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辺境高校生  作者: にしむらぱすた
【本編】
58/64

第56話 終わるもの、始まるもの

「もしかしたら、もう間もなくお迎えがあるかもしれん」


 病室のベッドで横たわるお父さんはそう言ってよこした。


 死が怖くないのだろうかと思った。

 あきらめたわけでもなく。

 しがみつくわけでもなく。

 ただ、自分の身に受けた運命を天からのものと受け止めているのだろうか。


 同じホスピス病棟を長く診て来た看護師の方たちも、「こんなにいつまでも笑顔でいられる人を見たことがない」と言って驚いていた。


 お父さんは人格者だ。

 穏やかで、落ち着き払っている。


「神様も人間も、恨んではいけないよ。恨みは新たな恨みを生む。悲しいことしかおきないんだ。いままでそういうのをたくさん見てきたからね」

 

私が、こんな風になってもろくに挨拶にも来ない会社の上役の人たちは(ひど)い、神様もお父さんを黙って見てるなんてあんまりだ、とぼやいていたのを聞いていたのだろう。


「全てが・・・起こるべくして起こったことだ。父さんは幸せ者だよ。愛する母さんと娘に最期を看てもらえるんだ。いままでの全てが、最高にハッピーだった。・・・ただ少し残念なのは、もう少し長くお母さんと菜波の顔を見ていたかった・・・それが叶わないことかな」


 少し前なら「お父さん、そんなこと言うのやめてくださいよ」とお母さんがなだめに入るところだろう。

 でも、お母さんは私と並んでベッドの横に立ち、ただお父さんの表情を深い哀惜の篭ったまなざしで見つめながら、その声をただのひとつも聞き漏らすまい、と耳を傾けていた。


「だがもし神様にひとつ叶えてもらえるお願いがあるなら・・・やはりもう一度お母さんと菜波に会いに来たいかな。あっちの世界から」


 そう言ってお父さんは笑った。


「そのときはきっと、人の姿をしてられないだろうから、そうだな・・・黄色い列車になって会いに来よう。線路を伝って、あの七ヶ瀬の駅のホームへ。そうして、いつまでも、須ノ郷の花の中でいろんな人を迎えるんだ。勿論、お母さんと菜波も一緒だよ?」


「途方もない話ですね、お父さん」


 涙を浮かべながらお母さんはただ(うなづ)いていた。


「お父さんは時々妄想癖(もうそうへき)があるからねぇ」


 私も笑っていたが目からは水滴がもうこぼれはじめていた。

 こんなときまで駅だとか列車だとかの話をしてるお父さん。

 お父さんの鉄道好きは筋金入りだよ。参ったな。

 

 だんだんお父さんの呼吸と心拍が乱れてきて、主治医さんが呼ばれてやってきた。

 それからの時間は、意識が混濁していてよく覚えていない。

  

 「10時53分・・・       ご臨終です」


 



ずっと不眠でお父さんの傍にいたせいか、私はその言葉を近くで聞いた後意識を一瞬失ったのだそうだ。


「佳人薄命と言いますが・・・小山昭二さんはまさに”佳人”と呼ぶに相応しい方でした」


「本当は私たちが励まさなければならないのに、逆に小山さんから励まされ、勇気をもらったと皆言っています」


 担当の看護師さんや婦長さんがそう語ってくださったのは、お父さんが息を引き取ってしばらくのことだった。

 ただただ、そのときは悲しくて、よく話の内容を覚えていないんだけど、そういうことを仰っていたとお母さんが言ってた。

  




◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 




 朝が来た。


 カーテンの隙間から日差しが覗いてる。


 夢を見ていたんだろうか。

 でも、内容はあの日のまんまの光景だったな。

 私は布団からゆっくりと出て、鏡を覗き込む。

 髪の毛がばさばさじゃん・・・うわー・・・。

 

 今日は土曜日。

 学校はない。

 お母さんは今日も仕事・・・土曜出勤かぁ。

 

 顔を洗って、歯を磨いて・・・。

 髪を櫛で梳いて整髪料とドライヤーで整えてっと。

 

 今日は『守る会』の集まりがあるんだったな、そういえば。

 



「内々の告知になりすいません。実に申し上げにくいことではありますが」


 宮川市内の公民館に、結構な人が集まってる。


『守る会』と『活性化協議会』の人で埋まっている。


 話しているのは協議会の代表の方だろう。

 みんな固唾(かたず)を呑んで見守る。


「宮郷線は廃止になります」


 一瞬の沈黙の後、周囲がざわつきはじめた。

 ああ。

 そんな発表ではないかと思っていた。


「正式な告知は11月15日以降一週間以内に行われるとのことです」

 

 まだ、しっくりこない。

 現実味が、ない。

 ついこの前まで必死に運動していたから。


 嘘だよね。

 まだ、受け入れたくないよ・・・。


 守る会の代表である納戸さんが前に出てきて一礼する。


「この一年、皆様には本当にお世話になりました。正直、悔しさでいっぱいです。今年も多数の有志ボランティアが来てくださり、有償、無償を問わず助けてくださいました。

会社員の方も、休日返上で。学生の方々は学業の合間に。主婦の方も。ご厚意に報いることができず、申し訳ありません・・・」


 そう言った納戸(なんど)さんの表情は、ほんとうに悔しそうだった。

 私だけが悔しい思いをしてるわけじゃない。

 ここにいるみんなの気持ちは同じだ。

 いろいろなことを話された気がするが、またぼんやりしていてそのあいだのことはよく覚えていない。

 次々沢山の人が話したり、会話したりしている声も聞こえていたけど、私はこれまでのことをなんとなく思い出していたりした。


 ああ、あれも。

 これも。

 あんなこともあったなあと。


 もう思い出になってしまうんだ。



「まだ紅葉狩り列車など、イベントは残っております!最後までどうかご支援ください。少しでも、この宮郷が、利用するすべての人の心に刻まれますよう、私もお手伝いさせていただきます」


 無理するなよーという声も挙がっていた。

 納戸さんはもうお爺ちゃんだから、そうだよね。

 本当に、お疲れ様でした。


「『宮郷線を守る会』は本日、この時刻をもって解散とさせていただきます。ご支援、ご協力を賜りました皆様に感謝致しますとともに、皆様の今後の益々のご発展を、願っております」






◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇





 小山は悲しみに沈んでいるというよりも、ぼうっとしている感じだった。


 宮郷線は終了する。


 彼女の口からそれを直接聞いたとき、どう反応していいか困ったものだ。

 自分も驚いたし悔しさもあったが、まず彼女のことが心配でならなかった。

 彼女の、このローカル線にかける情熱は並大抵のものではなかったから、それが失われたときの反動が、俺は怖かったのだ。

 そしてそれは、他のメンバーも熟知していることだった。

 

 宮郷線を失うことを何より危惧していた小山。

 しかしその一方で、俺は知らず知らずのうちに、彼女の表情から笑顔が差し引かれることに不安を感じていた。


 柔らかい、この温和で人懐こい少女は、同時に(はかな)さと危うさを内包しているようにも思えたから。

 俺では、彼女の支えにならないのだろうか。

 傍で守らなければといつからか思っていた。

 責任感にも似た思いがあった。

 


 学校で、小山経由で聞いた話をそのまま部員に伝えると、皆固まってしまった。

 まだ正式には出回っていない情報ではあったし、まだ今後もどうやって動いてやろうかと考えていたところだったからだ。

 文化祭も終わったので、正規の部活は抑えて時間を作り、裏の活動に従事しようとしていたところだし。

 

 ミズタニンだけは「決まってしまったことは仕方ないじゃない」と割と落ち着いていた。

 まあ、動揺を隠しているだけかもしれないけど。

 だがやはり、最終的には皆、小山の心配をする。

「あんたが頼りよ!」

 と篠田にも言われるし。



 授業中も小山はなにやら上の空で、窓の外を眺めていることが多かった。

 先生に当てられても「はぇ?」と拍子抜けするような声を挙げて周囲を笑わせていた。

「寝てたな?小山」と教師から言われることもあった。

 たぶん、寝てるわけではないんだけど。


 休憩時間は皆小山を囲んでたわいない話。

 だんだん小山の顔に笑顔が戻ってきたがまだなんだかぎこちない。

 作り笑いというか、テンションの上がり下がりが激しいのだ。

 皆が話しかけるときは大声で笑ったり、普通に会話してくれるのだが、独りになるといつもぐったりしているようにも思えた。

 


 朝、俺はいつも一柳(いちやなぎ)駅から列車に乗る。

 小山はその次の七ヶ瀬駅からだ。


「おはよう、小山」


「おはよう、蔵田君!」


 表情を見る限りでは、いつもの彼女だった。


「何やってるんだ?」


 小山は右手と左手を目の前でかざして四角い枠を指先でつくり、カメラを構えるようなポーズをとっていた。


「ええと、新しいアイデア!この駅だとちょっと人もあまり来ないから、宮川駅前だったら、と仮定して。それか、その近くの十日市駅とか」


「?」


「考えたんだよ。これ」


 小山はかばんからスケッチブックを取り出した。

 そしてその何ページ目かを開いて、俺に見せる。

 サインペンと色鉛筆で描かれた絵がそこにあった。


「なんだ?これ」


 白いのや黄色いのや、赤いのまで。

 人間・・・か?


「オブジェ!」


「はあ」


「キヨちゃんみたいにうまく描けないけど・・・前にね、アート的なオブジェを配置したらどうかとかいう意見があってね。ほら、駅前って割と殺風景でしょ。宮郷の沿線はどの駅も」


「・・・まあ、そうだな」


「でも芸術家肌の人は身近にいないしってことで。流れちゃった企画のひとつ。でも、目立てればいいのなら、私でもできるかなーって。外側をワイヤーで作るでしょ?で、上から素材をかぶせる・・・」


「・・・そんなん、もし複数体あったら、暗がりで降りてきた乗客、びびるぞ?」


「あ、そっか。そういうこともあるかもしれないね!」


 普段の、彼女だった。

 見た目は。


「それに、そのアイデアどうすんだよ。もう持ってくとこないだろ?『守る会』は解散したんだ。協議会だってじきになくなる」


「・・・・・」


 彼女は少しの間、沈黙した。


「行こう、学校に遅れるぞ。列車来るし」


「・・・うん」





 学校の帰りもまだ小山のアイデアは続いていた。

 帰りに宮川駅にやってきていたが、彼女は話しだす。


「迷路とか作ったら面白いだろうなあ!」


「迷路?」


「あのね、前に公園の敷地内ですごく大きな迷路を作ってるイベントがあって。鉄道関係のじゃないよ?ベニヤみたいな薄くて背の高い素材の板をね、設計図のとおりに組んでいくんだ。作ってるところを眺めてたけど、面白かったよ!」


「ほう」


「で、実際入ってやってみたんだけどこれがまた!意外と出られなくってね。難しかったけどそれだけ脱出できたときの喜びが大きいというか」


「それを、この駅前に作るとか?」


「うん、学校帰り、会社帰りの皆さんにも楽しんでもらえちゃう!」


「あー、面白そうだがそれはちょっとまずいかもな。いろいろお疲れで家路に急ぎたい人が多いんじゃ・・・いや、興味に負けてやってみたら脱出できなくなって家に帰れず・・・みたいな」


「うわー。そっか、じゃああまり大々的なものは・・・」


「なあ、小山、もうそろそろいい加減に・・・」


「それならもう少し小規模にして、割と簡単に・・・」


「小山!!」


 思わず叫んでいた。

 彼女はびくっとして肩をすくめた。

 それから、表情に(かげ)りが生じはじめた。


 憂いのこもったまなざしで俺の顔を見つめ、立ち尽くす。

 うなだれて、しょげていた。

 希望が断たれた彼女の表情を長く見つめるのは辛い。

 でも、もうどうしようもないことなんだ。


「ごめん」


 自然に身体が動いた。

 気付くと、小山を抱きしめていた。


 「怒ったりしてごめん。小山はぜんぜん悪くないんだ。むしろ、()めてあげなきゃいけないのにな・・・」


 俺の腕の中で、彼女は驚いたような表情で顔だけを上げて見つめてくる。

 瞳の中にお互いが映っている。


 栗色の双眸(そうぼう)を包むまぶたがまばたきを繰り返していた。


「ごめんね・・・全部わかってたことなんだけど・・・意固地になってごめんなさい・・・もう、終わったことなのに・・・あきらめがいつまでもつかなくて・・・頭の悪いおかしな子だと思わないでね・・・」


「思わない。小山はアイデアと機知に富んだ、賢い子だろ」


「・・・ありがと。嫌いにならないでね・・・私、蔵田君に嫌われちゃったらどう生きていけばいいか・・・」


「嫌いになんかなるわけないだろ」


「蔵田君、・・・大好き」


 背中越しに小山の腕の締め付けがやや強く感じられた。


「ああ、俺も大好きだ」


 駅前広場で重なり合う俺たちを横目に見ながら、乗客らが素通りしていく。


「(こんなとこでよくやるよ)」「(バカップルってやつかね)」


 なんか色々囁かれた気がするが、あまり気にはならなかった。

 


「宮郷線は死んだりなんかしないよ」


 俺の言葉に、胸元にあった彼女の頭がこくり、と動いた。


「美しい記憶として、いつまでもみんなの心に残るんだ。心の中にまでは、誰だって入って来れやしない。もう、何者もその光景を壊すことなんてできないんだ」


「・・・そうだね。ほんとそう」


「だから、鉄道や駅舎や線路がなくなっても、心配するな。小山は、強い子だろ?」


「・・・うん」






 蔵田君が泣いてるのを知ったのは、私の髪の毛にしずくが落ちてきたのを感じたからだった。

 びっくりした。

「小山は強い子」なんて言ってくれたけど、私はほんとは虚勢をいつも張ってて、強そうなことなんてない。

 強そうなイメージはむしろ蔵田君のほうだったはずなのに。


「泣いてくれてるの・・・?」


「そうだよ。悪いか」


「ううん・・・嬉しい。ありがとう・・・」


「こんなに頑張ってきたのに、最後がこれなんてあんまりだからな。誰も褒めなくても、俺だけは小山を絶賛しようと思う。・・・ごめん、なんかちょっと言い方が上から目線で」


「そんなことないよ」


 蔵田君は優しく私の髪を撫でる。

 繰り返し。

 繰り返し。

 もう少し、このまま甘えていよう。

 いいよね、蔵田君?


「何か、俺に出来ることないか?そうだ、小山の好きなもの、プレゼントするぞ?」


「ほんと?」


 私は少し顔を上げて彼の顔を見た。

 優しい笑顔をしていた。


「何でもいいの?」


「ああ、何でもいい。俺ができることなら」


「じゃあ・・・」


 深呼吸。


「ずっと、私のそばに居ること」


「・・・ん?」


「私がどこに行っても、蔵田君がどこに行っても、お互いに離れずにいること。できれば生涯ずっとがいい」


 私もなんと大胆なことを・・・熱に浮かれて途方もないことを言ってしまった。


「・・・わかった」


「え」


「そうする」


「本当に!?」


「小山が望むならそうする。・・・いや、というかそれでいいのか?それはある意味俺の希・・・」


「よし、じゃ、約束!」


 お互い、笑顔を交わした。

 

 好きな人のそばにずっと居られるということ。

 たぶん、これに勝る幸せってないと思う。


 あの”幸せを運ぶ黄色い列車”が。

 きっと持ってきてくれたんだ。

 私はそう思っている。






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