第55話 ライブ
宮郷線存続は極めて厳しく、リミットの11月15日を持って正式に廃止が発表される・・・噂がかけめぐり、存続支援派の住民らの悲鳴にも近い声が地域に木霊するようになった。
徒手空拳で挑まんと再三デモが実施されたが、効果が現れているかどうかは甚だ疑問であった。
ただ、じっとしてはいられない、声を挙げなければいけないという、地域住民の切迫感がそうした行動に駆り立てていたのだと思う。
まだ今月も、来月も、それ以降も。
催すべき予定はたくさんあるのだ。
たとえ明日、終わるものだとしても。
「お疲れさん。寂しくなるな、終わったら」
駅前でビラを配っていたら会社帰りのサラリーマンに声を掛けられた。
まだ終わってませんよ、と言おうとしたが声にはならなかった。
この夏まではこれから挽回する、と異様に盛り上がっていたことを記憶している。
だが、ふたを開けてみれば既に内容は瀕死で、滅亡の淵に立たされていたのだ。
だいたい、鉄道会社の提示した存続条件って、厳しすぎなんだよ・・・。
運動に参加するようになってだいぶ時間が経過した今だからこそわかる。
昨年の挽回が奇跡のサヨナラ逆転満塁ホームランだ、と喩えた人も居たようだが、それはあながち間違ってはいない。
昨年を一切経験していなくても今年の様子だけでいかに昨年のムーブメントが凄かったのかが解ろうというものだ。
「偉いねえ~あの子たち。授業終わってからよくあそこに立ってるけど、暗くなってから最終電車で帰ってるんだってよ」
「バイトでやってるわけでもないしお金も出ないのにねえ・・・なんとかならないものかしらねえ」
人々の話し声が後ろでしている。
きっと俺たちのことを言っているのだろう。
「列車なくなったら通学できなくなるんじゃ?」
「バーカ、バスがあんだろ」
「必ずしも使いやすいかは解らないじゃない。それに、赤字続きなら撤退するって会社も言ってるらしいわよ」
「そりゃあ会社なんてどこもそうだろ。営利追求するのが会社なんだから。赤字だったらどうやって社員に給料払うんだよ」
「そりゃそうだけど」
「バスがだめなら学校がスクールバス出すとか、学校近くに移住するとかすればいいじゃねーか」
「そう簡単に移住とかできないわよ、引越しするたんびに出費すごいんだから」
まる聞こえだがどちらさんの意見もごもっともだな。
「不要なものはなくなってくし、弱い者は淘汰される。鉄道だろうが人間だろうがおんなじだ」
そう言ってる者もいた。
鉄道と人間をいっしょくたにするのはやや難があるが、確かに今の世の中の仕組みはそうなっている。
利用者が少しでもいるから守っていきましょう、ではなく利用者が少ないからやめましょう、という流れはどこにでも転がっているし、大多数から見ればそれはごく自然な考えなのだ。
「よし、そろそろ引き上げるか」
俺が小山に告げると「うん」と返事が返ってきた。
あとの3人にも伝播して、今日の活動はおしまい。
「あー、もう11月ねえ・・・早いなぁ」
篠田が伸びをする。
宮川駅構内。
「自分らはもう終わったけど、大学祭あるんだねー」
清川が貼られたポスターを見ながら呟く。
叡智国際大学宮川キャンパス。
学園祭のおしらせ。
見出しにはややポップなゴシック体でそう書かれている。
「へえ!あの人たち来るんだ!?」
「あの人たちって?」
篠田の意見に高橋が突っ込む。
篠田、屈みこんで駅構内待合室に貼られたポスターの文面を目で追っている。
自販機周辺で俺たちはだべりながらコーヒーや缶ジュースなどを片手にしていた。
「十六夜エクスプレス!」
「なんだその、いざよいえくすぷれっそとかいうのは」
クスッと小山が笑った。
「蔵田君知らないの?イザエク」
「あー。そっちの略称はなんか知ってるかな・・・」
くそ。なんかそっちの知識に疎いのがばればれだ。
「邦楽はよくわからんのだ」
とりあえずそんなことを言っておく。
まあ、洋楽もよくわからんけど。
「ああ、そっか!確か地元宮川市出身なんだっけ。この辺で産まれて育った人がいたような」と高橋。
「メインボーカルでリーダーの石塚は源田町出身。ギターの酒井とキーボードの山崎が宮川市。ベースの荻田は古岩町・・・あれ、この辺ばっかりだ!」
篠田はケータイを見ながら叫んだ。
どっかサイトを閲覧しているのだろう。
それにしてもメンバー全員が地元出身とは。
「宮川高校出身!?じゃあ私たちの先輩だね!」
小山が篠田のとなりで覗き込んでる。
なんと・・・知らなかった。
「ライブを学園祭でやるってよ!」
篠田、携帯の画面から顔を上げて俺たちを見た。
こりゃあ、行こうという流れかな・・・。
「学園祭といえば、ライブ!っていうのが多いよねー!」と清川。「でもイザエク、最近人気がうなぎ上りで忙しいんでしょ?よく来れるよねー」
「そうそう。昨年くらいまでは泣かず飛ばずって感じだったような気がするんだけどねえ」
高橋。
なんか、俺だけこういう情報から隔絶されている気がするな・・・。
「昨年暮れにリリースした曲、かなりヒットしたよね・・・シノちゃん覚えてる?」
「いや、忘れた・・・ああ、そうだ『Solty Kiss』じゃない?」
「ああ、それそれ!自分、持ってたのに度忘れしちゃってたよー!」
ますます蚊帳の外である。
家に帰ったら調べて、可能なら聞いておこう。
ネットで動画とか転がってないかな・・・。
「『地元凱旋ライブ、ふるさとのみなさんありがとうツアー。出身高校の近く、叡智国際大宮川キャンパスで歌います!ヨロシク!サプライズもあるよ!』かあ・・・!」
清川も何かサイトを見ているようだ。
メンバーのブログか何かだろう。
サプライズってなんだろうな。
まあしかし、皆興味ありそうなので・・・
「よし、行こう!11月3日!文化の日!」
篠田の一言で、皆その日の予定を空けることと相成った。
文化の日に相応しい祭典といえる大学の学園祭は、俺たちの高校で実施する文化祭の比ではない。
参加人員や規模、催し物全てにおいてあらゆるものを凌駕する。
そりゃそうだ、掛けられる金額の規模も違うもんな。
それに高校じゃ呼べない有名人も何人か来る。
どこの大学も著名な芸能人なんかを引き抜こうと躍起だ。
特に地元出身であれば声が掛けやすいのか、今年は今人気急上昇中のバンド・十六夜エクスプレスがステージの華となっている。
それにしてもバンド名、どういう意味なんだよ・・・。
俺たちはまさにそのステージがこれから開催される場所に居た。
最前列にはロープが張られ、警備員も何人か配置されている。
男女を問わず人気のバンドなので、もちろんキャンパス内の学生だけではなく高校生から小中学生、おじさんおばさんらも来ている。
会話を聞いてると方言や訛りも聞こえてくるが、明らかにこの辺の住民じゃなさそうな人らもかなり居る。
熱心なファンが他県からも駆けつけているのだろう。
というか、野外ライブだけどものすごい人がダンゴ状態で、最後方の人らはステージ見えるのか・・・?
「実は今年入ってすぐ、協議会の人がイザエクの宮郷線支援のためのライブを用意するので来て欲しい、って打診してるんだー」
小山が怪情報を教えてくれる。
「なんと、そうなのか」
「地元出身だし、歌を通じて支援を呼びかけてもらえればそれなりに良い影響があるのでは、って皆言ってたみたいで」
うっすら笑みを浮かべて彼女は呟く。
「ただ、タイミングが悪かったんだよ。丁度人気に火がついた少しあとだった。メンバーの人たちは最初了承してたらしいから、これはいいイベントになるって皆張り切ってたらしいんだけど、忙しくどうしても折り合いが付かない、ということでキャンセルがかかった」
「ほほう。・・・しかし、今回は同様の条件で来れてるんだよな?ここに」
「そうだね~。たぶんだけど、人気が急に上がったころはテンヤワンヤで対処の仕方がわからず、断ったほうが無難というか、もしもの場合に失礼がないと判断したんじゃないかな?」
「ということは、今はもうそれなりに忙しさにも慣れて、対処できるようになったから来れてるということか」
「あくまでも私の勝手な思い込みだけどね!」
いや、そうかもしれない。
「こんちはー!!」
そうこうしてるうちに、メンバーがステージに入ってきた。
キャー!だのワー!だの大声が周囲に響き渡る。
「十六夜エクスプレスでーす!!」
「宮川はいいとこですねー!!」
メンバーの一人が振ると、観客から大声が返ってくる。
「そうですねー!!」
「実は俺ら、宮川周辺出身なんですよー!!」
「しってまーす!!」
さすがだ・・・。
「そんな俺らの凱旋ライブを、学祭でできること、光栄に思います!では最初の一曲め、聴いてください!『Sigh and Tears !!』」
キャー!!という悲鳴みたいな声が最前列の方から挙がり、ベースがズンズンと心音に近いようなリズムを奏で始める。
いやーいいな、タダで見れるなんてすごいいいわ。
この臨場感。この迫力。
興奮したのか奇声を上げながら上半身裸で上着のジャケットをぐるぐる振り回し始める男子学生らまでいる。
大丈夫かいな。ラリってないか?
あともう11月だし風邪引くぞ!
この辺は寒いからなぁ・・・。
通常のコンサートより多いのか少ないのかわからないが、10曲以上は聴いた気がする。
これだけナマで、タダで聴ければしかし皆も大満足だろう。
「ありがとー!!また会いましょう!!」
最後の挨拶が終わった。
歓声と拍手が場内を包む。
ふと、しかしステージからの去り際、リーダーの石塚が妙な発言をした。
「次はこのあとすぐ!宮川駅で!」
「来れる人は来てね!」
「え」
俺らの皆が唖然とした。
おそらく周囲もそうだったろう。
が、意味を悟った連中が「駅へ急げ!!」と叫びだし、この会場に集まっていた者の結構な人が流れはじめた。
大学祭はまだ開催中であるから、不意に始まった民族移動に周囲の人々も何事かとざわついている。
「イザエクメンバー、見失った!」
「どこ行った!?」
「とりあえず駅前に行けばわかるさ!」
などなど、会話する声が耳に入ってくる。
俺たちもキャンパスを後にした。
駅までは歩いて数分の距離だ。
通常、都市圏の大学ではその周囲の街は恩恵を受けて商店や交通も活気がある・・・と聞いている。
確かにこの辺りから南側はそれなりに活気がある。
大学の施設があるからこそなんとか過疎化から免れているような印象も受ける。
だがそれは宮川市内に限ってのことで、すぐ北に向かえば延々と田舎が続くばかりだ。
キャンパスがもし、宮郷の沿線にあったなら。
すべての施設でなくてもいい。一学部でも、来ていたら。
この沿線も昔からもっと活気あるものになっていたかもしれない。
大学の施設と街の活性化は密接な関係がある、と誰かが言っていた。
施設が来ることで、街は人口が増え、新たな産業の需要が起きたりもする。
大きな大学がまるごと移転してしまったことで、事実上消滅に近い憂き目に遭った商店街などもあるらしい。
そして、宮川駅は活気がある。
たくさんの人が一日に行き交う交通の要衝だ。
だが、人々が多く向かう先は駅の南であり、東であり、西だ。
北へ向かう、あるいは北から来る者は少ない。
不公平だ。
他の路線はそれなりに潤ってるのに、なぜ宮郷だけが瀕死なんだ。
なんでみんな田舎を捨てて都会に行くんだ。
なんで。
「警備の人たちが!」
宮川駅に到着した小山が叫ぶ。
もう既に駅前は主に若者らでごった返していた。
キャンパス方面からではなさそうな人たちも駆けつけてきている。
おそらく、ケータイのSNSか何かで呟いたり呼びかけが行われたのではないだろうか。
リアルタイムで情報をやり取りしてる人も多いから、瞬時に拡散したのかもしれない。
「すごい人だね、宮川駅でこんな人の数見たことない!」
高橋があきれ返っている。
「ちょっと待って?もうこれだけ警備体制が敷かれてるってことは・・・!?」
清川が推理する。
「最初から予定されていたってこと!?」
「つまり、そうなるだろうな!」俺も叫ぶ。
「ゲリラライブじゃないってことね!?」と篠田。
「知らないよ!?私もこのことは聞いてない!いったん断られたってことは聞いたけど!」
小山でさえ把握していない・・・ああそうか、これが彼ら、”十六夜エクスプレス”の言ってた”サプライズ”なんだ・・・・!
「みなさーん!イザエクでーす!!」
おおーっ!と周囲がどよめく。
「学祭からきてくれた人もそうでない人もありがとうー!」
「限られたわずかな時間で歌います!1曲だけです!」
「今日のためにオレ、ヅカが作詞し、ザキが曲作りました!」
「ここ、宮川はいっぱいみんな利用してるよね!?立毛線や東総出線は利用するのに、でも宮郷線は利用が少なくてまもなく廃止されるかもって言われてる!」
「田舎だから仕方ない、人が住んでないからやめさせちゃえ!と思ってる人、いませんかー!」
おお、なんかすごいありがたいことを言ってくれはじめたぞ。
小山も目を見開いて、固唾を呑んで見守る。
「車道にはみ出さないで!こっち!固まって!」
警備の人や警察らしき人たちがホイッスルを吹いたり拡声器でたまに臨時イベントの内容を周知している。
「何事ですか!?」とびっくりしながら駅構内に入っていく乗客や降りてくる乗客。
「なんだこれ。宮郷線のデモか!?」
列車から降りてきた人もびっくりしている。
「俺たちは、ここ宮郷線の近くで育ちましたし、もちろん列車もよく乗ったよー!」
「思い出がたくさんあります。もしこの路線が消えたらなくなるのは俺たちの思い出だけじゃない。少数だといわれてますが、困る人がホントはたくさん居るはずです!」
そうだそうだ、と声が挙がる。
本当にそう思っているのかどうかはともかく、・・・その、なんだろう。
俺らなんかよりはるかに訴求力があるんじゃないだろうか。
芸能人とか、著名な人たちの発言はやはりそれなりの高い影響力を持つのだ。
今、それをひしひしと感じている・・・。
「今日はこの宮郷線のために!存続を応援する皆さんに混じって!歌を捧げます!」
「『レイルロード』!!」
大人しめのバラードっぽい曲だった。
喧騒が止んで、静寂が戻る中、アコースティックギターをつまびく音色が駅構内周辺に響きだす。
マイクがボーカルの音を拾い始める頃には、となりで佇む小山は目を閉じて両手を胸に当てて噛み締めるように頭を小さく上下に振っていた。
詞の中には、美しい田園や、駆け抜けた野原。
車窓からの風景。祭囃子。
川のせせらぎの音。セミの鳴き声。
ホタルの煌き。
今をときめく流行バンドが、時代に抗うかのように古き佳き日本の原風景を歌い上げる様は、周囲に立ち止まって聞いていた若者だけではなく多くの年輩の方々の心をも射止めた。
ある人たちからは、なんとなく抱いていたかもしれない大都会に対する劣等感や、貧しさや、不便だと思って発していたかもしれないぼやきもきっと霧散したことだろう。
私たちが住んでいる場所は、こんなにも美しさに満ちていた。
そして、とりわけ、宮郷線はその中心にあって、常にそれらを線路で結んでいたのだと。
失い始めて気付いたもの。
あるいは自ら手放した景色。
でも本当は亡くしてはいけないものなんだと、彼らは歌っていた。
曲が終わると、再び静寂があたりを包み込んだ。
そして、割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。
このライブは俺たちにとって本当に励みになった。
この模様はネット等を通じて明日にはあまねく全国に知れ渡るだろう。
そして、このちっぽけな辺境の一都市で起きた出来事を、そして宮郷線という名の古い路線のことを、信じられないほどの多くの人々に覚えてもらえることになるのだ。
もしこの路線が間もなく終わるものだとしても。
ありがとう。
心からの、ありがとう。




