第40話 車窓からの眺め
夜が明けた。
合宿と言う名目の小旅行も今日の解散までで一応終了となる。
合宿らしいことをしたといえば、高橋が撮ってきた写真くらいだろうか。
あとはまあ、いいのだ・・・。
ミズタニンも疲れが取れたそうだし、皆の親睦も深まったと思うし。
一時はなにやら険悪な雰囲気が漂ったような気がしないでもないが、もうすっかり元通り。まあ、仲良しの証拠かな・・・。
顧問の水谷教諭が「いい休暇になった!」と言っていたので、良しとしよう。
帰り際に、旅館のおかみさんと話す機会があった。
聞けば、この建物はもう今月で閉めるのだそうだ。
半世紀以上ここで店を構えてこられたらしいが、昨今の過疎化で顧客も減っているし、建物の老朽化が進んでいるものの改築のための費用を捻出できるだけの余裕がない、また後継者も育っていないなどの理由が重なり店じまいが決まってしまったとのこと。
「いえいえ、寂しいと言ってくださってありがとうございます!」
おかみさんは明るい印象の五、六十代くらいのおばさんだった。
「バブル景気以前はねぇ、お客さんも結構入ってくれたんですけど。昔は会社の旅行と言えば結構温泉が定番だったりしましたからねえ。こんな辺境の温泉にも足を運んでくださる方が割といらっしゃったんですよ」
皆、玄関で見送られる体勢のまま、じっと聞いていた。
なるほど、そうなのか。
週末や休日は駐車場が埋まることもある、と清川は言っていたけど、いつもたくさん人が来てるわけじゃないんだよな・・・たまたま多い日もあるよ、ってだけで。
実際のところはこの辺一帯もかなり厳しい経営を迫られているんだろう。
シャッター閉まってるとこや空き家も駅前にあったしなあ。
「でも、今はぜんぜんそういう流れじゃないでしょ。社員旅行とかもあまりどこもしないそうだし・・・そもそも雇用が悪化して正規社員が国内からだんだん少なくなってしまったし・・・忙しすぎて今は旅行を楽しむどころじゃないのでしょうね。だからこちらに来られてる方は公務員のご家族とか、あとは定年退職されたご夫婦が多いですかね」
ふうむ。
いろいろ内情が聞けたなあ。
ただ田舎というだけで。
失われていくもののなんと多いことだろう。
俺たちはこれからこの辺境の地で暮らすにつけ、様々なものの”死”を、看取ってゆかねばならないのかもしれない。
我々が目指す地域活性化の裏側で、今日も消えていく何かが確実に存在しているのだ。
「最後に、このような素敵な若い方々が利用してくださったこと、いい思い出になりました」
そう言って気さくな旅館の女主人はにこやかに微笑んだ。
「昨晩の枕投げ、でしたか、あの元気そうな声・・・お楽しみいただけたようで本当によかった」
げ。
ばれていたか・・・。
「すいません本当に、おさわがせしてしまって・・・!」
ミズタニンが平謝り。
「いえいえ~!学生さんはあれくらい元気がおありなくらいが丁度よいと思いますよ!」
ホホホ、と笑ってらっしゃるが・・・今度の修学旅行でもやってそうだから怖いな・・・ここの連中は。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それにしても残念だねえ。あんなにいい建物なのに、営業もう終わっちゃうなんて」
帰りの列車で小山がこぼした。
もう他の面子とは別れている。
俺と小山は同じ方向だから一緒だ。
「だな。確実に人口が減ってるしなあ」
「よそから来る人が増えればねえ。この列車も相変わらず少ないし・・・Uターンしてきてくれる人、いっぱい増えないかなあ。田舎、こんなにいいとこなのに」
「一度出てったらなかなか戻っては来ないだろうな。田舎いいとこ、って言っても皆、より豊かで便利な暮らしを求めて出て行ったんだしなあ」
ガタゴトと小刻みに揺れながら、列車は進んでゆく。
わずか数人の車内。
天井でまわる扇風機。
今日もいい天気だ。
夏草が揺れている。
車窓から見えるのは、棚田の上のあたりで農作業に勤しむお年寄りたち。
宮郷線の窓からは、極めて牧歌的な風景が今日も視界いっぱいに広がっている。
「地域活性化って、難しいよね」と小山。
「そうだなあ。小山が2,3人分暴れれば熱が上がって”活性化!”できるかもしれないぞ」
「ぷっ、何それ!」
「とはいえ、小山は十分役目を果たしてるよ、去年以前から頑張ってるんだ。きっと何かよくなるさ」
「・・・ありがとう」
少し照れた表情で彼女は俺と同じ窓の外を見つめた。
「あ、なあおい、あれ何だ?」
窓から何か、図案のようなものが見える。
稲穂はすべて、青い、というか緑色だと思っていたが、黒っぽい穂やそれ以外の色も確認できる。
そしてそれらは、明らかに人為的な配慮をもって構成された、何かのカタチをあらわしていた。
「見えた!?」
「ああ!・・・あれは・・・人の顔だ!」
耕作地の真ん中に、異なる品種で植え付けが行われた場所があって、そこに。
稲だけじゃなくて、おそらく他の穀物も使われているのではないだろうか。
「いや、なんか変わった田があるなあ、くらいにしか今までぼんやり見てなかったから、全然気付かなかった・・・!」
「田んぼアートだよ」
「田んぼ・・・アート!」
「うん。意外と全国的にやってるとこ多いんだよ。イベントの一環でやったらどうかな?って提案したら通っちゃって。まあ、提案したのは『守る会』の別の人だけど」
「あの図案というかキャラクターは見たことがある気がするんだが・・・」
ううむ、のど元まで出掛かってるのだけど。
「キヨちゃんが考案した宮郷線のイメージキャラクター、”みやちゃん”だね。ああ、もう通り過ぎちゃった・・・パンフに載ってたやつ同様、かわいく再現できてるっぽい!良かった!」
ああ、そうだ。春先に刷り上ったパンフレット。
小山と清川が企画して制作に参加したアレだ。アレのキャラクターだ。
「田植えの時期に作ったんだろ?全然知らなかった!」
「一応ね、ナイショ!ってことにしてたの。そのほうが、きっとみんなびっくりするんじゃないかなーって。まあ、サイトではこんなんしますよ、的な告知はしてたけど、詳しい内容はほとんど伏せてたね。蔵田君は目がいいせいか早くバレたけど、そのうち窓の外見てる人はみんな気付くと思うよ!シシシ!」
出た、この笑い。
何かを企んでるようなときの小山のイメージ。
作戦がうまくいったときの小山のイメージ。
「すげえな。しかよくうまく計算して作ったよな」
「田んぼアート、でネットで検索すると結構出てくるんだけど、1枚の田んぼをキャンバスに見立てて、その中で絵や芸術作品を表現しようというこころみなんだ。絵の面積とか、色数とか、美しさを競って毎年あちこちでこういうのが作られてるんだよ。・・・まあ、ここではまだ2回目だけどね」
「もう去年1度やってるのか」
「うん。・・・でも去年はちょっと失敗作だったね。まあ、初めてだったんでというのもあるけど・・・美人画を再現しよう、ということになったんだけど、収穫時期にいざ見てみると、美人どころか顔の形がいびつに変形したオバケみたいになってしまってね」
「・・・それは無残な」
「・・・でしょ?だから参加した人みんなが、『あぶねー、よそに周知しとかなくて良かったー』って。『これは知られないうちにさっさと刈り取って闇に葬ろうぜ』って。・・・まあ、いきなり大風呂敷をひろげてはいけません、っていうよい教訓にはなったね」
「それはそれは」
それ、ちょっと見てみたかったな。
「で、今年は昨年のことを踏まえて、ちゃんときっちり計算したんだって。植え付けはトラクター使えないから苗を一株づつ手で植えたんだよ。まあ、私は参加してなかったんだけど」
「これでイベントを?」
「もちろん。収穫祭が間もなく秋にあるけど、そのときに刈り取りした米とか穀物を配ったりするよ。あれあれ?最近は『守る会』とか『協議会』のサイト、見てないんだね?」
「ああ、そういえば近頃は見てなかったな・・・すまんすまん」
「むーん。興味を持って見てもらわないとねー。参加者は予約制だから一緒に応募する?」
「そうだな。一緒に参加しようか」
「よし!きまりだね!」
「なあ小山」
「ん?」
「折角だからミステリーサークルとか作ればよかったな」
「え!それはあれでしょ、宇宙人が作ったとかUFOがライトを地上に当ててるときに作られるのだ!とかTVでやってたやつでしょ!?」
「ああ、前はそういう感じだったけど、人為的なモノらしいぞ。つまり、人が作ることが出来るらしい」
「いや、作れる人がいないよ!」
「ああ、そっか。・・・でも出来たら面白いだろうなあ」
「宇宙人を呼ぶ儀式でもするの?」
「ああ、それいいな。前に尾早稲のみやげで土偶饅頭ってあったろ、あれで呼べるんじゃないか?UFOとか」
「沿線が盛り上がりそうだよね!」
「だなー!このへん、過疎ってるから宇宙人に入植してもらってだな、田舎のうまい米を食ってもらって・・・」
「頭いい!蔵田君!それで農作業を教えてあげて農業人口もアップ!後継者問題も一気にカタがつきそうだね!」
などとぜんぜん頭の良くない会話をふたりで楽しみながら、帰路に着く。
小山、ほんとに面白いよなあ。
話をしてても全然飽きないし。
何より、小山の幸せそうな笑顔を見てるとこっちも気分が良くなってくるんだ。
出会えてよかった。




