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~の穴を!

 ファンタジーのお約束っていくつかあるよな? 例えば、怪しい集団に襲われている女性を助けてみれば、それがお姫様だったとか。いきなり仲間面で近づいてきたやつが、実は敵のスパイだったりとか。

 ……転生した主人公が、盗賊に襲われる商人を助けてみたりとか。

 この時の俺は、まさにそれだったんだよ。こんな展開を何度想像したことか、何度書いてきたことか。ふふ、たぎったぜ~。そう! 俺はあの時、間違いなく誰よりも輝いていた。……なんですって? この書き方はダメ? 版権にふれるかも? そんなどっかの編集さんみたいなこと言わないで下さいよ。ちょっとくらい大丈夫ですって。

 閑話休題。まぁとはいえこの時、俺はまだ現状が一切呑み込めていなかった。明らかに馬じゃない生き物を見ても、人殺しの集団に襲われてる状況でも、脳が認めなかったんだ。ここは異世界だって。

 だからあれは、迎えるべくして迎えたんだと思う。俺にとっては悲劇でしかない、あの結末は。


 ☆


 俺はオッサンの馬車の荷台に乗り込んだ。走ってる荷台に乗り込むために、久々に全速力を出してしまった。やばい、息が、って!


「おいオッサンまずい! あいつら弓持ってるぞ!」


「当たり前だ馬鹿野郎! 顔を出すんじゃない、当たっちまうぞ!」


 嘘だろそんな、だってあれ本物じゃないか……当たったら死んじまうんだぞ。

 俺は今にも泣きそうになった。だって武道とか何もしたことない、俺でもはっきり感じることができたんだ。本物の殺気てのを。

 手足から力が抜ける。何も入ってないはずの胃袋から、酸っぱいものが喉まで逆流してくる。だめだ、このままじゃ俺は――。


「心配するな、坊主」 


 ……オッサン? 


「もう少し走れば町が見えてくる。そうすれば、町の方から兵が向かってきてくれるはずだ。大丈夫、助かるからな! 気をしっかり持て!」


 オッサンはそういうと、笑いやがった。命がかかっているこの状況で。


「……ありがとよ、オッサン。大丈夫だこう見えても、意外とタフなんだぜ」


 そう言って俺は指でVサインを作る。そうさ思い出せ、小説の応募に間に合わせるために何日も徹夜した、あの日々を。投稿した小説に、一つも感想が返ってこなかった、あの日々を。

 頭のすぐそばを矢が通る。怖い。泣きたい。だけど――


「まだ、俺は死ねないんだ。やりたいこともあるしね」


 あんな馬鹿な真似までしたのに、もういいって、全部あきらめようとしたのに、それでもまだ小説を書きたいんだ。


「よっしゃ! そうやって笑えるなら、大丈夫だな」


 腹は決まった。何が何でも生きて帰ってやる。

 荷台の中を見渡す。何でもいい、あいつらへの牽制になりそうなものはないか。武器になりそうなものは――


「坊主! そこにある、でかい箱の中身を使え!」


 オッサンの指示通り、荷台にはひときわ大きい木箱があった。それに縋り付くようにして蓋を開けると、中には、弓矢! それに矢が何本もある……っておい!


「オッサン、俺こんなもん触ったこともないぞ!」


「いいから使え、やる前からあきらめるな! 若者は常に挑戦する心を持て!」


「こんな時にも説教かよ!」


 案外余裕だなこの人。まあいいさ、やればいいんだろ、やればよ! 

 初めて持つ弓は、想像以上に軽い。だけど弦が無茶苦茶固い。こんなの俺に引けるのか!?


「……~~なめんな畜生! 男は度胸だ!」


 小説家志望をなめんなよ! こちとら尻の穴を、他人に見せるような真似をして生きてんだよ。荷台の幌を少しずらして後ろを確認する。やばい、あいつらだいぶ近づいてきてやがる。


「はぁ、はぁ、っぷは」


 息を整えろ。落ち着け。焦るな。

 何かの本で読んだだろう? 狩人が弓を引く、その状況を書きたくて。

 思い出すんだ。弓を引くのに大切なのは、集中力。そして――呼吸。


「す~、はぁ~、す~」


 弓を引くのに腕力は必要じゃない。重要なのは背筋。

 お、おお。なんだよ、きれいに引けたじゃんか。

 オッサンが何か言っている。ごめんな、なんか聞き取りづらいんだ。後にしてくれ。


「す~……、はぁ~……、す~……」


 向こうから矢が飛んでくる。気にするな。あれは俺には当たらない。

 頭の中がクリアになっていく。なんだこの感覚? 妙にふわふわして、だけど……嫌じゃない。

 あれ何だあいつら? いつの間にか止まってやがる。これ今なら、


「――当たる」


「――おい聞いて! ……何?」


 うお! 一気に元に戻った。今何が起きたんだ? 気持ち悪い、俺の体じゃないみたいだった。


「ぎぎゃあ!!」


「へ?」


 今度は何だよ? 盗賊たちの方で何か――


「やるじゃないか坊主! 使ったことないとか嘘だろ? 一発で当てたじゃないか!」


「えぇ!? いやそんなまさか! ……うそん!」


 マジかよ、本当に当ってやがる。あれ、俺がやったのかよ?!

 集団の後ろの方、地面に転がっているやつの足に、確かに見覚えのある矢が一本刺さっている。死んではいないようだけど、あいつはもう追ってはこれないだろう。

 ……これって、もしかして、……きてんじゃね?


「その調子だ、どんどん射れ! 何ならこのまま全滅させちまえ!」


「…………おいおい。オッサン」


 きてるよ。これ間違いなくきてる。


「おう、何だ!」


 俺の時代が、今、間違いなくやってきた。


「いいんだな? ……全滅させちまって」


 ――覚悟しろ盗賊ども。俺の弓が……火を噴くぜ。


 ☆


「おっしゃあああーーー! 4人目!」


「がぁあ!」


 間違いない、俺には弓の才能がある! あの後も変わらず追ってくる盗賊たちに、俺はあの感覚を呼び起こしながら、手足に矢をお見舞いする。

 どうしよう。今のところ百発百中だぜ! こんな才能あったんだな俺! 10人はいた盗賊たちはその数を減らし、今や6人。向こうも乾坤一擲の矢を放つが、俺には当たらない。見切った! とか言って全部避けてしまった。このままいけば、逃げるどころか俺の完封勝利が決まるな!


「はっはーーー! 坊主、お前は俺の救世主だーーー! やっちまえーーー!」


「任せろオッサン! …………おら5人目!」


 オッサンのテンションも今や最高潮。やれ、やれと囃し立ててくる。どこぞの世紀末に出てくるモヒカンみたいだ。


「いいぞ、やれーー……おお! 坊主、町が見えてきたぞ!」


 さっきまで大声で笑っていたオッサンが、今度は喜色にとんだ歓声をあげる。


 町か。正直助かった。弓って一本矢を射るだけで、すごく消耗するんだな。さっきまではテンション上げてごまかしてたけど、もう射れそうにない。


「そっか。……残念だな、全滅させることはできなかったか」


 調子に乗った俺は、そんなこと言わないけどね。


「はっはっは、頼もしいな坊主。まあそう言うな、後は兵たちに任せ――」


 なんだ? オッサンが急に黙っちまった。

 荷台で後方を警戒していた俺は、御者をしているオッサンに声をかけた。


「どうしたんだ、オッサン?」  


「……最悪だ」


 オッサンの視線。その先には……後ろの奴らの仲間だろう。同じ風貌の連中が10人、待ち構えていた。


 ☆


「――っぶえ!」


 目の前がチカチカする。もう何度殴られただろう、口の中の感覚が無くなっちまった。


「まだだ、立たせろ」


 俺が弓で倒した連中も、今は手当を済ませて周りを囲んでやがる。そんなことしなくても、もう逃げないっての。……まともに立つこともできないんだから。


「――っぎあ!」


 ホームラーン……てかこの蛇目野郎。人の頭を木の枝で思いっきり叩きやがって。覚えてやがれ。帰ったら、お前を題材にしてホモ小説書いてやる。本番有で相手はそこにいるクマ髭だ。


「坊主……すまねぇ……巻き込んじまって……」


 いいよ、オッサン。あんたもだいぶ殴られたんだ。休んでな。きっともう少し耐えれば、誰かが助けに来てくれる。死にはしないよ。


「――っがいぃぃぁあーーー!!」


 まだかな? こいつら手加減を知らないのかよ。くそ。腕がタコみたいになっちまった。


「ひぃぃぃ!!」


 そんな情けない声出すなよオッサン。俺は大丈夫だからさ。

 ああけど、ちょっと眠くなってきちまった。それに、なんだろう? すごく寒い。


「はぁ……おいもういいだろ! ガキ相手にいつまで遊んでんだ」


「まぁそういうなよ。これ結構痛かったんだぜ? しかもこんなガキにやられたんだ。しっかりお返ししないとよ」


 うるせーな。俺は眠りたいんだよ。……もう十分殴っただろうが、寝かせてくれよ。


「こんな町の近くで遊んでて、もし向こうの連中が気づいたらどうすんだ。さっさと奪うもの奪って逃げるぞ」


「……ああ、まぁそうだな。じゃあお前の言う通り、……奪えるものは奪っていこうか」


 ……人の髪つかみやがって……禿げたらどうすんだこの野郎。

 

「じゃあなクソガキ」


 はいはいじゃあね。おやすみなさいなさい。


「死ね」


 ああ……これでやっと……眠れ…………………………


 ――っブツ




さらに投下。

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