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辺境高校生  作者: にしむらぱすた
【本編】
9/64

第7話 パンフレット

「ええ、あ、はい、わかりました!」

 

 放課後の部室に、いつもの顔ぶれが並ぶ。

 部屋に響いてるのは、よく通る小山の声だ。


 いつのまにか部の専属カメラマンと化している高橋が、自宅のPCにデジカメを繋いでプリンタから印刷してきた紙片を机に出したので、皆で見ている。

 小山だけが携帯電話を操作していた。


 高橋が持ってきたA4くらいの用紙数枚には、最近皆で散策した際に撮影した市内の様子が写っている。

 安物のデジカメだそうだが、よく撮れている気がする。



「キヨちゃん、できたってよ!」


「わあ、そうなんだ!」

 

 はて、どういうことだろう。

 小山と清川のやりとり。

 どうも高橋の写真のことではないような。


「なになに?何ができたの?」


「シノちゃんにこないだ言ってたやつ!」


「ああ、ナナが言ってたパンフね」

 

 今度は小山と篠田のやりとり。

 さっぱりわからん。

 

「行きましょう!」

 

 清川。


「おー!」

 

 篠田。


「何が始まるの?」

 

 と高橋。男子2人は状況が飲み込めてない。


「自分とキヨちゃんが一部関わったパンフレットが刷り上ったって、印刷所から連絡あったみたいで。で、そこに取りに行った団体代表のお宅に、わけてもらいにいくのです」

 小山はさも嬉しそうに笑った。



 ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 で、まもなくその代表の方とやらの家に着きそうだ。


 学校からは割と近い距離にある宮川の団地。

 戸建てのエリアと並んで数棟の四階建て市営アパートが立ち並ぶ。

 用があるのはアパートのほうらしい。


 小山が代表、と言ったのは『宮郷線を守る会』という、主に地域、とりわけ沿線住民らで作られた組織の代表のことだ。

 自分も最近までよくわかってなかったのだが、小山はその組織の一員であるという。

 そして昨年あたりから、学生として参加しているという。


 さらにその団体の上に『宮郷線活性化協議会』なる団体があり、『守る会』で出た意見を住民の声として集約して上げているらしい。

 

 で、『協議会』なる組織はJR職員、沿線自治体役員、地元企業、『守る会』の中の代表らで運営されており、『守る会』や地域で上がった意見を取りまとめ、JRに働きかけを行っているという。

 また路線存続、活性化に向けての具体的な提言をJRに訴えているという。

 

 JRからは、上がってきた提案を精査し、容認されたものが活性化協議会を通じて地域にフィードバックされる。

 

 JRの判断を仰がねばならない事態は主に大きなイベントがらみになっているようで、小さな行事に関してはほぼ協議会の監督のもと認められている格好だ。

 もう通年行事になっている事例も多く、これは地域組織である協議会、ならびに『守る会』が鉄道会社に対してある程度の信頼関係を構築できているからだと言えるだろう。


 なんかこう、こんなややこしい関係の中であれこれと高校生である俺たちが首を突っ込むのもおこがましい気がするが、『守る会』は老若男女を問わず各種のイベント参加、また存続のための智恵や提案があれば是非して欲しいということらしいから、まあ、大丈夫なのだろう・・・。



「着いたよ!」


 小山の声で目的地に着いたことを知る。

 アパートの401号室には確かにドア部分に『宮郷線を守る会』とのプレートが出ており、『納戸 英司』という表札もその近くに架かっている。


 よく見るとドアノブの上あたりに、四方をテープで貼られた名刺がある。

 どこかの企業の名前が出ているがかすれてよく読めない・・・。

 ただ、印字してある姓名の上に打ってある振り仮名『なんど えいじ』というのは読むことができた。


「いてっ!」

 

 ゴンッ、という爽快な音がしたのは俺の頭からだった。

 急に開いたドアとぶつかったらしい。


「あっ!ごめん!蔵田くん!!」

 

 小山が大慌てしていたが、俺はたんこぶの出来た頭を抑えてうずくまりながら、「大丈夫、大丈夫」と叫んでいた。

 いつの間に呼び鈴押したんだよ・・・。


「あはは!あはははは!」

 

 腹を抱えて笑っている篠田の脇から、ドアを開けた家のあるじが顔を覗かせた。


「おお、すまんのう!痛かったじゃろう!」



「ああ、あの名刺は勤めに出てた頃のものじゃよ。わしはもうとっくに隠居して今年で八十じゃ」

 

 ご老人に部屋に案内され、5人がぞろぞろ入ってくる。

 一人暮らしなのだろう。

 寂しくしておられるのか、突然の大勢の来訪に、(しわ)の入った顔を(ほころ)ばせて歓迎していただいた。

 お茶を、と台所に行こうとするのを小山が「すぐ帰るので」と静止した。


「しかし、去年までは若い寺山君が代表やってくれとったんじゃが、病気で亡くなったじゃろ。替わった代表がこんな老体とかもう終わっとるよの。まぁ、みんなそれぞれの生活があって忙しいじゃろうから、文句も言えんが・・・いや、この役目に不満はまったく無いよ?むしろ関われてよかったと思っとる。でものぉ~、ぱわーがやはり必要じゃと思うんよの!適役は探せばおるんじゃないか?と言うこと。文句いうんはそういうこと。で、」


 話し出すと結構長くなるのはこの人の癖なのかどうか。


 頃合を見計らってか小山が(くだん)のブツを頂戴したいと申し出た。


「おお、そうじゃった!肝心のことを忘れとったわい。・・・ほいこれ」


 把束(はそく)されたいくつものパンフレットのかたまりが奥から出てくる。


「おー!」

 

 皆の声が同時に挙がる。


「A4サイズだね!結構大きくない!?」

「シノちゃんに同感!小山も大きいと思います。そして、いいねこれ!レイアウト!」

 

 表紙は宮郷線を走る列車を中心に、四方向に季節をあらわす沿線の風景がちりばめられている。

 

 春の桜。

 夏の新緑。

 秋の紅葉。

 冬の雪景色。


 そして、見開いた最初のページに登場する美少女のイラスト。


「!?」

 

 俺と高橋は目を見合わせていたが、女子3人はそれが何かわかっているようだ。


「うわーすごいじゃないキヨ!」


「キヨちゃんうますぎだよー!!」


「えへへ、ありがとう!」

 

 え・・・?


「まさかこれ、清川さんが描いたの?」

 

 俺より先に高橋が言いたいことを代弁した。

 どうやらそのまさかのようだった。


「すごいな、プロ級だ!」


「高橋の意見に同意!」

 

 存続活動のおそらく一環だったのだろう、宮郷線のマスコットキャラクター募集が昨年実施された折、賞を射止めたのが清川だったと後に小山に聞かされたがこのときはさすがに驚いてしまった。

 高校生でここまで描けるとは・・・清川、プロの漫画家かイラストレーター、なれるんじゃないか?


 そのマスコットキャラクターをまた沿線観光案内用に描きおろしてもらって掲載する、という手筈だったらしく、それが今日、日の目を見たというわけだ。

 清川も嬉しいだろうな。自分の絵がこうして使ってもらえて。


「稿料、もらったかの?」

 

 代表の納戸(なんど)さんの問いかけに清川はぶんぶんと首を振って「いいえ、まだ・・・」と答える。


「ああ、あんたはまだ未成年じゃから、もしかしたらご両親のどっちかに行っとるかもしれんの」

 

なんか色々アバウトだなあ。


「ええっそうなんですか」


「帰って聞いてみてくれんかの、その辺」


「あ、はい!」


 後で聞いたらやはり父親の口座に入っていて、清川は後日ちゃんと受け取ったらしい。

 まあそりゃそうだよな・・・せっかくイラスト原稿描いたのに自分が貰えなかったらおかしいものな。


 さてそのキャラクターは、パンフレットのページをめくるたびにどこかに現れて、写真の風景の場所を向いて見所などをフキダシ付きで解説している。


 皆しばし、そのパンフを手に取りページを繰りながら、沿線にこんなに沢山の名所があったとは、と感心しきりだった。

 

 

 ふと小山の顔を覗き込めば、よくわからない怪しげな笑みを浮かべてニヤニヤしている。

 

 世界征服をめざす野心家のようなまなざしを沿線見取り図に落としているじゃないか。

 もう小山の頭の中では、おぼろげだった個人的な計画が次々と組みあがってきているに違いない。既に計画通りに進んでいる事例を除いて。

 

「さ!パンフもできたことだし!ひと暴れしちゃいましょうかねー!」

 

 小山の声につい、「おお!」と叫んでしまったが、実際することはとりあえずこの出来上がったパンフを駅前あたりで配布することかな・・・。


 と思っていたら案の定、その通りであった。

 

 翌日の放課後は宮川駅前の自転車置き場から改札付近までをうろうろして、配布作業にいそしんだ。部活なのかそうじゃないのか分からなかったが、まあいいか。

 部活じゃないほうがたぶん都合的にはいいはずなんだが。


 

 それから暫くして、宮郷線(みやごうせん)の各駅や道の駅、公共機関などにそのパンフレットが順次置かれているのを、俺たちは移動の度に見つけることになった。






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