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辺境高校生  作者: にしむらぱすた
【本編】
48/64

第46話 背比べ

 宮郷線の終点である桜淵駅に到着。

 めいめい、草原に、湿原に、森のあるほうに四散していった。

 時間までに回収できるのか・・・?

 一応、あらかじめ決められた場所にしか行けないはずだけど。


 虫かごと網を手にした子供らが、保護者やスタッフらとともに夏の日差しを浴びながら自由に、快活に駆けている。()ぜている。

 やっぱ子供は外で遊ぶもんだよな。

 

「木陰まで歩こう!」


 小山が言った。

 白の袖なしワンピースとストローハットが夏らしくていい感じだ。

 炎天下でもまっさらな磁器のようなきめ細かで、それでいて健康的な肌をしている。

 スキップをするかのような軽い足取りで、彼女はバスケットを小脇に抱えたまま、森の方角へと進んでいる。

 俺たちもなんとなくついていく。

 割と土地勘があるのかな、とか考えたが家からは結構離れているはずだ。




「子供たちはそういえば面倒見なくていいんだったかな?」

 

 高橋が気になっていたであろう言葉を発した。


「うん、大丈夫。保護者の居る子供たちはそちら任せで、そうでない子たちは他のスタッフさんがまとめて一箇所で面倒見ることになってるので」


 なるほど。


「じゃああたしたちはこの辺でお昼にする?」篠田の問いかけに「うん、そうしよ?」と小山は笑って返した。


「と、その前に。・・・お、あった!」


 小山が何かを見つけたらしい。


「何があったの?ナナちゃん」


 清川が覗き込む。

 小山は、とある木を指し示す。


「ん?幹にちょっとだけ印みたいな傷跡が付いてる」


 清川は小山に示されたそれを、指でなぞって確かめている。

 俺も見つけた。

 2箇所?


「ここに来た事、覚えてるかな?」


 小山は俺の方に向いて言った。


「・・・?」


「その表情だと覚えがないみたいだね」


 いつここに来たって・・・?


「『いつここに来たって?』って顔してるよ、蔵田君!」

 

 クスリ、と彼女は笑った。


「済まんが、記憶にない・・・」


「蔵田は記憶喪失の人かなんかじゃないのー?」


 すぐに篠田に冷やかされる。


「あー、そうかもな・・・昔のことはよく覚えてないんだ・・・小山と一時、小学校の1年か2年の頃ちょっとだけ遊んだことは記憶してるんだが、具体的にどういうことしたかな、となると抜け落ちてしまってる・・・」


「まあ、小学校の低学年ってそういうもんかもしれないよね」


 高橋が助け舟を出してくれたが、同じ年でも小山ははっきりとまた覚えているのだろう。

 すごい記憶力だ。

 前にも確か、こんなことがあったような。


「蔵田君がここに来たのは1度だけ。まあ、無理もないかもだね。私はここの近くにはお父さんと来たことが何度かあるよ」


「へえ~そうなんだ」


 篠田は興味津々だ。


「あのお父さんかぁ・・・ここにも思い出があるのかしらね・・・」

 前に車内で語ってくれた小山パパの話を、ミズタニンも思い出しているようだった。


「私はずっとこの田舎暮らしだったから、周囲に同じ世代の子がいなくて。お父さんはこの辺にお母さんと来てたこともあったので、私もこことかこの近くに来てたりしてたんだ」


 木の幹を撫でながら、過ぎた日を慈しむかのように、少女は語る。


「『寂しくさせてごめんな、子供の代わりにお父さんと遊ぼう』・・・そういって忙しい合間を縫って野山を一緒に駆け巡ったよ。足腰はきっと、それで強くなったね。『大丈夫か、つまらないことはないか』って聞いてくれたけど、ぜんぜんそんなことはなかったんだ」


 小山のしてくれる話はいつでも暖かい。

 それは彼女が、家族がそうしたぬくもりを持っていたからだ。きっと。


「それでも、『近所の蔵田さん宅にお孫さんが遊びに来てるらしい、丁度菜波と同じ年の男の子らしいんだけど、遊んでみようか?』って話があったときはやはり嬉しかったな。だから、一度だけ、ここでお父さんと3人で遊んだことがあるんだ。この傷はそのときのもの」


 どれどれ、と皆、小山が指し示す場所に寄って来た。


「背比べ!?」清川の言葉に「正解!」と小山。


「ほぼ同じね・・・」


 篠田は左右に付いた二つの傷を交互に眺める。

 高さ的にはほぼ等しい。

 つまり俺と小山の背は同じだったと・・・。


「お父さんに計ってもらったら、実はなんと、僅かながら私の方がやや高かったのです!」


 な、なんだと・・・。


「あ」


 思い出した。


「その顔は思い出した顔じゃない?」


 目ざとく表情をミズタニンに見られてしまった。


「ええ、思い出しました。・・・そうそう、それで負けた俺が怒ったんだよ・・・」


「そうそう!よく思い出したね蔵田君!」


 うれしそうな小山の顔。


「今の今まで忘れてた・・・そうか、そういうことがあったよな・・・」


「なんで怒ってたのさ!当時」


 高橋がクスクス笑っている。


「そりゃあ、男子なのに女子に背で負けたからだろう。たぶん、そういうことだったと思う・・・自分でもなぜかわからんが、あのとき怒ってたのは確かだ。背で負けるのは悔しいぞ!?」


「あーわかるわ、それ」と篠田。「今でも基本的なことは変わらないわよね。やっぱ男子は女子より背は高いほうがいいもの。女目線でも」


「男目線でもそうだよ」と高橋。うん、勿論俺もそう思う。


 というかそう思わない人のほうが少なくね?


「今は追い越しちゃったわね、完全に」


 そう言うミズタニンも割と背は高いほうだ。俺はもう少し高いけど。

 

「そしてこの跡がお父さんの」


「おお、お父さんのもあるのね!」


 水谷氏の興味度がさらにアップ。みんなのもたぶんアップ。


「背比べで負けた蔵田君はそこで悔しかったのか泣いてしまって。『小山のパパの高さになるまでもう来ない』って言って」


「はは!」


 皆一様に笑った。

 いやはや、恥ずかしい。なんつー頑固者だよ、俺・・・。


「で、それから?」


 清川も続きが気になるようだ。


「それから、蔵田君はここに来ることはなかったね。もう遊んでくれないっていう意味かと思ってちょっと寂しかったけど、それから何度かは遊んでくれたんだ。お父さんは『 蔵田君はやっぱり男の子だな!』って妙に感心してた」


「ほお~」


 今のリアクションは高橋かな。


「蔵田君、ちょっと来て」


「ほいさ」


「お父さんの背の位置に並んでみて」


 言われたとおりにしてみる。

 どうかな。


「同じ高さだ」


「本当だ、小山パパと同じ高さだよ!」


 高橋と篠田が交互に叫んだ。


「なんかそんな気がした」と小山。


「ちょっと、運命的・・・?」と清川。


「『お父さんの高さになるまでここには来ない』、そして今来たときに『その高さになってる』・・・!」


 素晴らしい、とミズタニン。

 小山が俺の隣に来てそっと耳元で囁いた。


「(貴方は忘れてしまっていたけど。・・・約束は守ってくれたんだね)」




 セミの鳴き声がすごい。

 大体、クマゼミ、ワブラゼミ、あとミンミンゼミの鳴き声の合唱が周囲の森から聞こえてくる。


 木陰に入ればやや涼しい。

 シートを敷いて、お弁当を皆でいただく。

 小型の重箱のような容器を小山が開いて、「食べてね」と俺に促す。


「あっずるいー!ナナ、蔵田と一緒なの?」


 篠田は自分のあるじゃん・・・。


「蔵田君は半ば小山家のようなものですので!」


 そうなのか・・・じゃない。


「よかったら皆さんも」


 と(はし)でつつくのを(うなが)す。

 いや、みんなに本気でつつかれたら俺らのがなくなってしまうな・・・。

 ・・・と思ったが遠慮したのかあまりなくなるということはなかった。


 近くの小川で足を浸せば、ひんやり冷たい。

 皆、俺が始めたらそれに(なら)ってやり始める。「足湯に浸かってるみたいだねー」と清川。

 温泉だったらそうだろうな。



 「わー!」と声がして子供たちが後ろのほうを駆けていく。

 保護者の方々も同伴なので、ウチのツアー客だろう。


「カブトムシ、カブトムシ!」


「うそー!見つかったん!?」


「あっちのクヌギの木、蹴ったら落ちてきた!」


「うおーいいなー!探そうぜ!」


「ミヤマ捕まえたやついるってよ!」


「えっほんとー!?」


 断片的に児童らの会話が聞こえてくる。

 自然観察のための昆虫採集も、うまくいってるみたいだ。

 というか、カブトとかクワガタ取れるのか・・・今日はもうアレだが個人的に取りに来てみたいな・・・。



「なんかこう・・・いい意味で昭和の匂いがするわね・・・」


 ミズタニンはここが気に入ったようだ。


 俺たちは昭和をたぶん、あまり知らない。

 が、なんとなく古くて良いものの雰囲気はわかる。

 今俺たちが居るこの空間やその周囲の自然、そして野山を駆け巡る子供の姿。

 最近では徐々に失われつつある光景だ。 


 俺たちが守ろうとしているもののひとつに該当すると言えるかもしれない。

 都会暮らしの人が来れば、おそらく周囲から隔絶された辺境の地と呼ぶのだろうか。


 桜淵地区にはまだ古い茅葺(かやぶき)の屋根の家もある。

 ここからも見えるが、付近まで来ている児童たちは気付くはず。見たことない子もいるだろう。

 納屋と母屋に分かれた家も、土間も、五右衛門風呂も、離れのトイレも一切知らない子

もいるかもしれない。


 それらは皆、多くの人たちにとっては既に失われてしまった光景。

 今乗ってきた宮郷線も、そうならないとは限らない。

 過去の遺跡にならないように、まだこの世界にとどまっていられるように。

 それが小山の願いであり、俺たちの活動の原点なのだ。



「うわー」


 ぺち。

 ぺちぺち。

 何の音かと思えば篠田がさかんに自分の腕とか足を叩いている。


「・・・蚊?」


 高橋の問いかけに、篠田は頷いた。

 その場所が多いのか、篠田の血液が美味いのか・・・。


「夏だねー!」


 小山が笑う。


「こっちにも来た!えい!」


 ぺち。ぺち。


「そろそろ、集合の時間じゃない?」


 ミズタニンがケータイを取り出し時間を確認する。


「うん、もう帰った方がよさそう」


 小山もそう言ったので、皆いそいそと撤収の準備に入る。


「ごはん食べて眠い時間かもだけど、帰りもあるからね~!」


「お、おう・・・」


 そうだった。

 復路、まだあるんだった。




 帰りの列車は自然を満喫してきた子供らの笑顔と楽しそうな会話がはじけ、虫かごの中の虫を早速テーマにして絵日記を描いている子、ただ採取した虫やめずらしい石を自慢しあってるだけの子ら、来たとき同様宿題をやってる子もいて思い思いに与えられた時間を楽しんでいた。


 そして、ホラー列車も相変わらず人気だった。

 清川とミズタニンが揃って言うには、「いかにもB級的なところがいい!」のだとか。

 苦手な小山と篠田は最後まで入らなかったけど・・・。



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