こんな夢を観た「怪しい露天商」
いつも通り、アメ横は大変な賑わいだ。肩を擦り合う人と人との間から見える店舗の前では、店員達が手振り身振りを交えて、闊達に商売文句をぶちまけている。
「安いよ、安いよ、安いよっ! トロが1本、たったの千円だっ。そこのキレイなおネエちゃん、どうだい、買っていかねえか。ええいっ、赤字覚悟の大まけだぃ、値段は据え置きで、もう1本つけちゃうよっ!」
「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。うちはアメ横一、ってえことはつまり、日本一安くて品揃いの多いチョコレート売りだっ。500円玉1個で、ぽんぽんぽーんっと積んじゃうよ。ほら、もう2つ、3つ載せようか。なに、まだ足りない? ったく、しょうがねえな。よっしゃ、今日だけオマケだ、4つを飛んで、5つ載せたからねっ。ほかじゃ、こんな大サービスは絶対ないよ、ほんとだよっ」
何度来ても、その勢いには押されてしまう。売り手と目を合わせたが最後、買うまでは決して離してくれない。
今日、わたしはエア・マックス/スーパースルーを買いにここへやって来たのだ。アメ横はうさん臭い商店が確かに多いけれど、どこよりも入荷が早い。探せば、ひょっとしたら手に入るかもしれない。
たぶん、見つけても割高だと思うが、時期を逃しては買うことすらできなくなる。
めぼしい靴屋は一通り見て回ったが、収穫はなかった。ガード下も隅々まで見る。けれど、こちらもさっぱりだ。
「エア・マックス2012なら、どっさりあるんだけどねぇ。だめかい?」店の主人は、奥の棚から5つも6つも箱を持ち出してきて、そう勧める。
「スーパースルーじゃないとだめなんです」わたしは言った。「だって、ばかには見えないんでしょ、あれって。ふつうのエア・マックスなんて履いて歩いてたりしたら、5分もしないうちに狩られちゃう」
「そうかい? 残念だなぁ」店主はしょんぼりと頭を垂れる。
よほど売れないんだなあ。商品は魅力なのだが、今だはびこる「エア・マックス狩り」が怖くて、誰も買う勇気がないに違いない。
問屋街はあきらめて、裏道を歩いてみた。ちょっと入っただけなのに、人がまばらになる。昼間はともかく、夜はなんだか怖そうだ。
時折、露天商が道端にラシャを敷いて座っているのを見掛ける。わざわざ建物の陰に店を広げている様子からして、表だって商売をすることを良しとしない連中なのだろう。
わたしは見ないふりをして先を急ぐ。少しでも興味を持っていると気取られると、それこそダニのようにたかられてしまう。
「激レアの輸入時計があるんですよ、お客さん……」背後から、ぼそっと声が掛かる。
無視、無視。わたしは自分に言い聞かせた。
「なんと、なんと。世にも希な、カシオとオメガとロレックスのコラボ商品だよ……」
何だって?!
「それ、本当ですか?」思わず、振り返ってしまう。
「もちろんですとも。その名もO-Shockって言いましてね、世界にこれ1本きりなんですよ」
わたしはとっくに我を忘れて、並べられた時計の前にしゃがみ込んでいた。
「でも、そういうのって高いんでしょ?」わたしは聞いた。
「うーん、まあ、安くはありませんよ。何しろ、たったの1本しか作られてないんですからね」
「おいくらですか?」
「1億8千万円――」
高っ。とても無理だ。
「もうちょっと、安くなりませんか?」呆れたことに、交渉なんかしている。
「わかりました。せっかく足を止めて下さったんだ。1千万では?」
「買いますっ!」相手の気が変わらないうちに、とわたしは即断した。貯金を全部おろして、誰彼かまわず借金しまくればどうにかなる、とっさにそう考える自分が怖い。
「まいど、ありがとうございます」露天商は、O-Shockをコンビニ袋に放り込んだ。わたしは引き替えに、後払いのサインを書いて渡す。
押さえようとしても浮かんでくる笑顔のまま、わたしは店を後にした。いい買い物をしたぞ。世界中探したって、ここにしかないわたしだけの時計だ。当初の目的だったエア・マックス/スーパースルーなんて、もう、どうだっていい。
角を曲がったところで、別の露天商に呼び止められた。
「滅多に手に入らない、貴重なバッグがあるんですよ……」
わたしの耳がぴくん、と動く。
「ヴィトンとキティとディズニーが手を組んだ、その名もネヴァーフル・キャット・アンド・マウスというトートバッグなんですがねぇ」
VISAは使えるだろうか。リボ払いにすれば、何とかなるかもしれない。
わたしの頭は、あれやこれやと計算を始めだす。




