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辺境高校生  作者: にしむらぱすた
【本編】
35/64

第33話 思い出(2)

 村育ちで付近にお友達がいないことを心配してくれたお父さん。

 過疎化で子供がいないので宮川市内の幼稚園に行くことになったときは、送迎バスが村まで来てくれてたけど、「小学校はどうする?」ってことになって。

 村にも一つあるけど、廃校が近いと言われてるしということでやっぱり宮川市内にいくことになった。

 

今度は通うのは電車だ。

 しかも、お父さんと一緒だ。

 私が学校で、お父さんは会社。

 同じ時間に家を出る。

 お母さんがお弁当をお父さんに渡したら、それがお出かけの合図だ。

 私達は並んで七ヶ瀬の駅に行く。

 

 遅くなるときはお父さんかお母さんが迎えに来てくれた。

 あの頃は当たり前のように思ってたけど、今考えたら大変な労力だ。

 お父さんは無理して仕事を切り上げて出てくれたのかもしれないし、お母さんは村から自動車で来てくれてたんだ。

 私はどれだけ守られてきたんだろう。

 

 そして、中学はどうするかということになった。

 私は宮川でもよかったけど、まだ須ノ郷村に中学はあって、やっぱり廃校がどうとか言ってたけどしばらく3年くらいは大丈夫そうということで、村の中学に通った。

 もうお父さんと一緒にお出かけするのも・・・と思いはじめてしまってたのかな。

 中学といえばもういわゆる思春期ってやつだからね。

 恥ずかしかったんだろうね。きっと。


 小学校の頃から、蔵田君っていう男の子が割と近所で遊びに来てくれてたんだけど、まあその、今の蔵田君だよ?中学で一緒になれるかなあ?って思ってたら「蔵田君は家が遠くてお爺ちゃんの家があるこの村にときどき来てるだけらしい」ってお父さんに言われてちょっと残念だなあ、って思った。

 この近所には子供がいなかったし、そう、貴重だったんだよ。

 

 そう、特別だった。

 でも蔵田君は、中学に行っても音沙汰がなかった。

 お正月やお盆にはたまにこっちに来てたらしいんだけど、私の家や近くに来てくれることはなくなった。もうすっかり忘れられたんだ。少し、寂しかった。

 ちょっとね、楽しいことや夢のあることを話してくれるときの表情がね、お父さんにそっくりだった。


 

 お父さんは時々しんどそうだった。

 それが、会社が忙しいからだと思っていたけど、どうもそういう理由だけではなさそうだ。

 

 合併で新しく始まった会社は、親会社からたくさんの人たちがやってきて、「おまえらの怠慢が会社を傾けたのだ」とか言って昔から居るお父さんたち年輩社員をつつきはじめたんだそうだ。お父さんの下でパートやってた人たちがそう言ってるらしい、とお母さん経由で聞いた。


 たぶんお父さんがお母さんに家で話したんだろうな。

 新しく上の会社から来た若いエリート社員の人たちが、年長者をいじめてるらしいというのは、お父さんもその対象になっているらしいのだ。

 

 ショック。

 なんで大人の組織でも学校と同じような悪い人間関係があるのだろう。

 お父さんいわく、新しい組織になってから自分と同じ年輩の人たちが何人か仕事をクビになったり辞めたりしたらしい。

 合併前は平和だったけど、その後はノルマや効率ばかりで社員を締め上げたり厳しい罰で叩いて脅すような上司に支配されてるらしい。


「大丈夫なの?」って聞いたら「最近の会社はこんなもんだろうよ。お父さんの前の会社が時代遅れでゆるかったのさ」と返事が戻ってきた。

 無理してるんじゃないかと余計、心配になった。


 頑張れ、お父さん。

 お母さんも応援している。

 私も応援している。



 お父さんが病気になった。

 急性心不全で会社で倒れ、救急車で運ばれたのだ。

 最近は忙しすぎて夜中過ぎて帰ってきたり、帰れずに会社に泊まったりしたりとかあったからなあ。

 お医者さんに聞くと、「危険な状態でしたが山は越えました、しばらく安静にしたほうがいいでしょう」とのこと。

 

 社員の人は前からの会社の人やパートの人たちがお見舞いに駆けつけてくれた。

 「どう考えても働かせすぎ」「小山さんは人がいいから、文句一つ言わず引き受けちゃう。上司は丸投げ」「エリートとか言ってるけど奴ら仕事しないでよくサボってるし」「仕事を人に振れるのが仕事のできる人間とか言ってるけど間違いだよね」「小山さんは最後までやり遂げるタイプだから、結果的に裏目に出てしまった」「辞めたりクビになった人のほうがむしろよかったかも」「お世話になってるのに力になれなくて悔しい」

 

 いろんなことを聞いた。

 やっぱり無理してたんだ。

 休まなきゃだめだよ。

 今回は、みんなで休んでもらうんだから。



 

 精密検査を受ける段階で悪性の腫瘍が見つかった。


 いわゆる、ガンだ。


 心臓も悪くしてたけど、その周囲にがん細胞が取り巻いていて、既に末期らしい。

 私とお母さんは思わず泣いてしまった。

 まだ若いんだよ?

 なのにどうして。


「お父さん、会社で健康診断あったんじゃないんですか」

 

 とお母さんが聞いた。

 私は病室のベッドの傍らで会話を聞いてた。


「あるんだけどねえ、で、去年も受けたんだけど、そのときは何も言われなかったよ」

 

 どんな状況になっても、お父さんは平然としているなあ。ある意味すごい。


「これだけひどいことになってるのに・・・なんで」

 

 首を傾げるお母さん。


「ガン検診ってさ、昔は全部セットで検診でやってくれてたんだけど今の会社は全部はしないんだよ」


「え」


「基本の検査はあるんだけど、ガン検診って個別に個人負担でやってくれ、任意で受けられるからって」


「そんな・・・!そういう大事な検査こそ受けさせるべきなのに、意味ないじゃないですか」


「ガン検診は、身体の臓器ごとにそれぞれ別個に検診があって、部位によって1万円とかするんだ。だから臓器ごとに受けてたら数万円はかかっちゃう。集団で受けたらだいぶ安くなるとは思うんだけど、この不景気で会社もそこまでなかなか面倒みてくれないみたいなんだよねぇ」


「・・・・・」

 

 お母さんの言葉が少なくなってく。

 会社のために働いて、家族のために一生懸命尽くしてくれてるお父さん。

 それなのに。


 

 

 お父さんは病気が回復できる見込みが薄いということで、ホスピス病棟に移った。


 いよいよに備えて、覚悟しておいてとお母さんが言う。

 いよいよって、どういうことなのお母さん。

 あまり、考えたくないよ・・・。


「寺山君もなんか病気らしいけど、無理してそうで心配だなあ」

 

 とお父さん。

 人のことはいいから自分の心配をしてよ、と言うと、「もう自分自身にできる心配はないよ」と返ってきた。


「もう廃線になるかもってことで、彼も精力的に活動してくれてたけど、お父さんももっと沿線住民として宮郷線の存続運動に参加したかったなあ。忙しくなければなあ」


「普通はサラリーマンは出来ないものなんですよ、お父さん」 

 

 とお母さん。

 そりゃそうだよ、こんなに忙しいんだもの、できるわけがないよ。


「そうだ、お父さん、私、宮郷線を守る会に入る!」

 

 私は力強く言った。お父さんが少しでも元気になってくれれば。


「無理するなよ~。菜波は学校もあるんだから」


「無理じゃないよ。それにそんなこと言ってたら誰も参加しないし、寂れちゃう一方だよ。誰かが活動や応援をしていかないと、利用をしてもらうように働きかけないと、なくなっちゃうよ。私、宮郷線が好きだもん。なくなっちゃうの、嫌だもん!」


「そうかぁ~」

 

 お父さんのそのときの笑顔が忘れられない。

 確実に、親から子へ。

 地元の鉄道を、風景を愛する魂が受け継がれた、そんな気がしたんだ。


「もう一度、乗りたいなあ・・・」

 

 ふと、お父さんがこぼす。


「白い天井は見飽きたよ。四季の色彩あざやかな須ノ郷の村の景色・・・七ヶ瀬の駅へ、行きたいなあ・・・」



 本当はじっとしていなくちゃいけないらしいんだけど、お母さんの強い要望で、病院から外出許可が出た。

 きっとこれが、最後の外出になる。

 そんな気がして怖かったけれど。


 


 七ヶ瀬の駅は新緑の季節を迎えたまま、いつものたたずまいを見せていた。

 ほとんど散ってしまっていたけど、お母さんが遅咲きの桜を見つけて、残った花びらを摘んできた。

 菜の花はもうなさそうだったから少し残念そうだったけど、それでも近くに残ってた桜を見てお父さんは喜んだ。


「これからもうちょっとすると、あのあたりにツツジが咲くわね」


「ああ、あれもいいもんだよな。意外といろんな色があって」

 

 それからふたりは、あの掲示板のあった場所に向かった。

 それは、出会った頃と同じまま、変わらずにそこにあった。


 昼下がり。

 晴天。

 駅員も、乗客もいない無人の駅。

 わたしたちだけの世界がそこにあった。


 お母さんが白のチョークで相合傘を描いた。

 そして左右に名前を入れた。


”今も変わらず愛しています”


 と、お母さんがその横に文字を書いた。

 お父さんは赤いチョークを拾ってその傍に文字を書いた。


”今も昔も、この先も、愛しています”


 と。

 あわててお母さんが”私も!”と書き足した。


 もう、泣きそうだった。

 

 私は一人、駅舎を離れて泣いた。





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