第37話 怪談
夜も更けていく。
夏なのにすこしひんやりしているのは、奥地だからか。
怪談のせいではないと思いたい・・・。
「じゃあ二周目、いきます・・・」
いつの間にか、場を清川が仕切っていた。
皆、一つづつ話した格好だ。
大体は学校の怪談みたいな、聞いたことがあるようなものばかりだったが、清川の話はどことなくリアリティがあった。
それ以外はオチがあるのかないのかわからない話、たぶん架空の話だろうというものもあったが、それでもどんな話にもまったく動じる気配もない。大したもんだ。
「では、三周目、いきます・・・」
もうネタ尽きたぞ、俺。
どうすっかな。怖い童話でもするか。
「では、私が」
清川はどこで仕入れてきたのかわからない、皆が知らない話を語ってくれる。
それはそれでとても興味深いのだが、やけに怖い。彼女だけ突出している。
普段穏やかな彼女が、そのままに涼やかな顔で、淡々と喋るさまはある種の戦慄を聞く者に与えているような気がしてならない。
皆、清川の回だけは、かなり緊張した面持ちになる。
「・・・これはね。怪談というか、実際にあったらしい話なんだけど・・・」
「ひぃ!」
まだ本題に入っちゃいませんぜ、小山さん・・・。
「リアルな話やめて!作り話にして!」
篠田のリアクションもちょっと何と言うか、普段の傲慢不遜な態度からは考えられないような弱気というかしおらしさが見えてて面白い。
「いやいや。リアル体験談と聞いちゃ聞かないわけにはいかないわねえ。よろしい、聞かせてもらおうじゃないの!」
ミズタニンはこういうのに免疫があるんだろうか。
「『古岩町の首なしトンネル』」
「ひぃ!」
「わぁーー!」
なんか、小山と篠田のリアクション見てるだけで面白いのだが・・・。
というか変なタイトル。
首なしが出没するトンネルなのか、トンネルに首がないのか・・・トンネルに首があるわきゃないよね。
「みなさんは、古岩町の国道4xx号にある、笹山トンネルをご存知ですか?」
「ご存知よ!で、それが?」
「ひぃぃ~実在の場所だよー!」
なんでミズタニンと小山のリアクションは正反対なのか。
「え・・・ていうか、それ、この場所のすぐ近くじゃん・・・歩いていけるくらい・・・!」
篠田が自分で言って震えている。
「ええっ・・・!そんな!」
小山が怯えだす。
「たぶん・・・ちょっと歩くと、そのトンネル、見える・・・よ・・・」
篠田、見たことあるのかな。
「ふええええ!」
小山の反応をチラと見てから、清川はそのまま続ける。
「昔、このあたり一帯は古戦場でした。多くの亡くなった兵を弔うために墓が立てられていました。また、この近所は敗軍の将が逃げてきて見つかり、無念のうちに死んだ場所でもあります」
「ほうほう、それで?」
「いまでは寂れてしまったこの町ですが、かつては銅や錫などの採掘地で知られ、周辺の町へ通じる産業の要衝、また宿場町として栄えていました」
「え、そうだったの。知らなかったな。勉強不足だ。これ、文化祭用のレポートに使えないかな。詳しくあとで教えてよ」
「うんいいよ、高橋君」
清川の話しに水を差した格好だが、こんなときにも文化祭がどうとか部活のことをしっかり考えてる高橋はやはり優等生だな・・・。
「トンネルの上は小高い丘になっています。また周囲は山が多く、山を越えて商いをするあきんどたちの物品の運搬や往来は骨の折れるものでした。・・・そこで丘を人足を使って掘削し、ショートカットできないかと人々は考えました」
ほうほう。わが村・須ノ郷のお隣の町にもこんな話が。
それにしても清川、歴史詳しいな。
「しかし、村人達は反対しました。祟りが起きるかもしれない、と言うのです。トンネルを掘るためには、墓をどけなければいけません。いくらか抵抗した村人ですが、藩のお役人の命令です。仕方なく、命令されるままに実行しました。お役人は陣頭指揮にあたり、掘削作業を進めました」
ほう・・・なるほど。
「ここが墓地になる前、首塚だったことはご存知ですか?」
怖いことをさらりと仰る。いや、知るわけないし。
ふるふる。
小山はもう涙目だ。
涙目だが、視線は清川に釘付け。
篠田も小山にしがみついている。
「敗れた敵方の将とその部下たち8人は、討ち取られたその首をさらし台にかけられたといわれています。今でもトンネル周辺の地域を”九人塚峠”と呼んでいますし、地図にもその名が今も残っています。私達が今居る場所は、ちょどその峠の裾あたりになるのですが・・・」
そこで一息ついて、清川はペットボトルのお茶を一口含んだ。
いまやテント内は清川講師の大講演会会場と化している。
「わたし・・・もうおしっこちびりそうだよ・・・」
はしたないことを仰る小山氏。
このままトイレに行けなくなる可能性大じゃ・・・。
「・・・・・」
篠田はもうなんか完全に物語に入っちゃってるな・・・。
「その将ですが、この部落に潜伏している間、村人たちに非常によくし、野盗から村人を守り、また引水の技術なども教えたそうです。が、あるとき潜伏がばれた。内部からの通報というか金に目がくらんだ一部村人たちの裏切りだったと言われています。・・・そしてこの部落で武将らが切腹となったとき、死に行く前に彼は声を挙げて呪ったそうです。『吾は忘れぬ。黄泉に行くとて、その淵より汝らを祟らん!』」
「ほほう・・・呪いときたか・・・」
なにやら呟いてる水谷氏。
「『こんなによくしてくださったお方に、一部の者らのしたこととはいえ我々はなんということをしてしまったのか・・・』村長は村全体に呪いが及ぶことのないよう、塚を立て、丁重に葬りました。・・・そしてこの9つの塚が動かされることのないよう、壊されることのないよう、集落の人々は代々見守ってきたといわれています」
やたらくわしいな・・・見てもいないのによく。
「さて、先ほどの江戸の時代に戻りましょう。掘削の話が出たとき、塚を取っ払わないとということになりました。反対意見が出たのですが、隧道のため止む無し、と。しかしトンネルの完成を祝う式典のときになって、急にその上の岩肌が崩れ、下に居た者たちが生き埋めになりました。皆は総出で救出作業に当たりましたが、下敷きになった人たちは助かりませんでした」
わぁ・・・。
「その数は、首塚の数と同じ、9人であった、と言われています・・・」
「ぎゃぁぁぁぁぁ!」
「ひぃいぃぃい!」
怖がりすぎ。小山&篠田。
燭台に立てた蝋燭の炎がゆらめきながら、下から清川の顔を照らす。
だが端正な顔立ちで淡々と、囁くような、かすれたような声で語られるのもなかなかに恐ろしい。
「これらのことから昔の話を恐れた人々は、その近くを墓地とし、それ以外の目的に土地を使わぬようになりました。9つの首塚は墓地の中に新たに立てられました。そしてそれ以降は何事もなく、時代は昭和まで進まなければなりません・・・」
やたら壮大な話だな・・・。
「まだ!?まだ続くの!?」
「も、もうこのへんでいいわよキヨ!十分怖かったし!」
俺も怖くなってきた・・・。
だが清川はまだ続ける様子だし、ミズタニンも聞く気まんまんである。
「トンネルのたもとにリーダー格のお侍の首塚があります。古いよくない伝承が残っているため、集落の人はかつて墓地の一番奥に戻そうとしたのですが、『最初にあったといわれている場所のそばから動かさないほうがいい!』という声が多数を占め、現在でもそれはトンネル入り口に残っているのですが、昭和50年代ごろでしょうか、ある若者がスポーツカーでこの辺を通りかかりました。若い男性はデートの最中だったようですが、かなり無謀な運転をしていました」
「無謀な運転といえば若者には付き物よね!どの時代でもお馬鹿な子はいるものね!」
ちょくちょく口を挟むミズタニンのお陰で、結構どろどろした話の雰囲気が削がれている気がするが、小山と篠田の反応はまったく代わっていない。
抱き合って硬直したままだし、篠田のほうはといえば酸欠の金魚みたいに口をぱくぱくしている。
「そして、若者が運転しながらトンネル付近までやってきたときのこと。彼の車はドリフト走行を繰り返していたせいなのかやや滑り、走行中車道をはみ出して止まり、道路わきにあった首塚を倒し、壊してしまいました」
そして、黙る清川。周囲、静まり返る。
なんだよこの思わせぶりな間は。
しかし、波に乗ると話うまいな、清川。
「た・・・倒しちゃいましたか・・・」
「倒しちゃいました」
小山の問いかけに、にっこり微笑み返した清川の顔が不気味に感じられる。
「助手席に乗っていた彼女は、直せないなら付近の住民に知らせるなどして必要なら弁償したほうがよい、ここはとあることで有名な塚だから、と訴えますが男性は動じません。壊れて散らばった石片を戻すどころか運転席に戻るのです。小さな石片のひとつを興味本位に奪いながら」
それはなかなかやるな・・・。
「呪いがかけられているからやめたほうがいい、という女性。しかし男性は聞く耳を持ちません。むしろ呪ってみろ、と挑発するようなことを言います。走り出してすぐにしかし異変が起きます。トンネルの出口で車がスピン。対向車をよけようとしたのか、運転をあやまったのか・・・電柱に激突。乗っていた男性は死亡しました・・・」
「ひいい!」
篠田と小山が同時に声を挙げる。
「女性はその後、駆けつけた警察や消防によって救助されました。しかし事故原因の明確な特定にはなかなか至らず。出口付近でドリフト走行をした形跡も、ブレーキをかけた跡もない。事故当時は雨も降ってはいない・・・しかし、助手席にいた女性は言いました。『原因はフロントガラスいっぱいに急に出現した人の顔に気を取られたため』、と。そして、男性の背後から伸びてきた左右の手が運転席背後から男性に掴みかかり激しく揺さぶった、つまり運転を妨害したため、と言うのです・・・」
こわー・・・。
「勿論、4人乗りの後部座席には誰も最初から乗っては居ません・・・ふたりだけの、ドライブだったのですから・・・」
カクカクカク。
篠田の顎が不自然に上下している。
「な、なかなか凄い話ね、怖かったわ。十分に・・・じゃあそろそろ次・・・」
「もう少し続きがあります」
篠田の声を清川が遮る。
なかなか解放してもらえない。
しかしこれ、どんな拷問だよ・・・怖すぎだろ・・・。
「晒し首が行われた時代に戻るのですが、実は、リーダーであった武将の首だけが、忽然と姿を消したそうです。村人に聞いてもわからない。仕方なく、塚を立てましたが、9つに対して8つ・・・ついに一人、見つかりませんでした。その首はどこにいったのでしょうか・・・」
ど・・・どこだよ・・・。
「近年になってトンネル付近で”動き回る生首”を見かけた、という人が過去に何人か現れています。ドライブ中に事故に遭った人は、その前にトンネルの中で人の顔がミラーやフロントガラスに映ったとか言う人もいます」
やばいないろいろと。
「彼はきっと、この付近にまだ居て、見つめているのです。首から上の、”頭の無い人”が、トンネル入り口に佇んでいるという噂もあります。周囲を徘徊しているのだという人も居ます。そして、そのうろつきまわる人を最近、たしか6月ごろ見たのが、私の友人でした・・・。別の知り合いもそのトンネルに家族で入ったとき、前方から見えるはずのないフロントガラスに映る顔と左右からの手を見たそうです。・・・もしかすると今私達が居るこのあたりにも・・・」
ばっ、といきなり立ち上がったのは小山。
「ひーーーーーーもうだめえええ!!!」
耳を塞いでいる。
このへんでもう続行不可能のようだ。
なんとなく察したミズタニンが苦笑しながら「ちょっとこのへんまでにしとく?」と言った。
「うーん、そんなに怖かったかなー?ごめんねナナちゃん、シノちゃん。それと、あれ・・・?高橋君・・・?」
途中から高橋のことはまったく眼中になかったのだが、もう隅の方でごろんと仰向けになっている。
疲れて眠っているのか。いつの間に。
・・・というか、あれ?
これ、失神してるんじゃない・・・か?
「ごめん、前半半分は聞いた話だけどあとの半分くらい、呪い云々は私の創作なんだ。つまりオチがあるんだよ」
「いや清川、話がオチまで行ってないんだが・・・それに残りが創作だったにせよそんじょそこらのホラー映画よりよっぽど怖いわ」
舞台がすぐそばだし。生々しいし。
あと、どのへんが伝承で、どのへんが創作なのかまったくわからん。
「蔵田君ちょっと・・・」
小山がテントの出口から手招きをした。
「トイレ・・・付き合って」
「何を言っておるのか」
「いや、入り口まででいーから!」
「わかった。・・・篠田はどーする?」
「あたしはいい!もう寝る!水分摂ってないし、大丈夫だから!」
「・・・そうか。じゃあもし行きたくなったら誰かに・・・」
高橋にでも、と言おうと思ったが彼はテントの中で冷凍マグロのように硬直したまま転がっている。
一緒に行ってあげなさい、とミズタニンの声。
いやはや・・・。




