第42話 ふたりのキッチン
結局、あの勉強会の後も皆何度か小山家には足を運ぶことになり、小山のお母さんとも交流を図ることができた。
みんなが集まった後で俺と小山家(といっても二人だけだが)の交流もこれまで以上に活発になり、家の中でくつろいだりさせてもらう時間も増えた。
小山のお母さんは小さい頃の俺をよく知っているそうで、たまに小山の家にも来ていたそうなのに全く俺のほうが覚えていない。
小山本人は結構覚えているらしいというのに。。
小山本人いわく、川土手の方で小山が乗る三輪車を後ろから押したりだとか、公園の砂場でいっしょに家のようなものを作った記憶があるんだそうだ。
それも全く、覚えがない・・・。
いや、遊んだ記憶は、ある。
ただ、このごろにこういうことをして、あのころにああいうことをした、とか詳しい記憶はない。
なんだか情けなくなったが、所詮小学生、それも低学年の頃の記憶だ。
鮮明に覚えているというほうが難しいだろう。
とはいえ、全く覚えがないことに小山はやや機嫌を悪くしてしまい、お母さんは苦笑していた。
「本当にそんなこととかしてたんですか?」
と聞くと、お母さんは部屋から古いアルバムを引っ張り出してきて、「ほらこれ!ここに居るのが蔵田君よ」とそのうちの1枚を指し示す。
この頭身の低いやんちゃ坊主みたいなのが自分なのか・・・とまじまじと見つつも「(他の連中にはとても見せられんな・・)」と考えていた。特に篠田とか。
いじられるのが目に見えとるわ。
ある日、いつものように学校から一緒に帰宅してると途中料理の話が持ち上がり、たまには俺もやってみるか、と言ってしまったためにこちらのお宅でクッキングをすることになった。
小山本人の勧めで、母上がおられる日にわざわざお邪魔してである。
「まあごめんなさいね、蔵田君」
「いえいえ、こういうのもいいもんですよ」
小山のお母さんはソファでくつろいでもらい、俺と小山で協力してごちそうを作る。
ごちそう・・・になる予定。
休日の夕食。
自分らでつくり、三人で食卓を囲み、食事をしてから俺は帰宅する。
という予定に確かなっていた。
「うん、お母さんはそこでじっとしてて」
じっとしてて、と言われて微笑むお母さん。小山瑞穂さん。
「何ができるのかしらねー!」
「秘密!」
そう言った小山だったが、大体ばれてそうだ。
食材や器材を見れば料理を普通に作ってる人は解ろうというもんだ。
俺はチャーハンを作り、小山は味噌汁と芋の煮物。
炒め物より煮物のほうが難しいと思うのだが、小山に言わせると「チャーハン難しい」。
なぜかと聞くと、強火で手早く、というのが、特に手早く、というあたりが苦手なのだそうだ。あと、大きい中華なべをひっくり返したり操作するのもあまり好きではないらしい。
力はなさそうだし、なんとなくわかる・・・。
しかし結局のところ二人が並んで調理場に立ち、共同作業をしてるのでどっちがどっちの料理をする、とかいう線引きは実際無いに等しい。
「あーいいわー、いいわー!すごく、いいわー!」
後方でによによしている瑞穂さん。
「今日のお台所、絵になるなあ!」
妄想力が強い人、と小山から聞いているので、きっとこの人の脳内では何か映像が出来上がっているのではないだろうか。
「私とお父さんの新婚の頃を見てるようなというか・・・その頃の情景が今、びびっとフラッシュバックされちゃったわ!」
振り返って様子を見れば、両手を重ねてにっこりしておられる。
「されちゃいましたですか・・・」
「ええ、されちゃいましたよ、蔵田君!料理できる男子、素敵よねーナナちゃん!?」
「うん、そうだね!」
何気に力強い反応。
「ああーいや、いま脳内に見えた光景・・・そして目の前の光景・・・もしかしたらこのふたりの未来予想図・・・?」
背後でうごめく音が聞こえたかと思えば、フラッシュが炊かれてシャッター音がした。
「うわっ」
ちょっとびっくりした!
「このとてもいい光景を記念に我が家のアルバムに!」
「ええっ!」
「蔵田君、そう大げさなリアクションをしなくても~!」
うわー。終始瑞穂さんは笑顔が止まらないようだ。
「時に蔵田君、小山家の一員にならない~?」
また何か、瑞穂さんの頭の中で素敵プロジェクトが組みあがってきている予感。
「え、小山家の一員にですか!?」
「おー、お母さんそれいいね!女子のふたり世帯だから物騒だしねー!居てくれたら大助かりだよね」
「そうそう、それなのよね。男子、それも蔵田君みたいなしっかりした人が家にいてくれると超安心よ。ねえ、ナナちゃん?」
「そうそう、お母さんの言うとおりだよ!」
小山家公認!?
じゃあ実際どうすればいいのか。俺としては。
このままいくと合鍵持たされて自由に出入り出来かねん勢いだ。
大丈夫なのですかお母さん!
「料理が出来て優しくてイケメンで!ナナの面倒までいつもよく見てくれるこんな人、もう二度とお目にかかれないわよ、ナナちゃん」
「そうそう、私は恵まれてるよね」
そうかなあ・・・買いかぶりですよ瑞穂さん。色眼鏡、少し入ってませんでしょうか。
少なくとも俺はそんなご大層な人間では・・・。
「ガードがガラ空きの、今がチャンスよナナちゃん!」
「は、はい!」
どういうやりとりですか。
「蔵田君を小山家に!」
「小山家に!」
意気投合する両氏。
「ナナちゃん、我が家に来るということは・・・結婚していただくということよ、貴方と」
「ぶっ」
俺が噴き出す。いや、もう結婚とか早すぎますよいくらなんでも。高校生ですよ。
「けけ・・・ケコーン!!?」
ケコーンってなんだ小山サン。
「蔵田君を小山家の婿にー!」
このお母さん、ノリノリである。
「む、婿にー!」
「無理してないか小山、お母さんの妄想に無理して付き合わなくてもいいんだぞ」
「え、いやそんなことは・・・」
「いえいえ蔵田君、この子は蔵田君のこと、大好きだから!もう、超好きだから!」
母上に断言されてしまったぞ!
「家でね、いつも学校で起きたことを話してくれるんだけど、その話の中で『今日の蔵田君』コーナーが出来上がってるの!『蔵田君は~こんなことして、これがかっこよかったー!』とか『蔵田君はああいうとこが凄い!』とかー!」
「ちょ・・・お母さん!!」
・・・なかなか面白い家族だ・・・。
一家になれたらそれこそ退屈しないだろうな。
小山と居るときもそう思ったが、お母さんの瑞穂さんもなかなかのものだ。
分裂した俺ん家も、ここまでとは言わずとも、せめて少しは家族らしい、暖かい環境であってほしかった。離婚前など特に。
いや、どうしても上手く行かないから離散してしまうわけだけど。
「小山、沸騰してるぞ」
「えっ」
俺は鍋のことを言ったつもりだったが、小山は自分の顔に両手を当てていた。なんで。
「顔赤いな・・・鍋、鍋!」
「ひゃあ!吹きこぼしちゃった」
小山の顔の表面も沸騰していたらしかった。茹で上がった蛸みたいになっていたぞ、今。
俺と違って小山は嘘がつけない。
というかついてもヘタなのですぐ顔に出てしまう。
そこが可愛いところなんだけど。
「ところで、お母さんはさきほどから何をされてるんですか?」
後方でテーブルの上でなにやらペンを走らせておられる。
「え?ああこれ。今日の日記。ふたりの様子とか!あと、お父さんに報告用」
「うわあ」
どうもこれは逃げられない展開。
いや、別に逃げるつもりはないんだけど・・・。
つくづく面白い一家である。




