第54話 東京観光
「いいかい菜波。今日という今日こそは必ず見つけるぞ!」
お父さんがやけに張り切っている。
ゴールデンウィーク。
大都会・東京のど真ん中にいる。
今は探し物中だ。
私たち家族、三人は連れ立って旅行中だった。
東京観光は2泊3日。
回るところは一人づつ、行きたいところを何箇所かピックアップ。
上野動物園に真っ先に行った。
あとは、ええと、順番はどうだったかなあ。
お台場に行きたいって言った私のせいでかなりそこで時間かかってまる一日一家で遊んでしまったよ。
いやあ、新橋からスタートしてレインボーブリッジを経由して・・・その間の、ゆりかもめから見る海。鮮やかだったー。
ビルの谷間を抜けて走る新交通システム。
「これに乗ってみたかったんだよなー、ゆりかもめ!」
「私もー!」
「ふふ、みんな乗ってみたかったのよね!」
汐留から竹芝、日の出、芝浦ふ頭・・・と進んで・・・、海上で一回転ひねり。
遊び心があっていいなあ。
いや、遊んでるわけじゃなさそうだけど。
「この乗り物、運転してる人がいないんだ」
お父さんが語りだす。
「えっ、それじゃどうやって走ってるんですか」
私が言おうとしたことをお母さんに先に言われてしまった。
「リモートコントロール。だから、無理に乗車しようとすると、ドアにはさまれる」
「そうなのかー!」
いやー、そういう乗り物があるなんて。
全然知らなかったな。
さすがにお父さんは鉄道ファンだけあって、こういう乗り物にも割とくわしいみたい。
快晴の青空の下走る車窓からの景色は絶景だったけど、車内は観光客ですしづめ。
「平日に来ないとだめかな」と呟くとお父さん、「逆方向の豊洲からだったら座れたはずだ、しまったなー。読みが甘かった」とのこと。
「しかし、休日でも凄い混雑だなあ」
「海浜公園で結構降りる人がいるかもしれませんよ」
お母さんが言ったとおり、お台場海浜公園駅でかなり人が降りた。
でもおなじくらいの人数が、また乗ってきた。
差し引きゼロくらいだ。
わー。
「結局最初から最後まで激混みだったね!」
と私。
「いやー、ここまで多いとは思わなかったなあ・・・臨時便の増発があってもこれだもんなあ。さすが一大観光地、お台場だけはあるね!」
お父さんも苦笑している。
私たちは船の科学館前で降りた。
この施設と、近くの科学未来館に行くことになっている。
楽しむぞ~!
「帰りは有明方面まで出て、りんかい線に乗ろう。いろんな乗り物に、乗ってみよう!」
「うん!」
お父さんは列車大好きの乗り物大好きマンだ。
お母さんも私もたぶんそう。
列車はただ目的地へ行くだけが目的じゃない。
そこから見える景色、変わった乗り物。
いろいろ楽しみ方があるんだってお父さんは教えてくれた。
さながら東京は列車天国だ。
私もだけど、お父さんもわくわくしているに違いないのだ。
「しかし降りてからも人が多いわねえ~」とお母さん。「いま降車したばかりの人たち、足早に散っていったわよ。目的地に早く行きたいんでしょうね」
ふふふ、と笑う。
「お台場はそれ自体がお祭り会場みたいなもんだな」
とお父さん。
「あっあれがフヂテレビ?」
「そうそう、菜波よくわかったね」
「なんかビルの間にボールが挟まってる変な建物だからわかった」
「はは、言われてみれば確かに変な建物だなー!面白い形をしている。あそこも人多いぞー。TVの収録とか見に行く人かなり居るからなぁ」
「えっ俳優とか来るの?」
「もちろん。スタジオ見学できるとこもあるから、見に行く人が多いんだ」
「私も行きたい!」
「90分待ちとかザラだぞー。待てるかな菜波は。あとお母さんも」
お父さんはかわりばんこに私とお母さんを見る。
うんうん、と頷くふたり。
「わーそうかあ。行ってみるか?じゃあ」
「やった!・・・タモさんとか居る?」
「タモさんはアルパだから新宿じゃないかな」
「新宿は行かないの?」
「えっ・・・行きたいかい菜波」
「・・・うん」
「ちょっとナナちゃん行きたいとこ増えすぎよー!無理じゃなーい?」
「行けるとこまで行ってみるか!可愛い娘のためだ!そして母さんのため!」
三人で手を繋いで笑いながら歩く。
すぐ近くの頭上を、反対方向から来た新橋行きのゆりかもめが通過していく。
「日常と夢を繋いでいるのよねえ、列車って・・・」
お母さんが誰にともなく言った。
その通りなんだと思った。
人の思いを乗せて。
休むことなく無言で今日も走り続ける。
あらゆる列車が。
都会も、田舎も問わず。
この国のいたるところで。
秋葉原に来たのは最終日だった。
「お楽しみは最後に取っておく」というお父さんの性格(?)で、電気街にやってきている。
周囲はどこも人ばかり。
男性の比率がかなり多い町だなあ。
メインストリートは家電店やパソコンショップが軒を連ね、裏道に入るとパーツがたくさん並んだお店が。
お父さんは何回かこの町に来たことがあるらしい。
インド人が経営するカレー屋から謎の中東人みたいな人がやってるドネルケバブのお店。
大量の小型家電を載せたカートを引いて歩いている中国人風の人たち。
この町はたくさんの人種と活気で満ちている。
少しくらい、ウチの村にも来てほしいね。
「でも実際に楽しそうに見えるかもしれないが、楽しいのはこうやって観光に来てる人たちばかりさ」
とお父さんがやや真面目な表情で言う。
「ここで生きてる人たちは生き残るのが大変なんだ。この町は”生き物”みたいに絶えず動いてて、めまぐるしく変化していく。流行に乗れるか。いい商品を提供できるか。老舗はともかく、これからここで商売しようとする人は、飽きっぽいお客さんを繋ぎとめることと人目を引けなければ生き残れない。弱い者はなくなっていくんだ」
そうなのか・・・それはそれで辛いかもしれないね。
まだ、流行のまったくない自分達の集落のほうが、ある意味暮らしやすいのかもしれない。ものすごく、不便ではあるけれど。
「さーて、模型店に来たぞ」
お父さんが探しているもの。
それは。
「宮郷線のゲージ探してるんですが」
カウンターに行き、そう告げる。
店には若いお兄さんたちが数人。
ぼそぼそと会話が聞こえる。
前から地元で手に入らないから直接この町に探しに来るって言ってた。
通販をやってないからここで買うんだとお父さん。
鉄道模型を専門に扱う店とかがあるなんて驚きだよ。
普通、地元だったら宮川のスーパーか百貨店のオモチャ屋くらいにしかないだろうなあ。
いや、オモチャはあってもこういうのはないだろうね、きっと。
「Nゲージですかね?ああ、キハ28かな。ちょっと待ってください」
蒸気機関車の図案の入ったエプロンを掛けた人たちが数人居る。
店員さんだろうと思うけど、みんな鉄道好きな人ばかりなのかなあ。
「あー、ごめんなさい、いま切らしてるみたいで・・・メーカーの方にも問い合わせたんですが、入荷しばらく待っていただくようになりますね・・・」
「ああ~、そうですか・・・」
申し訳なさそうな店員さんと、残念しきりといった表情のお父さん。
「意外と人気なんですよね、宮郷線カラーのキハ。”幸せを運ぶ黄色”とか言ってる人もいますしね~」
幸せを運ぶ!
宮郷線が!
なんていい響きだろう。
そんなふうに呼んでくれてる人たちがいるなんて!
乗ってる人は年々少なくなって、そろそろ潰れるかもとか言われてるけど、好きな人にはわかるんだね、この鉄道の魅力が。
「実は私も結構好きでして。田園地帯を走るローカル線特有の良さってありますよね・・・え?地元から来られた方なんですか?ああ、なるほど、確かにこの辺じゃないと買えないですけど」
少しにこやかな表情を取り戻した店の人。40代か50代くらいか。もしかすると店長さんかも。
「ここの店に来たら確実って聞いたんですけど、仕方ないですね・・・」
ちょっとテンション下がってしまったお父さん。
「あの」店長さん(?)は後方のショーケースを指差した。「もしよかったら、覗いてみてもらえませんか?」
案内されて、ショーケースの中を見る。
私と、お父さんと、お母さんも。
三人で覗き込んだ。そしてみんなで「あっ!」と言った。
「これ、店内にいまいくつかあるうちのひとつなんですけど」
「ジオラマですか!それもなんと宮郷線だ!・・・いやー、よくできてるなあ!」
お父さんの目がキラキラと輝いていた。
敷かれたレールの上に1両編成の黄色い列車。
周囲には田んぼ。小川も流れている。
赤い鉄橋。合掌造りの家。
精巧な箱庭は私たちの目を奪う。
まさに私たちの町を、村を走る宮郷の列車そのものだ。
それを縮小した姿。
「お店に、幸せ運んでくれたらいいなあ、と。ははは!」そう言う店員さんから白い歯がこぼれる。
「ま、入荷まで別のやつにすげ変えとくとして・・・メーカーがいつ入るか分からないとか言ってますんで、もしよろしければ・・・」
店の人がショーケースのカギを開けて中からその列車だけを取り出した。
「展示品にはなりますが、お持ち帰りいただけます」
そう言って、にっこり微笑んだ。
「えっ・・・いいんですか!?」
「傷とかはないと思いますが、一応2割くらい引かせていただいて、箱にもお入れしますが、よろしいですか?」
「よろしいです!」
二つ返事でお父さん。
「探し物が見つかってよかったわねー!」
お母さんも思わず安堵。
今回の東京行きの最大の目的は、もしかするとこれだったかもしれないから。
「やっぱり愛のある人のとこに引き取ってもらうのがいちばんですよ、ええ。ご主人のお顔拝見してそう思いました」
去り際にそう言ったお店の人。
いい人だったな。
「好きなもの同士、やはり通じるところがあるのよ、きっと」とお母さんが言ってたけどそうだと思う。
そしてその模型は。
今、私の手元にある。
これを引き取ったとき。
私には守るべきものができたんだ。




