたからとはいえ、やはり実践経験のない彼らのなかには、倒れて水を欲しがる者もいた。自分よりも筋肉の量や年齢が上の人が目の前で水を欲しがっているのを見るのは、いささか僕を恐ろしい気分にさせた。新しい時代が始まるというのはこういうことなのか、と僕は教えられたような気になった。
「見捨てなくてはならない」
僕の左隣を歩いていた男が言った。
「仕方のないことだ。心は痛むが、多少の犠牲は致し方ないのだよ」
歳はそれなりにいっていると思うが、髭は生えていなかった。話し方は丁寧で、農民の出には見えない。僕は言った。
「朱雀は犠牲を出さない者だと、信じていたのですが」
「しかし、目的の方も果たさなければならない。優先すべき方がどちらかはそなたにも分かるはずだ」
僕は項垂れた。このようなことをして朱雀様はお許しになってくれるのだろうか。もちろん彼の言っていることも重々に分かってはいるのだけれど。綺麗事を言ってもしょうがないということなのか。
「僕は、どうすれば……」
「迷うことはない。ただ進むのみだ。さすれば天命が拓かれ、新たなる物語の幕が開く。人々が平和に過ごせる生活を取り戻すことが出来れば、朱雀様もきっとお許しになるに違いない」
僕は黙って頷いた。まだ心のどこかで少し引っかかる部分があったが、男の言うことに今は乗るしかないと思った。僕に彼を論破できる自信はない。
項州へ続く道は、海の光のように軌跡がなかった。僕は、趙は、みんなは、一歩ずつ大地を踏みしめていくことの価値を見失っていった。




