第60話 「Wellcome Home.」
小山だけじゃない。
自分も立ち上がっていた。
「ふ・・・復活!!?」
小山の声が震えている。
気付けば皆、立ち上がっていた。
そしてTVモニターから件の報道が終わる頃には店内は大騒ぎになっていた。
「廃止されてまだ間もないというのに、確定だなんて・・・夢を見ているの!?」
篠田もめずらしく落ち着きがない。
勿論、俺もである。
「と・・・とにかく!」
小山はTVから振り返って、皆の顔を見た。
いままで見たこともないような小山の満面の笑み。
「やったあああああ!!!」
「復活、ばんざーい!!」
「ばんざーい!!」
遅くまで、中華料理屋は主に俺たち学生の歓喜の声が響き渡っていたように思う。
あの、宮郷線が廃止になる直前。
宮川駅で存続を訴えた”十六夜エクスプレス”の記事は新聞にも載り、ネットでもその話題が広がっていた。
元々、沿線の取り組みはたびたびニュースで取り上げられていたが、イザエクメンバーの反廃止の呼びかけが地域の交通を守ろう、活性化させて残そうという動きにさらに火をともした格好だ。
「存続活動を熱心に続けていたにも関わらず廃止されたがこれでいいのだろうか」という意見が相次ぎ、これでは似たような地方のローカル線が次々廃止に追い込まれるのではないか、という危機感を抱いた各地の人々が鉄道会社や自治体に対して問いかけを行うようになった。
旧宮郷線が走っていたエリアを新たに丸ごと飲み込む新・瀬山市はこうした状況をふまえ、直ちに救援を行う決議をした。
これまで地域の足として、また顔として貢献してきた歴史にかんがみ、また時間やお金などあまたの犠牲を払って熱心に存続活動を展開してきたにもかかわらず廃線に至った、地域住民の悔しさ、悲しみは察するに余りある、また大きな赤字であったとはいえ地域交通を担う便のひとつとしても、残すべきであろうという意見は市議会の中からも相次いだ。
もとより、合併化後は存続の是非にかかわらずJRより事業を引き継ぐ予定がどうも内々であったらしいという噂も聞いている。
いったん廃止というワンクッションが置かれたけれども。
もしタイムラグがなければ。
そのまま事業が新会社に譲渡された可能性もあるということか。
寄らば大樹の陰。
強固な自治体の監督下で支えられるというなら今後も安寧だろう。
新市は同様に、必要とされながらも赤字を理由に廃線となったいくつかの辺境のバス路線も市営にて復活させる案を打ち出している。
お年寄り大喜びである。
復活計画は当初降雪地帯を避けるべく、寿法山の麓にあり車両基地のある湯樽までを整備することで検討委員会は予定していたが、復活は国道とのアクセスポイントにも近く車両基地のある尾早稲までとしたほうがよい、となりこれで決定。
降雪シーズンは除雪車を出したりせず従来どおり湯樽までの列車運行とし、尾早稲まではバス、タクシー等の代替運送を行う。乗降が極端に少ない尾早稲~桜淵間は廃止される。
まあ、これは仕方のないところか。
確かに、利用は極端に少ない。
路線を完全に復活させてもらえれば文句なしというところだが、そこまでを要求するのは酷というものか。
それにもうそのエリアは鉄道施設の撤去が行われている。
再度敷設も可能だろうけれど。
尾早稲までまた鉄道が走るというだけでもありがたい。
そして、駅舎の解体およびレールなどの撤去を間近に控えていたであろう、小山一家ゆかりの場所だが。
これは、沿線のどの駅も受けなかった特別な待遇が待っていた。
『旧七ヶ瀬駅を整備し花の駅公園とする』。
駅舎や周辺の施設はそのまま残し、元から桜や菜の花など多数の花が咲く地で知られるここを、新たに花壇などを増やして人々の憩いの場にするという。
田舎にどれほどの人が来るかはともかく、いや、田舎だからこそ”花の公園”なのかもしれないけれど。
新市は第三セクターとして復活後は、地元住民らが考案した数々のアイデアをもとに、観光とイベントの二本柱で地域住民以外の層からの需要の掘り起こしを本格的に行う。近くそのための委員会も発足させる、としている。
・・・えっと。
つまり、俺らじゃん?
それと、旧宮郷線で走っていた列車の1台が、現役走行時のままのカラーリングで七ヶ瀬駅のホームに係留されるという。
稼動させるためではなく、この、駅の公園に”記念碑”としてそのままずっと据え置かれるということだった。
そのための列車が、この日、旧七ヶ瀬駅にやってくる・・・。
七ヶ瀬の沿線は、人で溢れていた。
厳しかった冬ももう間もなく終わろうとしている。
季節の移ろいに合わせるかのように、沿線にも明るい春の兆しが訪れようとしていた。
鉄道復活に先駆けて。
もうここを走ることはないだろうけれども。
この駅をかつて走り抜けた車両が入ってくる。
「またこれはすごい人だね!」
興奮を抑えきれないのか、上ずった声で小山が話しかける。
俺と彼女は一緒にやってきていた。
曇り空が多かった最近だが、今日はさわやかな晴天が広がっている。
外はまだ冷たく、風も時折強く吹いていたが、頭上に広がる青空のお陰でかそれほど寒く感じない。
七ヶ瀬の駅にこれほどの人が居たためしはない。
近隣住民、沿線住民も、今日は「お祝い」ということでか多数詰め掛けていたが、鉄道ファンの姿も見られる。
廃線時の最終電車の時のようなおびただしい人ではないけれども、この小さな駅には似つかわしくないほどの人の多さ。
「いやーなんや忙しゅうなってもうたなー」
近くで声が聞こえる。
「前回来たのがしかし数ヶ月前かー。バイトしねーと今後遠征費捻出できなくなるな」
「困ったもんだぜ!」
ああ、例の大学生らか。また3人で。遠い県外からよく来るよな・・・よほど鉄道好きなんだろう。
「だがなんだね、大往生したと思ったら大復活ですか!」
「なんかのゲームみたいやな!」
・・・まったくだ。
駅舎の近くで見慣れた友人に出くわす。
というか、不意の遭遇ではなくてあらかじめ待ち合わせていたわけだけど。
「お早う、蔵田!お早う、小山さん!」
「おはよ、高橋!」
「高橋君おはよー!」
高橋は何かやたら重そうな荷物を抱えての登場だ。
すっかりアマチュアカメラマンである。
「カメラの他に何か持ってるの?」と小山。
「ああ、今日はビデオカメラ持ってきたよ」
「個人の持ち物か?」
「ああ、うん、そうだね。正月にお年玉10万くらい貰ったんで、それで買ったんだ」
「なん・・・だと・・・10万円・・・!?」
「すごいね高橋君!そんなに貰えるんだ!?」
「あー、いや、たいしたことはないよ、みんなそれくらい貰ってるでしょ?」
「貰えてねーよ!」
「貰えないよー!」
「あ。そうなのか、ごめん!」
苦笑する高橋。
理解のない人間からすれば嫌味に聞こえそうだが、彼は悪気があって言ってるわけじゃない。これがしかし、金持ちと庶民の金銭感覚の違いか・・・うぉぉ・・・。
「動いてる列車を動画撮影したことなかったんで・・・まあケータイでも撮れないことはないけど、どうせならいいやつで、と思って」
「じゃあ撮れたら俺にも見せてくれよ」
「OK。というか、よければDVDにでも焼いて渡そうか?」
「おお、それは助かる」
「私も!私もー!」
「じゃあ小山さんにもね。ほかの皆にも1枚ずつ渡すようにするよ」
しばらくすると清川がスケッチブックを持って現れた。
「この寒い中、絵を描くのか!?」
「ああ、大丈夫。今日はそんなに寒くないから。駅舎とか描いてみたくなって。鉛筆のラフだけになりそうだけどね」
「色も塗るの?キヨちゃん」
「だねーナナちゃん。それは家に帰ってからね」
「筋金入りの絵描きさんだね、清川さんは」
「いえいえそれほどでも。高橋君も写真家めざして頑張って!」
「はは、そうするよ」
「あーごめんごめーん!」
ばたばたと駆けて来たのは篠田。
長い髪を撫でつけながら走ってくる。手にはバスケット。
「昨日夜遅くまで起きてたら寝坊しちゃった!」
「TVでも見てたのか?」
「それは蔵田じゃないの?・・・えっとね、お菓子作ってた。よかったらこれみんなで食べよ?このへん、飲食するとこなさそうだからと思って。お腹すくよねたぶん」
包みを開くとスポンジケーキだかシフォンケーキのような物体が見える。
「うわーおいしそう!」
さすがに反応が一番早かったのは小山。部内で”食いしん坊将軍”という異名を持つだけはある。食べごとに関してはわが部は無敵だ。なんといっても将軍と奉行と悪代官がいるからな・・・。
「さすが篠田。気が利くよね」
「ありがと!もっと褒めてもいいのよ高橋」
おお、篠田がデレとる。
駅舎の待合の椅子は数脚しかなく、当然ながら埋まっていた。
勿論小山が言うには埋まることなどないと言う。
1日に数人しか乗らない、または日によっては利用がまったくないこともある駅だったからそうなんだろう。
「見て!地元ケーブルテレビ」
相変わらずマスコミに対する嗅覚に長ける小山さんである。
「民放のテレビ局も!」
「いい話題として取り上げてくれそうだね」
そう言って清川は微笑んだ。
「遅い!」
駅舎の中に顧問の姿を見つけた。
しかしどこでも俺らと、可能な限り行動を一緒にしたがる面白い人だ。
既に公私混同。
オフ時はまるでもう生徒か俺らの上級生であるかのような振る舞いである。
よっぽど現役学生に対する憧れと言うか執着が強いんだろうな・・・。
「センセ、早く来すぎですよぉ~」と篠田。
「いや、この記念すべき日に早く来ずして・・・」
「俺らもうここに来るまでに結構ダベってたよな」
「なんで呼ばないのよー!ケータイあんでしょうがー!」
ぶーぶー言ってる。
まったく教師らしくないのである。
「ねえアレ、イザエクのボーカルじゃない?」
不意に、プラットホームまで出たところで清川が喋った。
なんだって?
「似てるわね・・・石塚に」
「本人だよ!きっと!」
篠田と小山が騒ぎ出す。
「お忍びで、ということかしら?冬なのにサングラスっぽい眼鏡でますます怪しいわよね。余計に目立ってない?」
ミズタニンも興味あるようだ。
「もし・・・イザエクの石塚さんですか?」
皆が声をなかなか掛けられないのを察知してか、水谷氏、接近遭遇を試みる。
はっ、としてその男性は眼鏡をはずして声の主のほうを振り返った。
「・・・分かってしまいましたか」
と小声でその人物は喋った。
おお!と後ろで小さい声が挙がる。
「ツアーの折り返しで近くにまた来てたので、ちょっと寄ってみました。勿論内緒でオレだけ来てるんで、列車見終わったらすぐ帰りますが」
そう言ってウェスタンハットを少し目の前に斜にずらしてニカッと笑った。
黒で統一された全身、特にトレンチコートがなんかいい。
うーむ、サマになるなあ。
これが芸能人・・・いや、アーティストってやつか。
「地元に来ていただいて、存続支援の歌まで歌っていただいて・・・その節は大変お世話になりました。私どもがどれだけ励まされたか・・・あちこちに声が伝わって全国からも存続、復活支援の声が地元に届いたと言ってます、ありがとうございます」
ミズタニンが丁寧に謝辞を述べる。
「いえまあ、自分も地元民でしたし、何かしたっていう感覚は正直あまりないんですよ。
ただ声掛けしたかったってのと、鉄道なくなるのが嫌だったってのが大きかったと思いますね」
皆、耳をそばだてていたが、じりじりと周囲に取り巻いて立つ。
あくまで内緒で来てるということなので、騒ぎになってはいかんだろうから、しれっとした表情を貫いているが、逆になんとなくわざとらしくも見える。
まあ周囲にばれなきゃいいんだが。
「それに、あなたたちの活動に比べればどうってことないですよ。ただ結構拡散したみたいでそれはよかったですけど。しかし、こうしてまた動くんだなあと思ったら、ねえ。寄り道できるようなら来てみたいじゃないですか」
そうだな。
好きなものが共通してると考えることも同じだ。
「この駅は鉄道の駅としては使われなくなるそうですけど、沿線としては3分の2くらいが復活ですよね。めでたいなあ。 ・・・?」
ミズタニンが何かごそごそしているのを見つめる石塚氏。
「それはそうとサインください!」
おおっ。
「油性のサインペン持ってたので!」
「先生だけずるい!あたしも!」
「私も!」
声が連鎖する。
「はは・・・ところでどこに書きましょうか?」
ミズタニンは振り向いて「ここへ!」と指示する。
「え、白のダウンジャケットにですか!?」
「適当なものがなかったのでここへお願いします!」
「はは!わかりました!」
おお、本当に生地に書かれとる書かれとる・・・。
さて、俺も適当なモノがないけど、どこにサインしてもらおう?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そろそろ列車が来る時間だよ!」
少女のそわそわぶりは半端ない。
それを、蔵田靖雄は暖かな笑顔で見つめていた。
ホームには沢山の人が集まってきていた。
「間に合った!」
駆け込んできた女性が一名。
小山瑞穂。
小山菜波の母である。
「お母さん!」
娘は母の姿を見つけた。
部員達も振り返る。
「お世話になってます!」
ホーム上で新たな話の花が咲く。
「どうしても今日ここに来たくて。仕事を午後から早退にしてもらって帰ってきたの!」
お母さんも娘さんに近いものがある。
「お迎えしなくちゃ。そうでしょう、ナナちゃん」
「うん、そうだね、お母さん!」
キハの汽笛が鳴り響く。
すぐそこまで来ている証拠だ。
米粒のように小さい物体が、だんだん大きくなってくるのがわかる。
少女は病床でのお父さんの言葉を思い出していた。
そしてその人の妻であったお母さんも、同じ言葉を思い出していた。
『もし神様にひとつ叶えてもらえるお願いがあるなら・・・やはりもう一度お母さんと菜波に会いに来たいかな』
『そのときはきっと、人の姿をしてられないだろうから、そうだな・・・黄色い列車になって会いに来よう。線路を伝って、あの七ヶ瀬の駅のホームへ。そうして、いつまでも、須ノ郷の花の中でいろんな人を迎えるんだ。勿論、お母さんと菜波も一緒だよ?』
「お父さんの言った通りかも!」
少女はそう言って母親のほうを向いた。
「そうね。神様がきっと願いを聞いてくださったのね・・・」
二人とも涙ぐんでいた。
汽笛がまた高く、鳴り響いた。
まるで、ただいま、と叫んでいるかのようだった。
近づいてきた。
少女の潤んだ視界の中に、あの黄色い車体がぐんぐんと広がっていく。
「おかえりなさい・・・!」
皆、待ちきれずに走り出した。
いっせいにフラッシュが焚かれ、カメラのシャッターを切る音が続く。
「おかえり!」
「おかえりー!!」
プラットホームから伸びた沢山の手が揺れて、やがて列車は停止した。
「これからは、ずっと一緒にいてくれるんだよね・・・」
少女の呟きに、黄色い車体は沈黙をもって肯定しているかのように思えた。
少女とその仲間達は、いつまでもそこで語らいつづけるのだった。




