第5話 活動概要
「発表します!」
2年D組の教室で見る彼女よりも、部室で見る彼女のほうがよりオーバーアクションであるようだ、ということは今日でなんとなくわかってしまった。
「とりあえず今月は・・・」
小山の説明が始まった。
彼女なりに一生懸命格闘したのだろう。しわしわになったA4用紙たちが物語っている。
まったく考えてもいない俺は、その案をいちいち否定する資格はなさそうだ。
「山へ行きます」
「は?」
訊き返したのは俺だけではなく篠田もだった。あとのふたり、高橋と清田はきょとんとしている。
「えっとね、秋の文化祭に向けて、地域の魅力と特色をテーマにした発表をしようと思うんだけど・・・」
「それと山にどういう関係が?」
篠田の懐疑はもっともだ。
「発表はあちこちをめぐって撮ってきた写真や体験したことのレポートとかをやろうと思ってるので、かなり広い範囲を歩いてということになります」
「ほうほう。つまり、あちこち散策するのに足るだけの基本的な体力というか足慣らしをやろうというわけだな」
「蔵田君正解!」
小山は俺を人差し指で指した。顔を指で指す癖は身内だけにしといたほうがよさそうだな・・・あとで言っとこう。フレンドリーで小山らしいといえばいいのだが。
「うわ~、私運動苦手だよ~ナナちゃん!」
本当に困ったような顔で苦笑しているのは清田。
確かに小柄でメガネのガリ勉タイプの清田にはやや辛いかもしれない。
そういえば女子で仲のいい連中は小山のことをファーストネーム『菜波』からナナとかナナちゃんだとか呼んでるんだっけ。
「いや、清田。体育とかに比べたらぜんぜん楽だと思うぞ」と俺。
「そうかなぁ・・・」
「そうだよ、むしろ若いんだから少しは運動しないとだめだよ!あんまりしんどすぎるようなことしないし。あくまでも体育系の部活じゃないし!」力説する小山。
体育系をしのぐ文化系の部活の運動があったらそれはそれで怖いな・・・。まあまずないと思うが。
「カメラ持ってる人ー!」
小山の問いかけに手を挙げたのは高橋だけだった。
「自分のカメラ?高橋君」
「そうだよ小山さん」
「デジタルAF一眼っすか!?」
「いやいや、普通の2,3万くらいの安いコンパクトデジカメだよ」
「まぁカメコでもない限りは必要ないもんね」
照れ笑いのような表情で清川。
「カメコ?」
あまり耳に馴染みの無い用語だ。俺が喋るより早く篠田が口にしていた。
「カメラ小僧の略で・・・まぁ小僧といっても文字通りの意味ではなくて結構な大人もそう言われてたりするんだけど・・・コスプレとか撮影するのが趣味の人とかはごっつい一眼レフ持ってることが多いよ」
へえ・・・と皆感心している。
清川はどうも横文字の専門用語に強いみたいだ。
それもかなり偏ったジャンルの。
「清川さんっていわゆるオタ・・・」
「ええまぁ近いというか・・・」
高橋の問いに頭を掻いてる清川。よくわからないおとなしい感じの子だったがおぼろげながら輪郭が捉えられてきたぞ。
「近いというか、もろストライクだけどね、キヨは!」
キヨって誰だ?ああ、清川のことか。篠田も表現が容赦ないな。
「はいはいー。オタクという言葉に偏見を持ってる人、いまここで捨ててくださいねー」
小山、何を言い出す。
「皆だれも何かしら好きなものがあります。あるはずです。それに傾倒してるのがマニア。さらにディープになるとオタクです」
フォローのつもりが散々の言われようだぞ、清川。
小山に悪意が微塵も感じられないのが面白い。
「小山、フォローになってない」
「えっ何それ蔵田君」
「んー、言い換えよう。皆誰も大好きなジャンルがある。例えば俺は・・・そうだな、切手蒐集」
「えっ初耳」
「例えばの話、高橋。まあちょっとだけ集めてはいるけど、マニアとかオタクだとかじゃないね」
「実例だとたぶん、小山は鉄道とかだろ?」
「うん、そうだね。詳しくはないけどね」
「高橋は何だっけ?」
「特に無い・・・かな」
「いやあるはずだ・・・」
「まぁ、いずれ思い出すことにするよ」
「そうしてくれ。・・・で、こうした好みがより深まれば、ますます極めようとしたくなる」
「ちょっと!あたし忘れてるわよ蔵田」
拗ねた顔で篠田が制服の袖を引っ張ってきた。
「じゃあ篠田」
「お菓子作り!女の子っぽいでしょ!」
「わぁそうなの?知らなかったー!」
嬉々とする小山。「今度何か作ってきてー!」清川もにこにこしている。
「・・・意外だ」
「失礼ね、蔵田は!」
肘鉄が来そうだったので身構えた、が来なかった。
「それ、ここでじゃなくクラスでそれとなくアピールしたほうがいいかもね!男子にはそういう女子人気出そうだから」
「そお・・・?高橋はさすがね」
いやいや、なかなか。
何か揉め事とか起きても高橋は仲裁とか状況を把握して事態の収拾を始めそうだな。俺みたいなボンクラと違って周囲を冷静に見て行動できる、なかなかいないよ君のようなヤツは。
「極めるってことはなかなかしかし出来る事じゃない。マニアよりオタクのほうがより高度なレベルにあると考えれば、清川のすごさというのもわかるというもんだ」
褒めたつもりだったが清川はかなり恥ずかしそうに赤い顔で床を見つめていた。
・・・あれ?
「いや、蔵田君。実は意外とデリケートな問題で・・・ことキヨちゃんに関してこの事はあまり大きく言って欲しくないみたいなんだよ。そうでもない人からオタクはすごい、とかって言われると」
小山が耳元で囁いた。
「え」
「キヨちゃんの趣味を子供っぽいとか気持ち悪いと言ってくる人も居るみたいなんで・・・ここに居るみんなは仲間として偏見なく受け入れて欲しいなと」
「・・・わかった」
俺は清川のほうに近寄って言った。
「ごめん清川。悪気があって言ったわけじゃないんだ」
「ううん、私こそごめんなさい。蔵田君がフォローしてくれたんだから感謝しないと」
「ククク・・・詰めが甘いなー、蔵田は」
「うるさいっ」
篠田は本当に容赦がないな・・・。