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辺境高校生  作者: にしむらぱすた
【本編】
32/64

第30話 対峙

 車内を巡回移動していたら、小山と出会った。

 だが彼女も忙しいらしく、ウインクをこちらに放ってから飲み物を運んでいく。

 

ミズタニンが視線を泳がせたり気付いた点を俺たちに言うまでもなく、弁当屋のおばちゃんや地元レストランのオーナーらしき人が乗ってきていて、乗車前や車内でクレームや問題がないか遠目にチェックしている。

 問題があれば鉄道会社に全部上がってしまうので、巡回する車掌さんもあれこれ気になるのか頻繁に往復している感じだ。

 

 今のところ乗客からクレームらしきものは上がっていない。

 満足いただけているのだろう。


 と思ったら、不満そうなダミ声が上がった。


「おい、茶をくれ」


「あっはい、すぐお持ちします!」



 

 近くに居た篠田が応対したが、直後彼女は硬直した。


「・・・どうした。知り合いにでも会ったかのような反応だな」

 

 やや長身の男がそう喋るのを、俺は背後で聞いた。


「あんたは・・・!」

 

 近づくと誰か、すぐにわかった。

 木谷さんが言ってた人物だ。

 彼はもうこの男に会ったのか。追川。


「しらばっくれないで!」


「どうして乗ってるのかとでも言いたそうだな」


「あたりまえでしょう!どうしてこの鉄道を廃止賛成してるあんたが乗ってるわけ?」


「最近の若い奴らは口の利き方も知らんのか。年長者に対して”あんた”とか。・・・誰が乗っていても関係ないだろう」


「それはそうだけど・・・!」


「俺は客として乗ってるんだぞ。客として扱え。敬語くらい使ったらどうなんだおい」


「くっ」

 

 やりとりに気付いたのかミズタニンがやってきた。

 そして、唖然とした。

 俺も止めに入ろうかなとか思ったがいい案もなく、火に油を注ぎかねないのでしばし様子を伺う。

 

 あーあ。

 折角のいい車内の雰囲気がぶち壊しだよ。

 いったいどうしてくれる。

 なんでいつもこの男はこうなのか。


 周囲の客も異変に気付いたらしく、こっちのほうを振り向いたり遠巻きに状態を見守っている。


「ビールが飲みたい。くれ」


「・・・こちらでよろしいでしょうか」


「ククク・・・いい感じになってきたじゃないか。そうだよ、接客ってのはそうやるんだ。覚えとけ」


「くっ・・・」

 

 屈辱に肩を震わせている篠田。


「酌をしてくれ。まあここに座れ。酒の席では客人をもてなすもんじゃないのか?」


「・・・・」


「どうした。はやく座れ。客の意見が聞けないのか」


「そこまでする道理は・・・」


「はあ?聞こえんな。大きい声で喋ってくれ。それくらいサービスさせてもばちは当たらんだろ。大赤字路線なんだから、もっと顧客の要望にかなったサービスを提供してくれてもいいんじゃないか」

 

 野郎。

 人を侮辱するにもほどがある。

 酔客を装って後で「ごめんなさい酔っててよくわかりません、記憶ないです」じゃ済まさんぞ。

 

 ぐっと追川に向けて足を運びかけたとき、後ろから手をつかまれた。

 ミズタニンだった。

 彼女は俺の顔を見てふるふると首を横に振った。

 見れば後ろで清川と小山が並んで、青ざめた表情をしている。


「なんでダメなのか、理由を説明してみろ。あ?何でなんだ?それとも、それもよくわからないでただ『嫌です』っていうことか?」


「すみません、私が・・・替わりに」

 

 後方からおずおずと清川が出てきた。


「だめよ!」

 

 声を挙げたのは水谷氏。


「ちっ」

 

 舌打ちしたのは追川。

 ミズタニンを見ていまいましい、とでも言わんばかりの表情をする。


「労基法、風営法の観点からもそのような接客は法律で禁止されているわ。未成年の女子、それもウチの可愛い生徒にそんな水商売まがいの接待をさせてなるものですか!」

 

 憤怒の表情で仁王立ちする水谷教諭。

 非常勤講師とは思えない貫禄だ。


「そうやって陥れて『この鉄道では未成年に違法な接待をさせている』とかでも言うつもりだったんでしょう。罠を張ったつもりが、残念だったわね。こちとらそういうアクシデントがないようにと待機してるんだから」


「・・・ふん。察しがいいな。まあいい。じゃあどうする?俺を逆に訴えてみるか?」

 

 ニヤニヤと薄笑いを浮かべる追川。


「何投げやりな態度に出てるわけ?いい加減にしなさいよ。大きな事件とはいえいつまでも過去の清算ができずに他所に八つ当たりして。恥ずかしくないの?確かにあの一件があったときはあたしも同情したわよ。でも何?一市民に過ぎないあんたが、神にでも成り代わって復讐を成し遂げるとでも言うの?はん!見当違いもはなはだしい!痛い馬鹿で一生終わるつもり!?」

 

 人垣が出来てきた。

 あーあ。

 こりゃもうだめだわ・・・。


「えっ、あの追川さんが乗ってる!?」「一応上に連絡して!対応を伺うことに・・・え?」


 車掌さんとかの声が聞こえる。どっかと話してるんだろう。


「は?穏便に?警察沙汰にはするな?わかった、現場でなんとかします・・・」

 

 聞こえちゃまずい会話だと思うのだが、筒抜けである。

 非常事態で若干の緊張と興奮があるせいかもしれない。


「”あの”追川さん」ということだから、もう既にモンスタークレーマーとかの理由でマークされてるのかもしれない。職員が誰でも知ってる厄介者なんて恥ずかしいぞ・・・。

 俺らの知らないとこでいろいろと問題発生させてそうだよな。


「(この人どうしましょうか・・・)」

 

 後ろに来ていた車掌に、小山がおそるおそる小声で聞いた。


「(それが、この方・・・追川さんは何かと訳ありで、ちょっと個別に対応をするよう上から求められてましてね)」


「(個別の、対応?ですか?)」


「(ええ、この方のご親族の事故の影響でとてもデリケートな問題になっていまして・・・こちらから強く出られないと申しましょうか・・・

おっと、そう言ってたら本人が話し始めましたね、ちょっと聞いててみましょうか)」


 追川がぼやき始める。

 追川と相席していたと思われる他の乗客も、異様さに立ち上がり、既にこちらへ回っている。

 皆が彼を立ったまま包囲するかのような状況だ。

 追川は一人、四人掛けのシートに腰をかけたまま、ビールを手酌してあおってから言葉を紡ぐ。


「知らんやつも多いだろうからこの際、言っておく。・・・俺の親父はこの鉄道に、殺された」

 

 皆が固唾を呑んで見守る。


「もう何年も前になる。俺は当時この沿線に住んでいた。いまでもお袋が住んでるがな。昔は子供の頃からずっとここだった。田舎の景色が好きで、よく遊んだし、家が農家だったから手伝いもした。宮郷線は俺の住む源田町を走る唯一の鉄道だ。両親ともよく乗った。思い出もそれなりに多い」

 

 乗客までもが聞き入っていた。

 歓声があがっていた車内はもう、静まり返っている。

 追川の低い声と、ガタゴトという列車の走行音やエンジンの駆動音のようなものだけが耳に入ってくる。


「俺は宮川の隣、島崎市で教職に就いた。まあそこで奇しくもこいつと一緒だったわけだが・・・その話はまあいい」

 

 指差されたほうのミズタニンは腕を組んだまま、苦虫を噛み潰したような顔で追川に視線を落としている。


「ひとつ気がかりなことがあった。実家の親父のことだ。親父は、自宅から畑に向かう際、いつも松長駅近くの踏切を横断していた。戻るときも横切る格好だ。・・・だがこの踏切には問題があった。見通しの悪いカーブから出た直後にそれが存在すること。そして遮断機もなく、列車の接近を知らせる警告灯や警報さえ設置されていなかった」

 

 なるほど。


「利用者がほとんど居なかったのでな。まあウチか近所の住民が徒歩で横切る程度のことだ。列車の本数も昔から少なかったし、危険を訴えたのだが、相手にしてもらえなかった」

 

 ほう。


「どうしてなのか、上の人間を出してほしい、と言ったのだが断られた。ウチは赤字だし、そこまでの対応はできないということらしかった。危険ならば利用しないか、迂回してもらいたいと言うのだ。当時の組織の上役はそう言ってよこした。まあ今も大して替わってないだろうがな・・・少し歩いてもらえれば松長駅があるから、そこからなら安全に移動できますの一点張りだ」

 

 へえ・・・。


「親父は足が悪く、車の運転ができない。徒歩で遠回りさせるのも酷といえる。が、鉄道会社の対応に変化はなかった。そして、ある日親父が踏切を渡っていて列車と鉢合わせてしまったのを、お袋からの電話で知った。ニュースで報道されるまでに時間は掛からなかった」

 

 そこでふと一息ついたあと、追川は続けた。


「金がないことを理由に遮断機設置を怠ったツケが、親父の死に対して払うことになる多額の賠償金だ。どのみち金が、いや、それ以上に金がかかってしまったというわけだ。愚かな会社だ」

 

 どうなんだろうな・・・。


「お前らにこの俺の気持ちがわかるか・・・!?危険なので早く対処してくださいと何度も訴えたにも関わらずスルーされ続け、挙句に事故だ。しかも親父は亡くなってしまった。予想しうる最悪の事態が発生したのだ。そして俺は、その可能性を予見して訴え続けたのに、断られ、そうなって初めて『すみませんでした』の謝罪一言だ。赦せるか?俺は赦せん。そして俺は、この忌まわしい鉄道が早期に潰れることを心から願っているし、その最期をこの目で見届けるまでは死ねん。この鉄道を擁護し、存続に加担する奴らもいわば俺の敵といえる。表立って危害を与えるつもりはさらさら無いが、活動を続ける者たちに皮肉や嫌がらせのようだといわれることを続けてきたのもこのせいだ」

 

 なんで親父さんを渡らせないよう説得できなかったのか。

 あと、危険なら家を移るとか、自分が実家に戻って両親の面倒を見る傍ら、踏切事故に注意するとかできたんじゃないだろうか。

 責任は鉄道会社だけでなく追川本人でもあるんじゃないか、とも思えるがやはり本人はそうは思わないだろう。自分がそんな目にあわせていた一因と認めてしまったら、自分を追い詰めることになってしまう。精神が持たないかもしれない。人によっては。

 だからきっと、誰かにすべての罪と責任を与えておかないといけないのだ。


 まあ、鉄道を愛する者らで構成されているはずの現在の車内で、これだけ悪態をついたというか、会社の”悪事”をアピールできて、追川もさぞや満足だろうさ。

 聞けば警察に捕まることすら恐れていない、捕まるような事態になるとそれだけ鉄道のイメージ悪化は避けられないからどっちにしろ好都合、みたいなわけのわからない壊れっぷりだ。


 またしてもテンション激落ちの小山さんを励まさねばならない。

 小山を悲しませるやつは今度は俺が赦さんからな・・・。

 とはいえ、何も動けやしないわけだが・・・。


「追川さん・・・」

 

 ふと気付くと、木谷さんが来ている。

 アマチュアと、プロ(らしい)カメラマン同士が対面するのを俺たちは初めて見た。


「あれは悲しい事件で、風化させてはいけないことだと思ってます。でも、あなたは事故の前、あんなに楽しそうに沿線の魅力を語ってくれてたじゃないですか!宮郷が大好きで、その付近の風景を切り取って歩くのが夢だと言ってくれたじゃないですか!」

 

 追川は、その人物を見つけて目を見開いた。


「・・・・・」

 

 明らかに、知っている者を見る目だ。


「私も、この宮郷線が大好きです!だからこうして今も写真を撮り歩いては店舗やイベントで売ったり配ったりしている。いくらかお褒めの言葉もいただいたけど、それでもあなたの写真には叶わない。あなたの写真には、現地で過ごした者しか知りえない僻地の魅力が詰まっている!他の者が知らない、絶景をたくさん知っている!・・・なのに、それら全てを封印してしまって、それを呪ってしまってもいいんですか!少なくとも私はあなたのようなテクニックやスポットを、この田舎の失われゆく景色の素晴らしさを、知っているはずのあなたからもっと知りたいと思ってるんですよ!どうして・・・」


「降りる」


「は!?」


「誰か、車掌を呼んで来い。ああ、いや、そこに居るじゃないか。次の駅でいいから私を降ろせ」

 

 何を言っているんだこいつは。


「お客様、困ります。今回は完全予約制の貸切列車であるとご説明させていただいているはずです。桜淵までは停車いたしません。途中の乗り降りも、特別な事情が無い代わりご容赦願っております」


「では特別な事情を適用させて降ろしてくれ」

 

 どんだけわがままなヤツだ。


「不愉快だ。いや、気分が悪くなった」


「わ・・・わかりました・・・」

 

 車掌が運転席のある車両方向へと移動していく。運転士に通達するのだろうか。


「お、追川さん・・・」

 

 すがるような視線を向ける木谷さん。

 木谷氏は追川のきっとファンなのだ。

 可愛そうに。

 この人ちょっと頭おかしいからそろそろ付き合いやめたほうがいいと俺は思うけどね。


「誰だ」


「木谷です、お忘れですか。今日ここで、お話できると伺いました。ずっと前約束してくださったように、撮影にいいスポットを教えていただけませんか・・・」


「知らんな」

 

 ほら。言わんこっちゃない。


「そ、そんな・・・」


 

 やがて次の駅である泉田で、追川は一人、降りていった。

 何事が起きたのかと他の客車からも視線が飛んでいる。

 気分を害されたお客様がいらっしゃったので降ろさせていただきました、とのアナウンスが後ほどあったが、気分を害されたのはむしろこっちだ。

 

 知らないといわれた木谷さんの落ち込みようは半端なかったし、ミズタニンは仁王像みたいな憤怒の表情をしばらく崩さず、清川はへなへなと床に座り込んでしまい、高橋はただ唖然としたままだった。小山に至っては深い憐れみのような表情を浮かべており、篠田は屈辱にじっと耐えるように唇を噛み締めながら追川に出したビールとつまみを無言で回収していた。





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