初めての
……どうした。笑えよ。笑えばいいじゃないか! 指の一つでも二つでも、好きに指して笑ってくれよ!!
俺に最後までシリアスができると思っていたのか? そんなの無理に決まっているじゃないか畜生!
そうさ、男に生まれて二十と〇年。二人の美女、美少女に見られながら、俺は漏らしたさ! あたかも噴水の如くな!! しばらく止まらなかったよ、涙もな!!
閑話休題。閑話休題ったら、閑話休題! もうこの話は終わりだ! 次行くぞ、次!
死にかけた俺を拾ってくれたのは、二人の女性。かたや美少女、かたや美妖女。ようやく異世界で女の子に出会え、この世の、いや地球のものとは思えない魅力に、俺は――。
彼女たちのことが、紳士諸君も気になるだろう。多くはここでは語らない。さあ、地球では見ることのできない、ファンタジー世界の美というものを、ともに愛でようではないか!
……だから婦女子諸君は、俺の股間を凝視しないでくれ。頼むから。……そこの一部の男共。熱狂すんな。なにがご褒美だ。
☆
「う……ぁ……ここは?」
「気が付きましたか?」
窓から光が差し込む。その眩しさに思わず目をしかめていると、どこからか聞き覚えのある声が聞こえた。声のした方へと顔を向けると、俺に一発くれた、あの美少女が立っていた。
「よかった。顔の色も、だいぶ良くなりましたね」
「……君は?……」
俺は少女を見て、思わず尋ねた。
「私は貴方を助けたものです。とりあえず食事にしましょう。起き上がれそうですか?」
どこか冷たい声で話す少女。俺はまた、尋ねた。
「……どうして?……」
「目の前で死にかけている人を、無視なんかできません。私は当然のことをしたまでです」
なんて模範的な解答。だけど違うって。聞きたいのは、そうじゃないんだ。
「……どうして、そんな遠いところで、話しているんです? しかも隠れながら……」
「趣味です」
「趣味!?」
「ええ。こうして扉を挟んで会話するのが、私の趣味なのです」
「いやいや、さっきは普通に話していただろ? そんな冷たい扉越しじゃなくて、肌と肌とが触れ合うような距離で」
「何のことでしょう?」
「いや何のことって……」
「貴方が目覚めたのは、今さっきです。こうして私と話すのも、今が初めてのハズですが?」
……なるほど。そういう事にしたい訳ね。
「分かりました。すみません、俺も目が覚めたばかりで混乱しているようです。失礼しました」
「いえ分かっていただければ……」
俺としても、あの事実は忘れてしまいたい。もしもう一度思い出しでもしたら、憤死する自信がある。この少女も、無かった事にしたいと言ってくれてるんだ。甘えさせてもらおう。
――だが、言うべきとこは言わないとな。
「ちょっと夢を見ていたんです。夢の中で美しい女神様に会う。そんな子供みたいな夢を」
「……そうですか。その女神様とは、どんな方だったのですか」
突然始めた茶番に、彼女も乗ってくれた。俺は大仰なセリフを吐きながら、精一杯彼女のことを褒めまくる。
「気高そうな、そしてどこか優しげな、今まで生きてきた中でだれよりも美しい少女でした。彼女に出会えた、その奇跡に感謝してしまうほどに。……最後は、私が失礼なことをしたばかりに、彼女を大変怒らせてしまいましたが……」
「……その女神様は、きっと許してくれますよ。だって、その……そんなに褒めてくれたんです。きっと彼女もそこまで悪い気はしなかったでしょうから」
これは必要なこと。助けた相手に感謝の言葉を。そんな当たり前で、忘れてはいけないこと。
「――っふ、ふふふ……」
「ははははは!」
どちらからともなく、笑いはじめる。彼女は朗らかに、俺はどこまでも楽しげに。よかった。妙な形ではあるが、何とか謝ることもできた。これであの事故はもう忘れてしまおう。
そう俺は安心、いや油断していたんだ。
敵は一人じゃない。戦闘はまだ、終わっていないというのに。
「あれ、その子目が覚めたのね。じゃあはいこれ。洗濯してあげたから、渡してあげて」
俺は確かに聞いたんだ。空気が固まる瞬間。世界が割れる音を。
「ふふ。君、もう……しちゃダメよ?」
運命を決めるラストバトル。結果は俺の、俺たちの敗北だった。
「……私、先に行っています。あのこれ、ここに置いておきますので……」
「……はい。着替えたら……すぐに向かいます」
床にそっと置かれた替えの服と、俺の下着。ゆっくり閉じた扉を確認し、俺は立ち上がる。
分かっていたさ。何もはいてないことくらい。脱がしたのが彼女たちだということも。
俺は窓辺に向かい。陽光を全身に、そう、全身に浴びながら、静かに泣いた。
「ふ~…………台無しだよ畜生!!」
☆
「ぎ、ぎぎゃ!」
「ギプル! ははやめろってこら!」
食堂。そこから少し離れた窓から、ギプルが顔を出して甘えてくる。顔を俺に擦り付け、ひくひくと匂いを嗅いでいる。少しくすぐったい。けど、嬉しい。ダメかと思った。けど……生きててくれた。それだけが嬉しくてたまらない。
しばらくギプルとじゃれ合っていると、不意に後ろから声を掛けられた。
「ウォルブルにそこまで懐かれるなんて。……まるで家族みたいね」
「よく訓練されてますね。あなたが気を失った後、ずっと傍についてたんですよ。自分も危なかったのに」
声のした方へ顔を向ける。例の銀髪少女が鍋を持って机に、色っぽいお姉さんが器を並べている。そちらに歩いていくと、二人は俺の姿を上から下までゆっくりと眺める。居心地が悪いが、まあ彼女たちの気持ちもわかる。
「あら、よく似合ってるわね」
「良かった。サイズもぴったりですね」
「はは……ありがとうございます」
もともと着ていた服は、血まみれ、穴だらけとボロボロだったため処分したらしい。この家には目の前の二人以外に、住民はいないようだ。そのため、俺と比較的背格好の似ている……少女の服を着ている。
まさか人生初のスカートを、こんな形で履くことになるとは。とはいえ文句は言えない。下着一枚で外を出歩く趣味は俺には無いしな。
「父の服が残っていればよかったのですが……少し前にすべて処分してしまいまして」
「いえ裸じゃないだけ、ずっとマシですし……年頃の女性なら男に服を貸すとか嫌でしょうに……何から何までありがとうございます」
俺は居住まいを正す。おそらくあの蛇熊に食べられそうになった俺とギプルを、二人が助けてくれたのだろう。ならば、俺には二人に礼をする必要がある。
「俺……いえ、私はむが……トモヤ=ムガミと申します」
この二人、並ぶと余計に……いかんいかん。今は見惚れてないで、ちゃんとしないと。
二人が机を囲んで座っている。ただそれだけの光景がまるで一枚の絵のようだ。だが、それを鑑賞するのは後。
「お二人が俺を見つけてくれたおかげで、こうして生き延びることができました。このご恩はいつか必ずお返しします」
俺は持てる語彙力と、なけなしの社会性を発揮し、精一杯感謝の心を伝える。二人は最初俺を見て不思議そうに瞬きを数回繰り返すと、優しげに微笑んでくれた。
「変な言葉ね。ふふ……いいのよ。それに助けたいと最初に言ったのは、この子だし」
「貴女は本当に見てただけ、でしたね」
攻めるような目を、お姉さんに向ける少女。そういえば、この二人の名前をまだ教えてもらってないな。
そう思っていると、二人は俺の方を向いて自己紹介を始めた。
「私はスレイ=オルザンと申します」
「私はルーナ=オルザンよ。よろしくね」
簡潔。だがそれがまた……。
スレイと名乗ったのが、俺が起きた時に思わず見惚れてしまった少女。その特徴的な銀髪が、サラリと肩から流れる姿に、今もついつい目が奪われる。
対して彼女の姉、ルーナさん。スレイさんを清浄と表すなら、この人は……妖艶。男を狂わせ破滅させる色香の化身。黒く、どこまでも黒く染まる髪。軽くカールしてうなじで乱れ、まるで一本一本が意思を持つ鎖の様に、俺の心を縛ってくる。あれに囚われたらいけない。二度と戻ってこれなくなる。そう思わせるほど、彼女の艶やかな髪は美しい。
「トモヤさん? どうしました?」
「な、なに? そんなに見つめられると……照れるわ……」
戸惑ったように揺れ動く、その瞳。そんな風に目をそらさないでくれ。ルビーの様に真紅の瞳が、たれ目がちの眦の奥に隠れてしまう。もっとその宝石を俺に見せてくれ。
身を乗り出すようにして、彼女に近づく。すると今度は恥ずかしげに細く、しなやかな指が口元を覆う。だから何故隠すのですか? そんなに色も、形も良い……まるで赤いリンゴのような唇を……。男なら思わずむしゃぶりつきたくなるような……唇を。
「これは……すごいわね。なんて真直ぐな目で見てくるの……体が熱くなるわ……。真面目な貴方が、ああも乱れる理由がよくわかったわ」
「私は乱れてなんかいません! 人聞きの悪いことを言わないでください! トモヤさん、あなたもいつまでやってるんですか!!」
「はい! すみません何でしょう!?」
うお! ビックリした! 俺がついルーナさんの大きな胸に目が行きそうになっていると、横合いからスレイさんの叱責が飛んできた。彼女の目はまるで敵を見る様に、険しいものになっている。女の敵を見る目だあれは。
「え……ああ! すいません違うんです。決してその……いやらしい気持ちで見ていたわけでは!」
「あれだけジロジロ舐め回すように見て、それはないんじゃない?」
「そうです。有罪です。確定です」
あれ!? 何で自己紹介をしていただけなのに、こんな窮地に陥ってるんだ俺は?
焦る俺は、さっきまで残っていた理性がどこかに飛んでいき……つい思ったことをそのままに口走る。
「いやそれは……仕方ないじゃないですか! だって二人ともすごい――」
俺がこんな美少女、美妖女を前にして……まともに話せるわけが、ないというのに。
☆
……何を言ったんだ俺は? 異世界で初めて目にした女性。それもおそらく、異世界トップクラスの魅力を持つ二人に出会ったことで、俺は少々壊れてしまったのかもしれない。持てる力(語彙力)を開放し、まるで官能小説の一節のように二人を……称えた。
その結果がこれだ。敢えて言おう。やっちまったと。
現状にようやく気が付いた俺を含めて、真っ赤な顔が三つ並んでいる。誰も一言も喋らない。正直自分のしでかした事とは言え、今何か話すのは気が重すぎる。
遠くの窓からギプルが「ぎゃ……ぎゃ?」と俺たちを不思議そうに小首をかしげて見ている。かわいいな……ってそれじゃダメだ。
いつまでも黙っているわけにはいかない。何か話題はないかと、俺は食堂から見える、奥にある部屋を指さした。そこはほかの部屋に比べて重厚なつくりになっている。
「す、すいません。少し気になったんですけど、あの部屋は? ほかの部屋とは雰囲気が違いますけど」
あからさまな話題変換に、二人はまだ熱を帯びた顔を上げながら説明をしてくれた。
「はい。もともとこの家は父の工房を兼ねていたので。かなり有名な鍛冶師だったそうですよ? 昔は『鍛冶王』とか呼ばれていたとか」
「鍛冶王ですか! なんか名前だけでもすごいイメージが湧きますね」
「私たちからすれば、ただのおっさんだったんだけどね」
ルーナさんが苦笑交じりに言えば、スレイさんが……陰を作る。
「その父も先月亡くなりました。今は私と、この……姉のルーナと二人きりです」
……俺の馬鹿。なんて話題を選んでんだよ。
「そう、だったんですか。すみません無神経なことを……」
「え? ……ああそんな! 気にしないでください!」
気にしないでって、スレイさん、それは無理だよ。あんな悲しそうな顔をされたら。
自分の失言でへこむ俺に、二人は尚もフォローを入れてくれる。
「あの人はね、『俺は最後まで鍛冶師として生きる』って言いながら、体を壊した後も工房にずっと籠って、それが原因で亡くなったの。あんな仕事馬鹿のことで、そんなに気に病まないでよ」
だけど、だけどさ……。
俺はゆっくりと彼女たちの後ろ、そこにある写真を指さす。この世界で、どうやって撮ったのかは知らない。けど、そこに写っているのは、家族の写真。
真ん中で豪快に笑っているのが、彼女たちの父親なんだろう。職人らしい厳つい顔で、けど人懐っこそうに笑う、男が一人。髪も、口元に蓄えられた髭も真っ白で、焼けた素肌が対照的に黒々としている。
男の傍にはスレイさん、ルーナさんが……羨ましいな、この人。こんな美女二人に、あんな笑顔を向けられて。
「大切な人、だったんでしょう?」
二人は振り返り、俺が指差した写真を見て、懐かしそうに目を細めた。
「それは……まあね。色々とおかしな人だったけど……」
「……はい。私たちにとっては、誰よりも優しい父でした」
回顧する、かつての思い出たち。暖かく、優しく、泣きたくなるような思い出。彼女たちはあの男の人と、どんな話をしたのだろう。どんな風に笑いあったのだろう。それはもう、俺には分からない。彼の人は既に、この世に存在しないのだから。
「……ねえ君。トモヤ君だったかな?」
少々しんみりした空気の中で、唐突にルーナさんが俺のことを呼んだ。だけど――
「はい。あのできたらトモヤと呼び捨てにしてくれませんか? あまり君付けって、されたことなくて」
俺の周りにいた連中って、大抵呼び捨てだったからな。……何でか会う人みんな、始めから呼び捨てだったし。学校の先生ですら。
「じゃあトモヤ。トモヤはこれからどうするの?」
「どうする……とは?」
漠然とした質問を投げかけられ、思わず首を傾げる。
「その傷です。あのケガで、もうそんなに動けるのはすごいと思います。けど、まだしっかりと塞がったわけじゃないんですよ?」
確かに。痒いな、くらいにしか思ってなかったけど、俺って死にかけたんだよな。思い出したら、急に体がズキズキと。
「とりあえず完治するまでは、ここに居なさいね。また魔物に襲われたくはないでしょう?」
「いえ……ですけど俺は……」
優しいお言葉。だけど俺はそれに甘えるわけにはいかない。そう二人に告げようとしたら、スレイさんに手で制された。
「事情がある。それは察しがつきます。こんな魔物も出るような山へ入る。その必要がある、そんな事情があったんですね?」
その通り。だからこそ俺は――
「しかし私はそんな事、承知の上であなたを助けたのです。今更気にしないでください」
「それに私も、トモヤに興味があるしね。あの時使った魔法とか」
ここに留まるわけにはいかない。そう言おうとした俺は、二人の、特にルーナさんの言葉に驚き、思わず口にしたのは……疑問。
「魔法? 俺が使った?」
「あれ? 覚えてないの?」
――思い出した。
「トモヤ。あなたはあの時、ウォルブルを助けるために魔法を使ったじゃないですか。山肌を消し飛ばすほど、強力な魔法を」
あの瞬間。俺は想像したんだ。目の前の化け物を打ち倒す、圧倒的な力を。
「……何で? ずっと使えなかったのに?」
だが何故あんな土壇場になって? まさかこの力、ピンチにならなきゃ使えないってんじゃ……。
悩む俺の顔を覗きながら、二人が心配そうな顔をする。
「う~ん。なんか、本当に複雑な事情がありそうね」
「それでもかまいませんよ。丁度、男手の欲しい仕事もありましたし……恩を返すといった言葉、嘘じゃないんですよね?」
思考に没頭する俺の肩に手を乗せて、スレイさんが微笑んだ。単純だよな俺って、それだけでどんな悩みも、何とかなるって思えたんだから。
「……はい。任せてください」
胸に感じる熱い気持ち。分かる。すり減った心に澄み渡るような、優しく、熱い気持ち。
この人たちのために、何か――
決意を宿す俺を見て、窓の外でギプルが一声、鳴いた。
一章終了……の予定でしたが、もう少し続けることにしました。
少しずつ書く速さが上がってるような気がします。まあ内容がそれについてきてないんですけど……。
質を落とさずに毎日更新されてる方々はすごいな……と思う今日この頃です。