第6話 地域探訪
小山の計画と呼びかけで始まった部活の一端、町歩き。
町というか、学校や自宅周辺の地域であればどこでも歩き、文化や歴史を感じさせるもの、風景の綺麗な場所、観光地もしくはそれっぽいところを巡っては所感をメモしたり写真を撮っていく・・・というものだが、うん、いかにも文化系のクラブ活動っぽい。
廃線間近と言われる宮郷線の存続運動的なこと・・・小山がもっとも関心があり、やりたいことについては、これらの活動の延長線上にある、という位置づけ。
まず沿線地域の魅力について自分達が把握できなければ、真摯な姿勢で赤字ローカル線の存続の意義について理解できずしっかりした取り組みができないからというのだが、我々一高校生に過ぎない連中にいったいどこまでできるのか怪しいものではある。
ただ彼女が抱く熱意には好感を持っているので、何かしらのサポートができたらとも思う。正直なところ、放課後は暇だし、休日も特にこれといってガンガン打ち込んでいるような趣味などもないし。
皆と何かしら動いていれば楽しいハプニングにも出会えそうな気がする。
ヤバいほうのハプニングはノーサンキューだけれども。
小山が考案した具体的な活動計画については、皆納得したため、以後彼女のスケジュールに従って動くことになった。
夏は川遊びだの、地元の祭りに参加だの、ホタル狩りだの、秋は紅葉を見に山へだの・・・これだけ見ればちょっとした小旅行だ。
というか、ほんとにやるのか?できるのか・・・?やりたいことをただ列挙しただけのようにも見えるんだが・・・。
まあ、3割くらいはできるかもしれないな・・・。
放課後だけでは片付かないんじゃないかと問うと、「休日とか夏休みもあるしね!」と明快な答えが小山から返ってきた。
うぉ・・・どこまで一緒に行動するのかわからんが、授業中以外は結構俺たち顔を合わせることになるんじゃないか・・・?
気になったのは部費をどのように使うかだ。文化系のクラブに支給される部費などたかが知れている。
「文化祭の時に発表するでしょ。それに使う画材とか文房具とか紙とか・・・あと小冊子発行とか・・・たぶんそれくらいで部費いっぱいいっぱいになると思う。まあ、去年とおんなじだね。先輩に聞いたから」
ということらしい。
移動の際に交通を使うとなると運賃は自腹か・・・。
小遣いも限られてるんだが、と問うと「どうせ鉄道とか沿線バスを数回使う程度になるから大丈夫だよ」とのこと。
まあ、想定外にお金がかかるようなら活動を途中から自粛するか、規模を弱めるしかないな。やれやれ。
そして今まさに、町歩きの最中である。
とりあえず、学校から距離の近い場所に行こう、ということで小山の意見に皆同意した。
歴史を感じさせるような場所。
グルメが喜びそうなおいしい店。
何か風変わりでめずらしいモノがあるスポット。
この宮川市内の、学校の近くに何かあったかな・・・。
人口はそこそこある市街地だから、それなりにありそうな気はするが。
「あー、この店、クレープがおいしいんだよ!」
気付けば皆、市街中心部のアーケードを歩いている。
大都市の商店街ではないから、緩やかに人口が減っているこの市でも商店など少しづつシャッターが降りはじめている。
「何なに?食べたことあるんだ?」
篠田が食いついている。
「うん、これ、バナナとホイップクリームのやふが ふごっ ひゅごく ふまひ・・・」
「もう食べてるのか・・・」
あきれてしまうが小山はおかまいなしだ。
「これってただの買い食いだよね」
高橋が苦笑する。まさにその通りだと思う。「それ言っちゃおしまい!」と篠田。
そして初日は、市内中心部のアーケード街を散策するだけで終了してしまった。
ほぼ商店街のウィンドウショッピングと、夕方のおやつタイムに費やされてしまったが、果たして部活的には有益な時間であったのかどうか。
まあ、歩きながら清田女史が盛んにメモを取ってたから、何かしらレポートの題材になりそうなものでもあったかもしれない。いや、むしろあってほしい。
現在の5人部員体制で臨む、外歩き活動の2日目。
「昨日はね、ただの”慣らし”ね。歩いたりモノを観察したりとかの」
小山だけに部の運営を任せっきりでアレなのだが、明確な指針がある人物が主導したほうがブレない活動ができそうな気がする。
まあ、要するに彼女が適任。
今日も小山の言いなりで動いてるわけだが、皆それなりに楽しそうだし俺も不満があるわけじゃないから、それはそれで。
昨日は慣らし、ということだそうだが、食べ歩きから入って”楽しい部活”を最初に演出しておきたかったのかもしれない。彼女なりに。
「はいこれ~」
間延びした緊張感のない小山独特の声で紙片を手渡される。
見れば、他の3人にもいきわたっている。
『宮川観光案内』と書かれたパンフレットだった。
「どこから取ってきたんだ?これ」
「ん。市役所。1階のね、市民課に『どうぞご自由にお取りください』って書いてあった」
「ふうん」
わざわざ市役所まで行ったりしてるとは恐れ入る。
「市民課にね、観光係という部署があって。そこの付近にいっぱいチラシがあるんだー。まだたくさんもらってきたけど、とりあえず今日はこれね」
宮川市の観光課が発行しているのだろうか。
矩形の四つ折りで、どうも市内の有名スポットらしき場所が写真やイラスト入りであれこれ入っている。
「いいじゃん、これ。すごいわかりやすいね」
篠田が、手にしたパンフを讃えている。
市街地とその周辺の略図が描かれ、ピックアップされているその一点に向けて自分らはもう歩き始めていた。
「惜しむらくは、やはり宮郷沿線に関する案内がないことだよね」
高橋がハッキリしたことを述べたがその通りだと思う。
宮川市内は人口もそこそこある小都市だから、「おいしい店」とか「買い物できる場所」とか、「文化的なスポット」も点在していたりする。
が、宮川市中心部から山あいの北へ向かって伸びる沿線は、周囲の家が進むほどにまばらになり、山と川と田園が広がるばかりの大地だ。
「見所がないわけじゃないよ。あと沿線パンフはいま作ってる途中~」
不意に小山。そうなのか。
目指す庭園は宮川市の南西、学校から徒歩で30分程度の位置にあるが、間もなく到着だ。
と思ってたら目的地に着いた。
「よくわからんが、有名な茶人か何かがはじめに作ったのか?」
「谷崎玉斎っていう人?聞かない名前だけど地元では昔の偉人みたいな扱い受けてるようだね。室町時代の人かな・・・?」
高橋は入り口でもらった案内のチラシを見つつ喋った。
「入場料。自分らは学生だから150円で済むけど大人は倍なんだねぇ」と言った小山に「まぁペットボトルかお菓子を買った程度の額だからいいけどね」と篠田。
「ああ、うん、お金かかるような施設は行かないようにしたいけど」
「うん、大丈夫。ナナが気を使ってるのは解るから。自分らもまぁ、そんなにお金ないしね!」
確かに移動の度にお金は要る。
今までは家と学校との往復ばかりだったし、大きな買い物もしてこなかったからさほど気にもしていなかったが。
「庭園て、日本庭園のことだったんだね」
篠田は首を大きく回しながら、綺麗に刈られた樹木や砂が石敷き詰められたゾーンを先頭に立って歩く。
大またでやや早く歩く癖があるので、自然、皆が篠田のあとを歩くようになっていた。
「知らずにここに来たなぁ確かに」
「蔵田も何のことかわかってなかったんでしょ」
「そりゃそうだ。市役所でもらったパンフもほとんど説明書いてなかったしな」
庭園と一言で言っても草花をはびこらせたような欧風のものから、農園みたいな場所までたぶんいろいろある。
「しかし何だな・・・人の手入れが行き届いてさっぱりした緑もいいが、田舎の生い茂る緑もいいもんですよ」
「それは田舎に住む蔵田の本心としての意見?」
「む。そうだな。なんせ村に住んでるからなぁ。市内在住のお嬢さんたる篠田にはわかりますまい」
「あはは、わかりにくいですとも!」
篠田が高笑いする背後で小山が「田舎の緑はいいですぞぉ~!」などとちょっかいを出してくる。
「なんせ私も村育ち!なんかこう、四方すべてをやわらかな緑に抱かれてる感じが、またなんともいいですなぁ~!」
「ナナちゃんは詩人だねー!」
おお、清川居たのか。
(しかし、人の手が加わった緑もまた、いいものだな)
小山が人と自然の共生がどうとか語り始めた頃には、小さな日本庭園を俺たちは後にしていた。
よく考えたら俺と小山は宮郷線で一駅未満の距離に家があるご近所で・・・自然には恵まれているんだよな。
恵まれすぎていて、最近の文化や流行から取り残されてるような集落だけど。