表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境高校生  作者: にしむらぱすた
【本編】
60/64

第58話 宮川駅にて

「最後の列車は、ホームで迎えたい」

 

 そう言ったのは小山だった。

 貸切列車を使ったばかりだったということもあるかもしれないが、列車に乗っている状態よりもむしろ、入ってくる姿を瞳に焼き付けたい、という思いからであるようだった。

 ならば俺たちもそうしよう。

 そういうわけで、桜淵駅から折り返してくる列車を宮川駅で待つこととなった。


 宮川は・・・いや、沿線沿道が大量の人でごった返していた。

 おそらく宮郷線の歴史が始まって以来の人出ではないだろうか。



 皮肉なことに、その最高の人出はその歴史を閉じる日となった。



 カメラと三脚を担いだ大勢が、プラットホームの一番いい場所を確保しようと早朝から躍起になっていたらしいというのも聞いた。

 場所取りの問題で喧嘩もあったらしい。


 いったいなんなんだよ、今日にわかにやってきて一番いい場所じゃなきゃダメだとか。

 一度くらい駅とか鉄道利用してから言えってんだ・・・とか言ってたら小山に怒られるかな。



 小山の希望にあわせて俺たちいつもの面子は、午前中からここ、宮川駅周辺に来ている。

 最終列車が入ってくるのは15時35分。

 かなり時間はあったが、この歴史的な一日を由緒あるこの駅で過ごそうという提案は、いかにも鉄道大好き娘、小山らしい感じがする。


 朝から駅構内は周辺住民の炊き出しが振舞われ、協議会メンバーによる記念冊子配布などが行われていた。

 長いこと赤字経営が続いた路線だったが、支援のためのお金が上から降りてこない中、限られた予算と地域住民の手作りボランティアによって細々と保たれていたといっても過言ではない。

 イベントをかなりこなしてきたように見えるが、この路線を守っていこうという有志が積極的に重荷を担っていたのだ。

 俺たちも微力ながら手伝いに参加した。

 だからこそ、こうして今日を、感慨深い気持ちで迎えることができる・・・。



「おんやあ?カレシは放っておかれてるのかな?」


 声をかけてきたのは篠田だった。

 こいつにも何かと世話になったな。

 まあ、鉄道関係を離れても部活は続くわけだが。


「小山は宮郷のことになるともうそっちのことで頭がいっぱいだからな。どっか近所走り回ってると思う」


 苦笑する俺。


 別に悪いことじゃない。

 のめりこめるモノがあるのはいいことだ。

 注ぎたい情熱やその対象となるべき矛先を持たぬ人は、その対象からまず探さなければならないのだから。


「小山はいわば列車のようなものかな」


「どういう意味?」


「行きたいときに行きたい場所へ。たくさん行き先を持ってる列車だ」


 待合室も人で一杯。

 出入りする人々をなんとなく眺めている。


「自分で行き先を決めたら、まっしぐらでコースやレールを外れない」


「ふむ。なかなか言いえて妙ね」


「ま、それに同乗して移動してきた俺らだけど、あいつの運転は心地よかったんだ。だから、いつも一緒に旅をして、つまらないこともなかったし、楽しい思い出だけが残ってる」


 フッ、とそれを聞いた篠田は笑って外へ足を向ける。


「寒いわね。缶コーヒーでも飲む?私が奢るわ、たまには」


「めずらしいな、お前がそんなこと言うなんて」


 自販機の前で小銭を篠田が入れてくれる。


「まあ、たまにはね。蔵田はこれからナナの面倒しっかり見てもらわないといけないしね」


「うむ」


 プルタブを開けて缶を口に運ぶ。

 吐く息がもう白い。


「寒いわね・・・」


「ここも所詮、辺境だからな・・・」


「ナナが列車なら。あんたはプラットホームとして頑張りなさいよ」


「どういう意味だよ」


「言葉通りじゃん」


 まあ言わんとしてることはなんとなくわかるけど。

 いつでも手を広げて。迎えてやらないと、ってことだろ。


「あの子がどこに行っても、最後はあんたが守ってよ。ナナはあたしの大切な友達なんだからね」


「・・・わかった」



駅前広場の出店では清川が宮郷線グッズを販売している。

 もしかしたら入手できるのも最後かもしれない、ということで、近隣や県外からも訪れたファンらが大量に品物を購入している。

 こういう特別なときだけじゃなく、いつも買ってもらえたら沿線も潤ったのにな・・・と思うがそうもいくまい。


 しかし最終日になって爆売れというのもなんだかな。

 清川は疲れたのか、交代要員を見つけて出てきた。

 そこに居合わせたのが、ぶらぶらしてた俺だった。


「ごめん、手伝うよ。お疲れさん」


「ああ、蔵田君!」


「忙しそうだけど」


「替わってくれるんなら助かるかな。でもあと少しであれこれ完売しそう」


「良かったなあ」


「そうだね、売れ残るとそのあとどうしようって感じだもんね」


 テントの中に入り、周囲の方に混じってモノを売る。

 しばらくすると見たことある大学生らが通りかかった。


「いらっしゃいませ、あ、前にお会いしましたね」


 俺の問いかけに「ハァ?」と気だるそうに振り向くひょろい人。


「どっかで会ったかいな」


「七ヶ瀬駅で・・・前にほら」背の高い人。


「ああ、兄ちゃん、そいえば会うたな!」太っちょの人。


「今日は撮影を?」


「せや。前に葬式も来るで、ゆうてたやろ?ええポジション確保するん大変やったでほんま。宮川にホテルとって正解やったわ。始発でも危うかったからなあ」


「そうですか・・・で、グッズなどいかがですか?」


「は、グッズ!?いらんいらん!わしら、写真撮りに来たんやで!?ゴミとか増やしとうないわ!」


「ま、そゆこと。じゃあ」


 はあ。

 去っていく三人組。

 清川がぽんぽんと俺の背中を叩いてねぎらう。


「相変わらずだったね、あの人ら」


「おい、ゴミとか言いやがったぞあいつら!清川はもっと怒ってもいい!」


「いやいや、そういう人も居るんだよ・・・最後の日だし、少々のことには目をつぶろうよ」


「清川は寛容だな・・・」


「そうでもないけど。正直ちょっと失礼かなと。あと、沿道のプラットホーム脇のいい場所取りで他の鉄道マニアと喧嘩してた大学生3人がいたそうだけど、あの人らだね」


「マジか」


「早朝からうるさかったって、付近のおばちゃんたちが。朝3時頃から何人か駅前に居たらしいけどね」


「あほだな」


「まあ、価値観は人それぞれ。鉄道を愛する心はいいことだと思うけど。あんまりジコチューなのはいかんよね」


「確かにな。迷惑掛けてるぶんくらいには、せめて地元にお金落として帰ってくれ」


「あはは」



 売り場を替わったあと、また人ごみの中を歩いて駅舎のほうに戻る。


「蔵田く~ん!」


 走ってきたのは小山だった。

 また何か手に食べ物を持っている。


「よ、買い食いマン」


「マンじゃないよー!ウーマン・・・いや、せめてガールと呼んでくれたまえ」


「買い食いガール」


「うーん、やはり買い食いが余計だなぁ。はい焼き芋。出店で買ったんだよ。さっきまで私も手伝ってたけどね」


「偉いな、小山」


 にこにこしながら小山は包みの中のさつまいもを半分に折って片方をくれる。


「サンキュ」


「たんとお食べ」


「うちのばあちゃんみたいな言い方だったぞ、今」


「あははー!・・・そいえば蔵田君、お昼まだでしょう?」


「そうだな。というか、みんなまだなんじゃね?」


「あー!ということは私だけが・・・およよ・・・」


「部長が一番食い意地が張ってるからな!」


「それは言うなー!」


 頭で背中をぐりぐりやられる。

 小山なりの妙な愛情表現の一種だと思う。


「みんなでお昼食べようよ!・・・え?芋?芋はおやつ!」


「おやつのほうが先なのか・・・」


「いいのいいの!」



 テントのひとつに入ればレンタル用の四足テーブルに腰掛け、部員みんなでお昼をいただく。

 周囲の皆さんもわいわいやってる。


「おそーいわよ、高橋!」


「いやーごめんごめん!僕が最後か」


 高橋が来た頃には皆もううどんやむすびなどをほおばっていた。


「探したぞ。来てないのかと」


「いやいや。撮影スポットを探したんだけど、沿道はもうだめだね、朝一で来たファンとかマニアでびっしりだ。駐車場に車が入りきれなくて路上駐車の車がたくさん」


「私も見たわー高橋君」とミズタニン。「最後くらい鉄道で来いよって感じよね!」


 なんか俺みたいなことを言ってるぞ。

 というか全員集合できてよかったな。

 平日だったら学校あるもんな。


「で、どこで撮影するの?」


 篠田が聞いてくる。


「そうだなあ。もうあちこち移動できないから、ストレートにホームに出て待つよ。たぶんここも人でパンパンになるかもだけど」


「写真頂戴ね!」と小山。「私も!」「あたしも!」清川と篠田も続く。


「人が来すぎてホームから落っこちて最終便に撥ねられなければいいけどな!」


「物騒なこといわないでよ蔵田君!」


 ミズタニンの声に皆の笑いが重なった。


「もう2時半!」


「あともう少しで来るね、最終」


 



「今まで済まなかったな」


 プラットホームに上がった俺らの前に現れたのは、追川だった。

 思えばいつだってこの男の登場は不意打ちだったな。

 が、いきなり何を。


「どういう風の吹き回し?」


 ふん、と鼻息ひとつ、腕組みをした水谷氏が返答する。

 もう周囲はかなりの人で混雑し始めている。

 まもなく最終便が到着予定時刻を迎える。


「この鉄道も今日でおしまいだ。オレの復讐は、終わった」


 ホームから長く伸びる線路を見つめながら、男はそう語った。


「・・・満足?」


 ミズタニンが訊く。


「いや。思ったほどには」


「そう」


「これでスッキリするかと思ったんだがな。お前たちがここまで巻き返すとは正直思わなかった。マスコミで報道されるたびに、よくやっているなと思ったよ」


「見直すのが遅いわよ。あんたの侘びもね」


「そうだな。・・・だが、なんだな。寂しい思いの方が強かった。自分でも驚いてる」


「そりゃあ、事故の前まではあんだけ鉄道好きで通ってたからね、好きだったほうの時間が長いぶん、ということじゃないの・・・」


 横に立つミズタニンが遠いまなざしで空を見上げた。


「追川さんは、ほんとは沿線が大好きな人だったはずですよ・・・そういう気持ちが起きても不思議じゃない。むしろ今までの追川さんがおかしかったんだ」


 そう声を掛けてきたのは木谷さんだった。


「・・・そう、思っていました。最近まで」


 いつの間に。

 カジュアルな、いつものいでたちで、追川の正面に立つ。



「あなたはこれまで再三、傍から見れば迷惑と思えるような行動をして存続派住民を困惑させました。父を奪った鉄道を憎むあなたと、少年の頃から愛してきた鉄道をこれまでどおり愛したい・・・その相反する思いを抱いたまま」


 なんと。


「そこであなたは、嫌がらせのようなことをちょっとずつ行いながらも、裏では存続派を焚きつけ、敢えて怒りを引き起こすことで反存続派を演出し。対立の構図を生み出すことによって存続派のパワーを引き出そうとしたんだ。・・・違いますか?」


 すごい飛躍した推理のようにも思えるが・・・しかし、追川の目は驚きに見開かれている。


「始めの頃は鉄道憎し、で動かれていたかもしれない。でも、憎みきれなかった。これほどの欠点を挙げてもなお、存続させたいというなら、その熱意は本物だろう、やがていい方向に舵を切ってくれるきっかけになるやも知れぬ・・・あなたは、密かに、存続派住民や彼ら高校生たちにも期待を寄せていたのではありませんか・・・?」


 え・・・、本当なのか・・・!?

 勿論、ミズタニンもこれには驚嘆だろう。

 そして、いつから木谷さんは探偵に・・・!?って違うか。

 いままでどおりのことをやっていたのでは、存続は難しい・・・ならば、ということなのか・・・!?


「・・・かもしれん。だが、迷惑行為であることには違いない。オレはこれで消えるとしよう」


「あんた!まさか変なこと考えてないでしょうね!」


 ミズタニンの声が響く。


「ん?」


「赦さないわよ?宮郷線最後の花道を、血で汚すようなことだけは!」


 何!!?


 がしっ、とミズタニンは追川の脇を掴んだ。

 そして、そのまま強く掴んだままの姿勢を保っている。



 プルルルルルル・・・・


「えー、まもなく列車が参ります。危険ですので白線の内側に入ってお待ちください。なお、この列車をもちまして宮郷線最後の列車とさせていただきます。長い間のご利用、皆様からの暖かいご支援、まことにありがとうございました」


 アナウンスが流れる。

 ホームの上がざわつきはじめた。


「高橋!いい写真頼む!」後方に友人の姿を認めて声を掛ける。「OK!」との返事。



「馬鹿を言え。飛び込み自殺でもすると思ったのか」


 苦笑する追川。

 荒い息をついている水谷氏。


「だって・・・あんた、何するかわからないんだもの!」


「そういうことはやらん。確かに親父が死んだときは鉄道が憎かったし、それが元で精神に支障をきたして教職を辞めざるを得なくなったときは飛び込みでもしてやろうかと思ったさ。だができなかった。心の傷を癒してくれたのは、皮肉にも沿線の写真を撮ることだったなんてな・・・」


「追川・・・」


 この男も、いろいろあったんだな。


「そういえば。こうしてお前と腕を組んでこの駅で列車を待ったこともあったっけな・・・」


 え!!


 入ってきてた小山、篠田、清川の女子連が目を丸くして驚愕。

 まさかの。

 そういう間柄だったのか・・・!


「ちょ・・・みんなの前で何言ってるのよ!!」


 やばい。可笑しい。

 あのミズタニンが真っ赤な顔して怒ってる!

 皆から笑いが沸き起こった。



 汽笛が鳴った。

 ホームに列車が入ってくる。

 カメラを構える高橋、そして木谷さん。

 思わず拳を握り締めて、やや緊張した面持ちで待っている小山。


「来たぞ!」


 誰かが叫んだ。

 いっせいにフラッシュが焚かれる。

 そして、徐々にスピードを落として、列車は止まった。


「本当に、今まで・・・ありがとう・・・」


 列車の先頭車両を見つめながら、小山がようやくその言葉だけを吐き出した。

 言葉に出来ない、たくさんの思いもきっとあったことだろう。






 宮郷線はこうして半世紀以上におよぶ長い歴史の幕を、静かに降ろしたのだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ