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現実は小説より奇なり

 イエス! セイイエス!

 地球の皆さん、こんにちは。フジヤマ、芸者、テンプ~ラの国で育った、生粋の日本人。トモヤ=ムガミでございます。

 さて皆はどう思ったかな? 俺の能力について。……え? 全体的に地味? これじゃあチートとは呼べない?

 おいおいブラザー。何を言ってるんだい。冗談きついぜ。いいかい? この能力があるのと無いのとじゃ……小説の出来栄えが、全然変わってくるんだ! 

 この能力、使えば使うほど素の集中力、想像力が鍛えられていくんだ。俺にとっちゃ、大金を積んでも欲しい能力だよ。……借金になるだろうけど。

 それにこの世界じゃ、危険ってのは身近なものだからね。盗賊以外にも魔物も出る。それにあんまりすごい能力持たされても正直困る。俺の武器は拳じゃなくて、筆なんだよ。だからこれでいいんです。地味じゃない! 最高! ワンダホー!

 じゃあ『体力ブースト』はどう役に立つんだって? それはまたのお楽しみ。

 閑話休題。向かってくる軍勢を前に、正直少しだけチビッた俺。……カッコ悪い? 盗賊たちにやられてるときは、我慢できたんだ。けどあれは無理。比較にすらならない。

 なぜなら、あの軍勢は俺にとって……味方などではなかったのだから。

 弁解など聞かない数の暴力を前にして、みっともない真似しかできなかった、弱くて惨めで哀れな姿。見たいというなら遠慮はいらない。さあ――指をさして笑ってくれ。


 ☆


 ――おおおおおおお!!


「……あ、あう」


 もはや軍勢の怒号は、すぐ近くにまで迫っていた。あれは味方だと理解していても、初めてみる光景に腰が抜けそうになる。集団で手に武器を持ち、鬼気迫る様子で走る姿は、見るものを無条件に恐怖させる。

 言葉も無くし、ただ立ち尽くしていた俺の肩をオッサンが乱暴につかみ、強引に自分の方へと引き寄せる。何だよ痛いじゃないか! そう言いたかったけど、オッサンの目があんまり真剣だったから思わず黙ってしまった。


「坊主! 今すぐ逃げろ!」


 そして告げられた言葉を理解するのに、俺はずいぶんと時間がかかった。


「な……なんでだよ! あれは味方なんだろ? 俺たちを助けに来たんじゃないのかよ!」


 味方だろ? そうだろ? だって俺は盗賊なんかじゃないんだから?! あいつらの敵なんかじゃ、ないんだから!!

 ……だから……だからやめろって言ってんだろ! そんな眼で見るのは!! 


「……脅威になりそうな存在を、あの連中は絶対に見逃さない。そういう所なんだよ。『武都アウトレイス』は……」


 だって俺は神様に……能力だってもらった特別な……小説を書いて……これから……今度は……


「多分あいつらは見たんだろう、あの魔法を……。強力であり、未知の魔法を使える、正体不明の他国の人間。このままここに居たら、お前は確実に尋問にかけられる。拷問に等しい死ぬような尋問をな……。 やりたいことってのがあるんだろ? だったら今は逃げろ! ここから見える、あの山を目指せ。魔物も出るがお前ほど強ければ大丈夫だ。人が隠れるにはうってつけの場所もある。……さあ行け!」 


 オッサンは俺の手に、今まで荷台を引いていた馬? の手綱を持たせる。そして怒鳴りながら、遠く見える山を指さした。乗馬もしたことの無い俺は、無様にそいつの毛深い首にしがみつく。


「何で……俺はただ……だって……」


 考えがまとまらない。口からこぼれるのは、意味のない言葉の羅列ばかり。そんな俺の頭を、オッサンはくしゃくしゃと豪快に撫でた。


「な~に、あいつらはちょっと誤解してるだけだ。このオッサンがちゃんと言っておいてやる。……助けてくれてありがとな。また会おう坊主。――はあ!」


 尻を叩かれた謎生物は、脱兎のごとく走り出す。主人であったオッサンを残して。

 向かう先は暗雲立ち込む不気味な山。後ろから聞こえてくる音が遠くなっていくことに、俺はあろうことか……喜んでしまった。


 ☆


「ぎゃっ」


「……やめろよ『ギプル』、よだれ臭くなるだろ」


 鳴き声を上げながら、例の謎生物が人の髪を食んでいる。こいつの見た目は……でかくて茶色のげっ歯類? バイト先の先輩が熱を上げていた、ウォンバットって動物に似ている。サイズは桁違いだが。

 俺はこいつにギプルと名付けた。種としての名前は分からない。けど短い脚で、必死にここまで運んでくれたギプルを、いつまでも適当に呼ぶ気には、ちょっとなれなかった。

 正直今はこいつの存在がありがたい。うっそうとした山林は、何をしないでも気分が滅入る。どこか愛らしく、見ていると力の抜けるギプルと時に戯れながら、重い足取りで歩いていく。

 追手はこない。オッサンが何とかしてくれたんだろうか? そもそも何で俺は、逃げなくてはいけなかったんだ? 適当に歩いているが、こっちの方向でいいんだろうか? 頭の中は疑問ばかりだ。


「……疲れたな」


 朦朧としてくる。死んで、生まれ変わって、盗賊に追われて、死にかけて、今度は兵士に追われてる。なかなかハードな一日じゃないか。盗賊を倒した後は町で祝杯を上げて、かわいいウェイトレスのお姉ちゃんを口説こう。一番はケモ耳娘、次点でエルフ娘が良いな。――とか考えてたんだけどな。現実は中々思うようにいかない。

 ふらつく足に叱咤を打ちながら、一人と一匹が並んで歩いていく。道なき道をやみくもに進み、頭にかかる枝葉をうっとおしく思いながらも、俺はようやく開けた場所へと出た。


「ぎゃっ……ぎぎゃ!」


「うお!……何だよギプル、どうし――」


 すると急にギプルが騒ぎ出し、周囲へとせわしなく眼を向ける。つぶらな瞳に警戒の色が浮かぶのを見て、俺は静かに我流の構え(紐ボクシング流)をとる。

 そして、そいつらは俺たちの前へと姿を現した。……今日はよくお前らに絡まれる日だな。繁殖期ですか、この野郎。


「シャーーー!」「ガァーーー!」


 藪の中から2本の足で立ち上がり、こちらを威嚇してくる……尾の代わりに、尻から蛇を生やしている大熊。何だよあいつらの子供ですか? それともご両親で? 年齢不詳の魔物を前に、俺は何故か苛立ちが募る。


「あ~……いい加減にしろ!」


 そしてそれは一度爆発すると……止めることができなくなった。


「俺は確かにファンタジーが好きだ。だけどそれはな! あくまで小説を読むことが! なりより書くことが楽しいんだよ! こんな風に異世界よろしくバトルなんか、したくないんだ!」


 もはや3度目になる危機に対し、俺は叫ぶ。目の前の蛇熊相手ではない。この世界に連れてきた、バルザン様……いや、あの変態馬鹿野郎に向けて、喉を裂かんばかりに声を張り上げる。


「だいたい何なんだよ、この世界は! かわいいヒロインはいつまでたっても現れない! 盗賊を捕まえれば、逆に俺が追われる始末! しかも俺を連れてきたのは、女神様じゃなくて変態ときたもんだ! 駄作もいいところじゃないか! 創作意欲の一つも湧きゃしねー!」


 天を仰ぎ、あの馬鹿の耳まで届けと、ただただ叫ぶ。どこまでも身勝手な戯言を。


「俺はただ小説が書ければ……それだけで」


 一度は絶望し、自殺を選んだ身で何を言う。

 そして忘れてはいけない。俺が今生きているのは……紛うことなき、現実だ。


「シャー……ジャ!」


 俺が馬鹿みたいな真似をしている間に、尻尾、いや蛇の頭が向かってくる。


「だから! 当たらないってのがまだ――」


 もはや記憶も思考もない交ぜとなり、盗賊を相手していた時の様に、威勢のいい言葉が出る。俺は自らの力を意識し、『集中力コンセントレイト』を発動する。だが、


 ――ガシュ


「……う……ぁあ?」


 こいつ、いつの間にここまで近づいてきやがった? 俺の腹に深々と刺さった牙を見て、戦闘中にもかかわらず一瞬、しかし確かに俺は固まってしまった。

 そして当然そのツケは、身を以て払わされることとなる。


「な……んで? ……ぁぁぁあーーー!!」


 嘘だろ? 『集中力コンセントレイト』が使えない!? 焦る俺をそのままに、蛇は腹に食らいついたまま、その膂力を使って宙へ――。

 蛇熊の前まで引き寄せられ、牙が粘着質な音を立てながら、俺の腹から引き抜かれる。そして真っ赤な血が噴水の様に傷口から溢れ出す。

 空中で起きているスプラッターな光景。それを前にして蛇熊が笑ったような気がした。そして二転三転する景色の中で、俺は見た。奴がその太い腕を振りかぶり、俺めがけて打ちおろす瞬間を……。


「ぐぁ……治癒の力よ……傷ついたこの身を」


 とにかく止血しないと、このままじゃ死んでしまう。焦った俺はつい回復を優先しようとして、それが悪手だと直ぐに思い知らされる。


 ――ドゴォ!!


 ☆


 ……軽く気を失っちまった。なんて馬鹿力だよ。

 俺はさっきの場所から、遠く離れた木に引っかかっていた。腹から流れ落ちた血が、地面に真っ赤な水たまりを作っている。殴り飛ばされた拍子に痛めたのか、腹だけじゃなく、アバラまで軋みやがる。


「はぁ、はぁ……、『治癒の力よ、傷ついたこの身に慈悲の涙を』……」


 口にした回復呪文。それは静寂しか生み出さなかった。俺は二度三度と違う呪文を唱えるが結果は同じ。『集中力コンセントレイト』だけじゃなくて、『想像力イマジン』も使えない。


「くそ、何でだよ……」


 このままだと冗談抜きで死ぬ。おれは着ていた服を破って、包帯代わりに……しようとして木から落ちた。


「いぃぃ――……」


 悶絶。また気絶しそうな痛みを、必死になって堪える。弓のように背をそらし、眼からは涙を流す。それでも悲鳴は極力上げない。

 何故か今ここに、蛇熊は見当たらない。考えもなしに俺を吹っ飛ばしたから、見失ったのか? けどチャンスだ。このまま頃合を見計らって逃げよう。血が少々足りないけど大丈夫だ。

 とりあえずここから移動しよう。さすがに同じ場所に留まっているのはまずい。そう思った俺は傷口を庇うように立ち上がり……ようやく気が付いた。

 モフモフの毛並と、クリっとおめめがチャームポイントの、憎いあん畜生の姿が見当たらない。俺を置いて逃げたのだろうか? そう思った俺の耳に、声が届いてきた。


 ――ぎぎゃ!


 元居た場所と思わしき方角。そちらからする何か、大きなものとぶつかる音。それに続くように、ギプルの悲鳴が連続して聞こえてくる。


「……ギプル? お、おいギプル!」


 先程はせっかく我慢していたのに、それも忘れて俺はギプルの名前を叫びながら、痛みも無視して走っていく。しかし、あまりにも遅い。生前の俺よりもずっと。


「はあ! はあ! ギ、ギプル!!」


 うっとおしい。うっとおしい! うっとおしい!! 

 邪魔な木々、枝葉、岩の迷路を最短距離で突っ切る。腹の傷、そこにまかれた包帯代わりのボロ布に、赤いものが滲んでいる。酸素が足りないのか、走っていると頭が朦朧としてきやがる。だが構ってられない。

 ようやく戻ってきた。その先、その光景、その瞬間。俺は……動けなくなった。

 蛇熊がいる。蛇の頭がギプルの足に食らいつき、宙に浮かべ、熊がその太い腕で殴っている。まるでサンドバックの様に。愛らしかったギプルの姿は、血に、泥に汚れ、今にも息絶えそうに見える。

 あいつらは、やっぱり俺を見失ったんだ。そして、小さく俺じゃなくて、大きくて、より食いでのあるギプルを食べようとしたんだろう。

 これは下処理だ。肉をできるだけ柔らかくする、そのための。

 そこまで分かっていて……俺は動けない。違う。動かなかったんだ! 今こそ義憤に駆られ、立ち向かうべき、この瞬間に! よりにもよって!! ……迷ってたんだ……このまま、ギプルを見捨てれば、助かるんじゃないかって。


(これ今なら、ギプルを餌にして、逃げられるんじゃ――)


 頭に響いてくるのは、冷たく暗い、不気味な声。


(力は使えな、それで俺は助かる、また好きな小説も――)


 聞き覚えのない。なのに、妙に耳に残る声。


(所詮は動物、俺のために食われ、あいつも本望だろ――)


 それはきっと俺の声。まごうことなき、俺の声。


 ――最悪の卑怯者の声が聞こえてくる。


「あア亜阿蛙吾會合揚悪ッーーー!!」


 ☆


 どうしようもない極限状態。その中で俺は、生み出した光り輝く弓矢を手に、吼えた。

 遅くなる時間の流れ。蛇熊も、ギプルも、舞っていた木葉すら、完全に止まった。その瞬間に射った矢は寸分たがわず、蛇の胴体、その向こうの熊の頭を……文字通り消し飛ばした。

 それを見たのを最後に、俺の意識は今度こそ、深い闇の中へ。

 この感覚は知っている。はじめて死んだ、あの時の……。


 ☆


「……何、この子?」


「あんなのはじめて。見てよ向こう、さっきの矢が当たった場所」


「山の一部が……無い?」


「ふふ。ウォルブルを一頭助けるために、あんな強力な魔法使うなんて……変な子ね」


「……それでどうする? 放っておくの?」


「このままなら死んでしまうでしょうね。ほら、今も血が止まってない」


「だからどうするの! 助けるの? それとも見捨てるの!?」


「貴女はどうしたいの?」


「……関わりたくない」


「そう」


「けどここで、人を見捨てるような真似は……したくない」


「……そう。じゃあ助けましょう。あなたもよかったわね。優しいお姉さんが助けてくれるそうよ?」


「くれるそうよ……って貴女は? まさか手伝わないつもり!?」


「助けたいといったのは貴女。私は何も言ってないわよ?」


「こ、この!」


「ほらほら急がなきゃ。遊んでる場合?」


「~~~!!」


 ☆


 これは夢だ。俺が今でも……いいや、生きていた頃に何度も見た、夢だ。内容はいつも同じ。過去に俺が体験した、苦い思い出。


「返しやがれ! テメーら、これは何の真似だ! おいコラ!!」


 当時の俺は、あまり素行のよろしくない少年だった。とはいえ、多少ケンカができたくらいで、別に不良とは言えない、中途半端な立ち位置。


「ま~なんだ。小説ってのは人に読ませるもんだろ? だから読んでやる、つってんじゃん! 俺たちでよ!」


 ギャハギャハと気に障る。馬鹿みたいに大口を開けて笑う、本物の不良ども。茶髪に金髪、スキンヘッドと立ち並ぶそいつらを、俺は睨む。連中の一人、この集団を率いていた馬鹿一号。その手には俺が書いた、記念すべき処女作。


「そいつはな! お前らみたいな馬鹿共に読ませるために、書いたんじゃねえ!」


 大切な友人に読ませたい。そう思って国語の成績も悪い癖に、無い知恵を絞って必死で考えた小説。それがまるでゴミの様な扱いをされている。ぽんぽん、「ヘイ! パスパス!」と投げ合う馬鹿共。


「……いい加減にしろや……殺すぞ……お前ら」


 集団ヒステリーとも言えるこの状況で、個人の俺にできることは牙を見せることだ。これ以上するなら噛み殺すぞ、と。

 そんな俺の様子を見て、あいつらは、嗤いやがった。


「……何だよ。マジになんなよ。寒いつ~の」


 その中の一人が、手にした小説を俺の前に差し出してくる。俺はそれを黙って受け取ろうとして――その手が空を切った。


「ハハハハハ!! 何その顔! ウケる! 最っ高!」


「ちょ、おまやりすぎ! どうすんだよ自殺とかしちゃったら!」


「いいじゃん! こいつ最近調子に乗ってたし! そしたらまた皆で笑ってやろうぜ!」


 馬鹿の足元には俺の小説。こいつはあろうことか、汚い足でそれを踏みつけた。しつように。何度も。ふみ、つけ、たぁああ――


「…………ね……」


「ハハ……え、何か言った?」


 そんなに楽しいか? そんなに面白いか? どうせなら、もっといい遊びをしようじゃないか。こんな下らないことじゃない。もっと……笑える遊びを……。


「何だよ~、マジで泣いちゃったの? うわ白けるんだよね、そうい――」


 さあ始めよう。お前ら対俺一人の……殺し合いを。


「………………死ね」


 ☆


「おおおおおおーーー!!」


「きゃああああーーー!!」


 俺は相手を掴み、足を掛けて投げ、そのまま床へと叩きつける! 怯んだうちにその首を絞め、そのポカンとしている鼻に得意の頭突きを――待て。ウェイトだ俺。


「……女神様?」


「……少なくとも、女神様ではありません」


 目の前にいたのは、美少女。それもとびっきりの。


「え、何で、あの馬鹿共は? 俺の小説は!?」


「……小説? いえとにかく、そこからどいては貰えないでしょうか?」


「イエス! マム! 大変申し訳ありませんでしたーーー!」


 首を絞めて少女に跨る俺は、どう見ても性犯罪者。アウトだ確実に。飛び退くようにして少女から離れ、彼女から遠く離れた床の上に土下座する。角度、姿勢、どれをとっても一級品だ。


「ちょ、ちょっと! そんな急に動いたら、傷が!」


「あ、あれ……気持ち悪い」


「ほら! あ~も~いいから、ここに寝てください!」


 俺は少女の手を支えに立ち上がる。そして、


「ちゃんと歩いて――え?」


「うぉ――おお?」


 足がよろめきベッドの上に、二人がもつれ合うように倒れた。今度は上下逆。俺が少女で、上が下。


「ご、ごめんなさい。すぐに退きますから」


「う、うん」


 退かなくていいです、と言いたかった。だが、俺は今あまりの感動で、まともに話すことができない。

 至近距離で少女の顔を見る。まず目がいったのはその瞳。猫を思わせる勝気な瞳、その中心は金色。気高く光るその瞳が、今は恥ずかしげに伏せられ、潤む。それを彩る長いまつ毛、そして髪に至るまでが、まるで陽光、いやそれ以上に輝く白銀に染まっている。身にまとう空気は清浄、そう言い切れるほどに清らかな印象を受ける。

 目の前の少女という侵しがたい聖域、その向こうに、俺は救いを求めるように手を伸ばした。


「え……あの、離して……」


 腰は少女としての細さを持ちながら、程よい肉付きのそれは男を、いや雄を捉えて放さないだろう。背中に流れる髪を一房掬えば、まるで絹を扱っているような錯覚を覚える。


「ひゃ! っうん!」


 加えてどうだこの肌の感触は。細い顎のラインに手を這わしてみれば、まるで吸いつくような瑞々しさ。若く、純白の肌にうっすらと差す紅色、その中で際立つピンク色の小さな唇。


「ど、どこを触って――あぁ!」


 首筋から下のラインを、玉のような汗が一滴、慎ましく開かれた襟元から、小高い双丘を下へ、下へと流れていった。何も考えずそれを追っていけば、俺の鼻に甘く、誘うような匂いが……。


 ――ガチャ


「……あら、あなたたち……すごく(仲が)良くなったのね」


 ……開かれた扉の向こうから、そんな声が聞こえてきた。

 ぎこちない動きでそちらを向けば、これまた魅力的なお姉さん。少女とは違う魅力を惜しげもなく放つ、そのお姉さんを前に、俺は動けない。感動してじゃない、至近距離から放たれる殺気によって。

 転生して短い間に身につけた、危険察知能力が全力で俺に告げてくる。逃げろ。死ぬぞ、と。


「はあ、はあ、っ……うん。……何か言いたいことは、ありますか?」


「無罪です。仕方なかったんです」


「どう考えても有罪です」


 にっこりと、花のように笑う少女。……ただし、その花はきっと毒がある。


「ふ……はあ!!」


 逃れることの許されない、少女の本気の一撃。それは俺の急所を確実に抉りにきた。


 ☆


「……ひどいことするじゃない。そこは大切にしてあげないと。気持ちよくしてもらったんでしょう?」


「違う! 着替えさせようと思って、この人の服を脱がしていたら、急に襲ってきたの」


「その割には、嫌そうには見えなかったけど?」


「なっ! それはこの人が……すごい目で私のことを……」


「自分を求めてくる、初めて見た雄の瞳に参っちゃったと……?」


「全然違う! どうしてそんな、いやらしい言い方をするの!?」


「だって、いやらしい事をしていたんでしょう?」


「してない! 私はただ……何この匂い?」


「あらあら大変! 漏れちゃってるわ」


「嘘やだもう! 雑巾持ってきて! もう最悪!」


「原因はさっきの一撃でしょうね。かわいそうに、つい……しちゃうくらい、怖かったのかしら?」


「とにかくシーツをとって。それと……下も替えてあげて」


「え? 私が? ……それはちょっと……助けるって言ったのは貴女でしょう。最後まで責任取らないと」


「だってそうすると……見える……じゃん」


「いいじゃない。あんないい雰囲気を出してたんだし」


「……やだ……そんなの……やだもん」


「……私だって……じゃあこうしましょう。二人で――」


 ☆


 オボロゲニ、キコエテクル。シニタイ。

 

子供のころ、最後に……しちゃったのはいつだったかな?


当時は恥ずかしくて、泣くほどつらかった覚えがありますが、この年になると酒の席の笑い話ですね。


……笑い話です。マジ話じゃありません。

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