レッツダンシン!
オボロロロロ……し、失礼。お見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ない。
ふう……さて地球の皆。いつもの様に物語を始める前に、ちょっと真面目に話したいことがある。
前回の物語の最中に、文学としてはたいへん不適切な表現を使用してしまった。特に最後の方。あんな書き方じゃ、俺にいったい何が起きたのか、全然伝わらなかったと思う。
だからさ、この場を借りて簡単に説明させてくれ。何すぐ済むさ。
あの時足元が揺れて、俺は地震が起きたのかと思った。だけど違ったんだ。霧の向こうで、化け物の様に大きな瞳が爛々と輝いた次の瞬間。巨人の様な姿をしたエリオージュの神様バルザンが、邪魔な霧を払うようにして、その雄々しき姿を俺の前に現したんだ。
……真っ裸でな。
さあ皆も想像してくれ。筋骨隆々、雄心勃勃な爺さんが誇らしげに目の前に立っているのを! 真っ裸でな! 葉っぱすらなかったよ! 相手が神様でも吐くだろ!? なあ!! だからあれは仕方がなかったんだよ! 俺だって書きたくないものがあるんだ!
閑話休題。さてあのへんた……いえ神様からいただいた能力。あまり好きな言い方じゃないんだが、所謂チートを俺はこうして授かった。その力は正直言って……すごいよ。
さあご覧いただこう。最強無敵、天下一品、唯一無二の我が能力(借り物)を。
☆
「死ね」
…………う……
「――っああ!」
目の前に迫った白刃を、俺は間一髪のところでかわした。身をよじり、その拍子に地面に倒れこむ。くそ、頭をつかまれてたから、何本か髪が抜けちまった。
「おいおい、避けるなよ。痛いのが続くだけだぞ?」
ナイフを向けて俺に近寄ってくる蛇目野郎から、俺はできるだけ距離を取ろうと、片腕で体を引っ張る。周りの連中はそんな俺を見て、にやにやとムカつく笑みを浮かべてやがる。こいつらにとって、今の俺はずいぶんと滑稽に見えているんだろうな。
必死になって動く俺の背に、でかい木の幹が当たる。……もう逃げ場はない。気力も、湧かない。
諦めつい思い出すのは、先ほどの出来事。
……あれは……夢だったのか? この世のものとは思えない、おぞましいものを見たような……くく。だとすればずいぶん、俺に都合のいい展開だったな。結局あの神様、力とやらの使い方を教えてくれなかったけど。
自嘲するように笑う。それで多少リラックスできたのか、今更になって燃えるような感覚が頭に届く。
ああ折れた腕が痛え。これ何とかなら――ぉお?!
――ベキ、ミシミシミシ、ゴリ
……うそん……。
少々唖然とする光景に、目の前にいる男も無視して、一瞬固まってしまった。そんな俺を見て、下卑た笑いを浮かべながら、蛇目野郎が手に持ったナイフを弄びながら迫ってくる。長い舌でベチャリと刃をなめまわしながら。
「まぁいいがな。仕方ないからもう少し遊んでやるよ。今度はそうだな、目をえぐろうか? それとも手の指を一本一本……ひひひ!」
気持ち悪い目で寄ってくるな爬虫類。蛇革にして財布にするぞ。こっちはそれどころじゃないんだよ!
さっきまで感じていた恐怖は薄れ、蛇目野郎を内心で罵倒する。俺は奴らに見えない位置で、折れた腕の具合を確かめる。ピク……ピクリと俺が思った通りに動く指を見て、思わず俺は笑ってしまった。
「……ぅ……ふ……くふふふふふふふ」
「……坊主……」
遠くでオッサンが気遣わしげな声を上げている。いやすまん、狂ったわけじゃないから。
ああ、分かったよ。理解できた。あの夢は――マジだ。俺が最後に見たものも含めてな。
背にした木を支えにして、俺はゆっくりと立ち上がる。おいおい、さっきまでの痛みが――
「そう悲観するなよ。安心しろ。ちゃんと俺が……気持ちよくして……やるからな!」
怖気の走ることを口走りながら、駆け出してくる蛇目野郎。無警戒に直線に進んでくる。手にしたナイフを大きく見せびらかすように振るってくる。狙いは――俺の首。
さっきまでの言葉は俺を怖がらせようとしただけかよ。面の通りに趣味の悪い野郎だ。
こんな質の悪い野郎に……負けたくない。
胸に灯る闘争心に従って、迫る脅威を前に俺は――前に出た。
「今度こそ……逝きな!」
迫る刃、それを俺は……さっきまで折れていた腕で、しかと受け止める!
人殺しを厭わぬ相手に、その時になって初めて俺は真正面から立ち向かった。血走った目で至近距離から俺を睨んでくる蛇目野郎。遠慮なくぶつけられる殺気に対し、堪える様に歯を食いしばる。
今すぐ逃げたい。チビって謝って許してもらえるなら……正直そうしたい。だけど、だけどよ……そういう訳にはいかないだろ? だったら!
――引くな。闘え。……生きて帰りたいのなら! そのための力が、今の俺にはある!!
「っな! このガキまだ動け――」
新たな世界で、新たな命で……俺にしか書けない、新しい物語を書く。だから……邪魔をするな!!
「シャオラァァァアーーー!」
「――たのがぼ!」
驚く蛇目野郎の鼻面に、裂帛の気合を込めて、全身全霊の頭突きをぶち込んだ。
自分でも驚くぐらいにきれいに決まった一撃。勢いよく地面をバウンドし、盗賊たちの前まで吹き飛んだ蛇目野郎。そしてそれを見て、連中は信じられないものを見る様に、全員が俺へと視線を向ける。
それをすべて無視し、俺は自身の変化に驚いていた。
傷は既に全快し、握る拳は俺のものではないように力強い。
……ありがとうございます。バルザン様。これなら――
「殺れる!!」
「「「――っひ!」」」
まるで獣の様に攻撃的な笑みを浮かべ、俺は目の前で硬直している盗賊たちを睨む。それだけで連中の何人かは後ずさりやがった。
「……坊主?……お前……」
俺が刺されると思って目を閉じてたのか。今頃になって俺の姿を見る、地面に転がされているオッサン。その顔はところどころが腫れ上がり、額からは今も赤い血が流れている。
……ああこれが、
「これが仲間を傷つけられた気持ちってやつか……。スゲーな俺、今ならあの神様にもケンカ売れそうだ」
どす黒いものが俺の腹にたまっていく。自然と四肢に力がみなぎる。……ダメだ、こんなもんを抱えたままには、俺にはできない。
バルザン様。さっそく使わせてもらうよ。これから始まる血風、剣戟吹き荒れる――舞踊劇。きっと面白いものにしてみせよう。さあ存分に観覧あれ。きっとさっきまでより、ずっと楽しいものになるだろうよ。
「神威……顕現」
☆
「何だこのガキ急に動きが――っがあ!」
盗賊の一人、俺がクマ髭と呼んでいた男の繰り出した一撃。胴体を狙った刃物による突きを、俺は身をかがめて避け、地面を滑るようにして懐に入り、逆に肘による一撃を鳩尾に叩きこんだ。咳き込み、思わず体を丸めるクマ髭。その襟をつかみ俺は自分の体重の倍はあるだろうクマ髭を背負い、連中のど真ん中に投げ飛ばした。
「「なあぁぁぁあーーー!」」
投げ飛ばした先にいた男が二人、クマ髭の大重量を直に受け、ボウリングのピンの様にはじけ飛ぶ。俺は胸中でストライクと叫び、まだ10人以上入る盗賊たちの前へと躍り出る。
「油断するな! 囲め! 数でつぶすぞ!」
そうだよな。フィクションみたいにひとりずつ来てはくれないよな。けどな、今の俺にはお前らが全員束になってかかってこようと、捌ききる自信がある。そんなとろい動きで、捕まるかよ!
「ガキが一人で、俺たち相手にどうにかなるとでも――」
「――思ってんだよ! どきやがれ!」
「ぶひぃ!」
グダグダと俺の前でしゃべっていた一人に前蹴りを放つ。狙いは顎。舌でもかんだのか、あおむけに倒れたそいつは口の端から泡と一緒に血を流している。ざまーみやがれ。
「ちぃ……馬鹿が! 正面から攻めてどうする!」
ごもっとも。リーダー格の男の言葉で、俺の死角から刃が、縄が、礫が飛んでくる。けどな無駄だよ。いくら見えないところから向かってきても、俺には察知できる。
「なんで今のが当たらないんだ! 背中に目でもついてんのか?!」
時に地面を転がり、宙を駆け、殺意を持って向かってくる凶器の豪雨をするりと抜けて、俺は元いた街道へと飛び出した。
「逃がすな! 町へ駆けこまれるとやっかいだ! 俺たちのことを報告されるぞ!」
おいおいその面でチクられんのが怖いのか? 心配すんな、そんなことしないさ。
お前らと同じように、――俺も手前らを逃がすつもりはないんだからな!
『天上の勅命に従いて――』
俺は何度も、何度も元いた世界で口にした呪文を唱える。まさか小説じゃなく、こんな形で人にお披露目するとはな! 喜べ盗賊ども、手前らが記念すべき実験一号だ!
無防備に体を晒している俺に対し、連中は地を這うようにして向かってくる。
「は! 何の真似だか知らんが、隙だらけだな!」
そう思うか? ずいぶんと軽率だな。命のやり取りの最中に、無駄なことをするわけがないだろうが!
『――天雷が化身よ、今ここに顕現せよ!』
俺の掌から、見覚えのある魔方陣が浮かび上がる。……あ~懐かしいな。美術部だった友人に頼んで書いてもらったやつだ!
魔方陣の中心に剣呑な光が宿る。それは徐々に破壊的な音を立てながら、ある生き物の形を成していく。
「…………は、はぁ? ……馬鹿な……こんなガキが、ここまで強力な魔法を?! しかもあんな呪文聞いたこともないぞ!!」
そりゃそうさ。この呪文は俺の完全オリジナルなんだからな!
生まれたのは、稲妻まといし東洋龍。野菜人世代の俺は、西洋龍よりこっちの方が好きなんだ。ファンタジーに東洋龍。このギャップが良いんだよ!
「全員眠りやがれ!! 『ルドラ』!!」
ついつい技名まで叫んじまった。ははははは、笑いが止まらねー。あー……楽しい!
「ぐぎゃぁぁぁおぉぉぉおーーー!!」
「な、あ、あぁぁぁあ……」
圧倒的な怪物を前にして、茫然自失となっている盗賊たち。唯一こちらに背を向けて、リーダー格の男が逃げ出そうとする。けどな、
「もう、遅えよ……散りな!」
直後に響く特大の雷光。まるで太陽の様な光の奔流が、世界を純白に染め上げた。
☆
「オッサン、生きてるか?!」
盗賊は全員動けないようにして地面に転がした。あれだけの閃光を放ったんだ。町の方からすぐに兵士がやってくるだろう。盗賊たちを連行するのはそっちに任せるとしよう。
さて、残る問題はあと一つ。声をかけても反応しないこのオッサンをどうするか。縛っていた縄はもうほどいたってのに、口をパカンとあけたまま、返事の一つもしてくれない。
まぁいい。盗賊たちにやられた怪我は、既に力を使って癒している。命の心配はないだろう。
しかしこの力。思った以上に消耗するな。……久しぶりに動いたから、体も痛えー。
「坊主……お前は、一体?」
うん。やっとオッサンも話せるようになったか。再起動にずいぶん時間がかかったな。……オッサン……そんな化け物を見るような目で見てくれるなよ、傷つくじゃないか。
まあ仕方がないか。自分より重症だった俺が、一瞬で怪我を直したと思えば、最後にあれだもんな。
ここは一発小粋なジョークでもはさんで、リラックスさせてやろう。
「俺は、しがない流れの……小説家さ」
……なんだよオッサン。そんな目で見るなよ。……泣けてくるじゃないか
半笑いで俺を見るオッサンの視線に、俺は自分が滑ったことを理解した。
主人公……えらい凶暴だな? 平和な国ニッポンの住人だったのに?
……まあいいか!