第41話 勉強会と訪問者
部員皆で宿題をやろうということになった。
クラス一の秀才である高橋氏をお迎えし、色々とご教授願う所存である。
in小山家。
前、小山がお父さん話をしたときに、お母さんにも会いたい、という意見が出たためだ。
俺たち一部の者は小山のお母さんには以前沿線イベントのバザーなどでお会いしたことがあったが、篠田はそのとき別行動だったために目撃していない。
そこで、とりあえずお母さんが戻ってこられる夕方~夜にかけてまで皆頑張ろうという流れに。
「はい終了!」
いきなり声を挙げたのは篠田。
何時まで、と目標を持ってやらなかったのが悪いのかもしれないが、根を上げたのか円卓に顔を横向きに置いて溜息をついている。
「だめだー、あたし集中力ないんだった」
「わたしもー・・・」
「実は、私もかなあ・・・」
篠田に続き小山、清川まで・・・なんという体たらく!
女子全滅。
「いったい、何が終了なのか・・・」
「数学の問題ずっと休まずやってたからよ!蔵田は根つめてやってないからそうでもないでしょ」
「余計なお世話でござる」
「高橋をそろそろ返してよ、ずるいわよ蔵田が独占とか」
「いままで俺は宿題やってなかったから仕方ないのだ。篠田はまだ余裕あるだろ?高橋教授は余裕の無いほうに回っていただかないとな。特に俺とかおれとかオレなど」
「普段からやってないからでしょ!」
「いいのだ!人は皆、千差万別!」
「もー、喧嘩みたいなことしないー!」
「小山、これは断じて喧嘩などでは。それより漢字ドリルのほうは終わったのか?」
「ドリルなんかしてないよ~!小学生じゃあるまいし!」
「ははは、蔵田もいつものノリだねえ」
「調子に乗りすぎてるから一度ギャフンと言わせてよ、高橋!」
「うん、篠田が言うならそうしよう」
おお、どうするというのか、我が友よ!
「ところで・・・そろそろ休憩&おやつにするかい?」
高橋の提案が即座に飲まれ、おやつタイムが始まる。
「みんなが来るからと思って買ってきた!」
小山が冷蔵庫を開ける。
「ジュースいろいろあるよ!」
コーラやら炭酸飲料、麦茶にウーロン茶・・・何気に充実している。
「あとはこれかな。アイスの定番」
バリバリ君ソーダ味じゃないか。
皆でアイスバーを食べたりしていると、小山はまたダイニングの付近でごそごそして袋入りの菓子類をたくさん持ってきた。
「これすごいね、いつもこんなに家にあるの?」
清川の指摘はもっともだ。
多すぎる。
「ポテチは好きだが、ジャンクフードばっかだな・・・」
「うん、言われてみるとそうだねえ・・・」と小山。
「ちゃんと毎食、ご飯食べてるか?」
ふと、心配になった。
「うん、食べてるよ」
「菓子で腹を満たしたりとかしたらだめだぞ」
「気をつけるよ」
「確実に太るぞ。炭酸も甘くないやつにしたほうがいいな」
「家の人みたいだね、蔵田は」
そう言って高橋が笑う。
「半ば住人みたいなもんじゃない?夕方はずっとナナを送ってたりするらしいし、よくここに上がらせてもらったりするんでしょ?」
篠田は喋りながらもあれこれ菓子を物色している。
「そんなわけあるか。居間くらいしか上がらないよ」
「えー。そうなんだ?ナナの部屋結構出入りとかしてないの?」
「しない」
「なんだー、つまんない。もっと押しかけなさいよ」
「何を言ってるんだお前は」
小山はうつむいてもじもじしていたが「やはりお菓子は控えめにしよう!」と一人、呟いた。
「昔さー、従兄弟で大の菓子好きの男がいたんだが、袋菓子ばっか毎日食べてたせいで腹が膨れてあんまごはんとか食べない子いたんだ。よく便秘になってたぞ。菓子を減らしたら治ったらしい」
「じゃあ少し減らさないとだね。カロリーとか気にしてる人とかいるかな?」
小山の問いにみな首を横に振る。
「でもまあ、少しは気にしてるかな」と清川。
「じゃあポテチ類はこれにて収納させていただきます」
小山がいそいそと回収を始める。
「いやいや、出されたものは折角なのでいただくわ!」
「篠田に同じく」
「じゃあ太らない程度に、ね」
「ナナの部屋もそういえばまだじゃん?」
「見させてもらおうよー、シノちゃん!」
清川と篠田の願いで、突然ながら小山の部屋が解放されることになった。
2階へ。
篠田は小山の許可も得ずに勝手に階段を上がっていく。
あわててついていく部屋のあるじ。
「男子はまた今度ね!」
篠田が勝手に決めるなよ・・・。
戻らないので、高橋とふたりでちゃぶ台に向かい、教科書とかテキストの類を開く。
そうすると、玄関から呼び鈴の鳴る音がした。
「おーい、小山!お客さんだぞー!」
声掛けすると、すぐに駆け足で降りてくる音が聞こえた。
開いたドアから顔を覗かせたのは、小山のお父さんの元職場の方らしかった。
若い男女で、最近結婚されたらしい。
聞くところによれば、仕事の休みを利用して墓参りに来られたんだそうだ。
そういえば、もうお盆だなぁ・・・。
会社も場所によったら今の時期に夏休みや盆休みが入ったりするんではないだろうか。それか、有給休暇というやつか。
墓参は、お世話になった小山パパのところへ、ということで空いてた今日、急遽行かれたらしい。折角なので家に誰か居られれば、ということで帰りに立ち寄られたそうだ。
「どうぞどうぞどうぞ。玄関での立ち話もなんですし」
小山がしきりに勧めるので、じゃあ、ということになり、上がられる事に。
小山の部屋から降りてきた篠田と清川が、居間で菓子をばりばりやってるところに鉢合わせ。
あらら。
「おかまいなく!勝手に上がったのはこちらですんで」
とフォローを入れるお二方だったが、長時間の学習で疲れてるとはいえスカートに立て膝という格好で菓子をほおばっているという、女子にあるまじき醜態(?)を第三者に目撃されてしまった篠田はシュンとして正座に戻ったがもう遅いのである。
人間誰しも油断禁物。
不測の事態には常に備えておかねばならないのだ・・・。
「いっしょにおやつタイムにしましょう!」
小山の一声で、既に終わっていたはずのおやつの時間は延長ロスタイムへと突入した。
さっき食べすぎは太る、とかいう話が出たばかりだったが、時間が伸びた以上はポテチに手を伸ばさざるを得まい。
というか、目の前にお菓子があるとやっぱ、なくなるまで食べてしまうよね?
きっと俺だけじゃないはずだ。
「外、暑かったでしょう。どうぞ」
「いやー、バリバリ君ですか!ありがとう小山さん」
カップルは並んでアイスバーを口に運んでいる。
「すいませんね、お母さんがもしやいらっしゃればと思ったんですけど・・・」
女性のほうがすまなそうに謝る。
「いえ、いつもは仕事出てますから」
「娘さんが居られてよかった、いえ、ご不在ならまた伺おうと思っていたんですが。どうしても一度、お世話になった小山さんのお宅にと我々で話してまして」
そう言って男性の方が何か差し出した。
「つまらないものですが・・・ちょっと地元で面白いみやげを見つけたもので」
どうぞ、と言われて差し出された包みを小山がべりべりとはがすと、中から見たことのある図案が・・・。
「あっ・・・土偶饅頭!」
小山の声に皆の視線が集まる。
「あら?ご存知だったみたいですわ」
「だなあ」
カップルが顔を見合わせて笑う。
「見た目はあれですが、中身は結構しっかりしていておいしいんですよ」
「そういえば食べたことはまだなかったですねー」
と小山が言うので、「お母さんのぶん」をどけといて、残りを居合わせた面子でいただくことに。
割と、美味い。饅頭のあんがおいしい。
しかし、やはり"見た目はアレ”なのだなあ・・・。誰が見ても。
小山は遠方から父の墓参に来られたことを感謝し、母にも伝えておきます、と客人の二人に伝えた。
客人は、小山のお父さんの在職中、その下で一緒に仕事をしておられた方らしい。
会社合併後に親会社からやってきた上司は、会社を傾けた責任を小山のお父さんらに押し付けては事あるごとに個人では抱えるのが難しいくらいの沢山の仕事を投げて問題視されていた、云々の話を改めて聞くことができた。
もっとも、小山は既に知っていたことらしいので驚く素振りも見せなかったが、この二人は当時社内で付き合っていたらしく、それを知った上でなお上司は女性のほうにやってきてはデートの誘いをしたりと、・・・いやはや、この上司非道いな。
懇親会の席ではアルコールが入ってるのを言い訳におさわりなどのセクハラをしたり、「社内でも小山さんには丸投げしてるくせに」、「その女性の仕事は直接自分が与えて”指導”と称して長々と隣に居座り”コミュニケーション”を図ろうとする」など、ついに耐え切れなくなってキレた男性が「いい加減にしてください!!」。
そりゃあ怒るわな・・とか思いつつ聞いていたらその方はどうも上司の逆ギレに遭い、全く関係のない部署に飛ばされる羽目になったとか。ひでえ。こんなやつが支配するようになったらもうなんかアレだな・・・俺だったらやっぱり同じことをしたろうな。
そうした日頃の鬱積が溜まって会社に辞表を突き出したこちらの男性は、今では別会社に勤務しており、同時期に辞めた女性と結婚して仲良く暮らしておられるらしい。
いやはや、結婚した経緯を皆が聞きたがるから、お二方の長時間の熱弁を聞くことになったが、なかなか興味深かった。結果的に小山のお父さんのこともいろいろ聞けたし。
いやまあ、あまり聞いてはいけないことだったのかもしれないけど、と思ったが小山の態度や表情に変化は無かった。
しかしなんだ、まっとうなことをしている人が飛ばされたり、どう考えてもおかしいだろこの上司。
そう返したらこの男性「憎まれっ子のほうがはばかってるのが今の世だから、どうしようもないですね」と苦笑。
「一方で佳人薄命、とも言いますが。なんで小山さんみたいな方が・・・いい人がはやくいなくなるから世の中荒れるんだ、とも思いますね」
まったくだ。
「『我が社に残った最後の良心』だと、小山さんがおられたときにあの方をそう思いましたが、今でもそれは変わらないですね・・・おっと、もうこんな時間か。すみません、長々と。娘さんには失礼な話をしてしまったかもしれません、赦して下さい」
「いえいえ。全然そんなことは。それより今日はありがとうございました。父のことを偲んでくださる方々が居られて、私達も励みになりました」
小山のそれは率直な思いだったのだろう。
「そうだ、お父さんの部屋を大公開しよう!」
来客が帰ったあとで、不意に小山はそう言った。
「いいの?ナナ」
「うん、いい」
客人が来たことで、またその人たちが父を褒めていたことで、その立派な肉親のことを少しでも友人たちに知って欲しいと思ったのだろうか。
とにかくいい機会だったので、部屋に上がらせてもらった。
「綺麗に片付いてるわね」
篠田の言うとおり、ゴミ一つ落ちていない部屋。
「あまりモノは動かしてないというか、お父さんがいなくなってからほぼそのままだけどね」
そう語った小山の表情はちょっと寂しそうだった。
部屋を閉め切っていたせいかとても中が蒸し暑い。
「窓、開けるね」
いつから時を止めていたのだろう。
閉められていた左右のカーテンがスライドし、開放された窓から空気と夏の日差しが入り込んできた。
皆、落ち着きのあるこの部屋に見入っていた。
勉強熱心な方だったのだろう。
「お父さん、紹介するね。私のお友達」
書斎のデスクの上に、パネルに入った小山パパの笑顔の写真が架けてあった。
来訪を喜んでくれているかのようだった。
「ん、Nゲージ・・・」
高橋がこぼした。
「いいものだねこれは。ジオラマセットもついてるし、本格的な気がする。とても鉄道に愛着を持っておられたようだね」
鉄道模型にも色々種類があるらしい。
俺は詳しくないから正直解らないが、とても精巧で緻密だった。
「あっ窓の外」
清川が指差した先には線路が。
少し遠い距離だったが、それでもここから見える。
そして、七ヶ瀬の駅舎が、ここからも、見える・・・。
レールが繋いだ恋。
そして、駅舎を通じて育まれた愛。
思い出の地・・・それを間近に見られるこの場所で、お父さんは暮らしたかったのだろう。
「田舎とか、そこを走るローカル線だとか、ただそこにあるだけで和む、安心感というかそういうものって世の中にはあると思うんですよね・・・小山さんはまさにそういう人だったなあ・・・」
帰り際に来客のあの男性が言った言葉を俺は思い出していた。




