天道虫の空
膝丈ほどに伸びた草むらの中、一匹の天道虫が尖った葉を食んでいる。
秋の透き通るような陽射しを浴びて、朝露は小さな空を映した。
乾いた風がひとつ、ふたつ、草花の表面を撫でていく。
風に乗って飛び立ったのだろうか、さっきまで留まっていた草の上に天道虫の姿はなく、わずかに緑の葉が揺れているだけだった。
私は古びた街の錆びたガードレールに腰を降ろしている。
手の平に触れる、ザラザラと剥がれかけた塗装を、無意識に爪で引っかいている。
目の前には、中途半端に舗装された道路。
デコボコとしたアスファルトに、車の残像が浮かんでいた。
太陽は徐々に高くなり、大気を温めていく。
頭上には秋の空がどこまでも広がっていた。
地平線や水平線とった境目がないため、距離感を見失ってしまいそうな光景ではあるが、確かにどの季節と比べてみても秋の空は高い。
私は一人、納得したように何度か頷いた。
遠い昔に見上げた空と、今、目の前に広がってる空。
その間には、どんな違いがあるのだろう。
温暖化、大気汚染、何のことはない、私の目には同じ青さが広がっているように思えた。
違うことと言えば、昔に比べて遥かに身長の伸びた私に映る空が、いっそう高く、いっそう遠くなったことくらいだろう。
青い空と澄んだ宇宙の間を悠々と泳ぐ雲が、アスファルトに沈む私を黙って見下ろしていた。