第23話 招かれざる客
梅雨が明けたが、土砂崩れによって運行が止まったままの宮郷線の全線復旧はまだである。
土砂を取り除く作業はほぼ終わったようだが、曲がったレールの修復だとか、付近の崖からの再度の崩落を防ぐための法面工事が目下行われており、まだ少しかかりそうとのことだった。
とりあえずバスでの通学を余儀なくされていたが、同じくバス通になった小山は若干のいらだちを隠しきれずにいるようだ。
列車を利用した大型沿線イベントが今後複数予定されているからだ。
このままだと予定は中止され、折角チケットを買ってもらった多数の顧客へキャンセル返金しなければならない。
返金は勿論鉄道会社が行うわけだが、イベント中止ともなればこれに絡み、これを楽しみにしている小山氏はじめ多くの連中が不服に思うだろう。俺もその一員に含まれている。
存続反対派からすれば、「ざまあみろ」とでもいうような状況だよな・・・謎の嫌がらせが相次いでいるだけに、増長させてしまいそうで癪にさわるがどうにもしようがない。
ここは黙ってこらえるだけだ。
俺も定期券にしたのになあ・・・払い戻しいったんお願いしたほうがいいのだろうか。はぁ。
「チラシとパンフを配りたい・・・?」
顧問・水谷教諭はいぶかしげに俺たちを見た。
「言い出しの元は小山さんね」と先生は言って溜息をつく。「仕方ない、気持ちわかるわ。焦ってるんでしょう?・・・平日、制服着て放課後撒いてるとまた他所からツッコミ来そうだから、じゃあ今週の土曜日限定でいい?日曜でもいいわよ」
「じゃあ、土曜で」
小山の返答に満足したのかミズタニンはうっすらと笑みを浮かべた。
「悪いわね。期末試験も近いからほどほどに。休日なら大丈夫かな・・・ああ、念のため私も付き合うわ」
「いえ、大丈夫ですよ~」
「いやいや。外野がうるさいからねぇ・・・問題に巻き込まれないよう監督しとくのも顧問のつとめ。何かあったら『私達はちゃんとしてます』って言い訳できるし。監視とかじゃなくて保護者のようなもんだと思ってて」
「ありがとうございます!」と小山。
職員室でなくてここが部室でよかった。
職員室だと「こないだ問題になったばかりでしょう」とか「勉強できてるの」とか親御さんやPTAから突かれるかもしれないことを心配してやめるよう促されるかもしれんし。むろん他の先生方に。
「保護者や教師のようでなく、あなたたちの先輩を装う感じでいこうかなー!?気持ち若めで!」
「いや、それは色々と無理があります」
「はっきり言ってくれるわね蔵田君」
そんなわけで土曜日の午後を迎えた。
各自昼食を摂ってからの集合だったので全員が集まったのは2時ごろ。
人の往来の多いアーケード街で実施することに。
「あれ?もうはじめてるの?」
最後にやってきたのは水谷先生だ。
アーケードの中でも人の往来が特に多い十字路になるあたりの街区で、俺と小山と清川が配布し、高橋、篠田が声掛けをしている。
「もう許可取ったの?」
周囲を見渡し、部員5名が揃っていることを確認してから言う。
「私来るまでちょっと待ってて欲しかったな、ええと」
「許可ってなんです?」
高橋が素朴な質問を投げる。
「あれ?ちょっと待って。あなたたち、これまでどこで許可取ってチラシ配りしてきた?」
??
皆、顔を見合わせる。
許可・・・?
チラシを配布するのに、許可が要るのか?
「ねえ。『チラシを配布するのに、許可が要るのか?』・・・って顔してるわよ蔵田君」
げっ。
お見通しか。
「そ、その通りですけど・・・」
「許可要るんです?先生」今度は篠田。「知ってた?ナナ?んで、許可とかもらってる?」
「うんにゃ?」
小山も知らないという。
「私も知らないですけど・・・」
小山が知らないんだから、清川も知らないだろう。消え入りそうな声だ。
「はぁ」
ミズタニンは息を吐いてから説明に入ろうとする。
「あのね・・・これまでチラシ配るときに申請を上げてなかったの?警察とかに。というか、あなたたちに教えてくれる大人はいなかったの?」
ふるふる。
「・・・まずったな・・・必要最低限の法律さえ知らずに活動していることがあるってことかぁ・・・管轄の警察署に規定の申請用紙書いて提出するだけではあるんだけど・・・ああ、このアーケードは宮川警察署から独自にまかされてるわね、というかアーケード内にあるじゃない派出所。あそこで用紙もらって一筆書いて提出すればいいのよ。それか、アーケード管理会社に出せば警察にすぐ許可だしてもらえる。まあ、二箇所行けば確実なんじゃない?」
そうなのか。
さっぱり、知らなかった。
モノを道路に置いたり商売したり、イベントしたりするときは何らかの申請が必要だろうとは思っていたけど、こんな決まりごとがあったのか。
ということは、これまでのビラ配りなどは昨年は今の部員でやってた人間は小山だけだから、誰かが申請を上げてからその人たちにくっついて活動していたんだろうな。
単独では動いてないはず・・・いや、どうかな、それも怪しいな・・・。
「ちょっと面倒なことになったかしらねえ・・・私がついてってあげるわよ。というか、皆ついてきなさい。知らないこととはいえ、『知りませんでした』では世の中通用しないし。これまで無許可でやってたビラ配りのことも謝罪するから」
まくしたててた先生がそこまで喋って一呼吸置いたとき、そのタイミングで紺色の制服と鍔つき帽子をかぶった二人組の男性が近づいて来ていることに気付く。
彼らはこちらに向かっている。
「ああ、もしもし?」
「こんにちは、学生さんかな?制服見る限りだと宮川高の高校生だね?」
二人組はそれぞれ挨拶を述べる。
「ええ、そうです」
こちらから出向こうかと言っていたところへまさにその管理を任されている人たちに見つかってしまったようだ。
アーケード街の一角にある管理会社のとある部屋に通された俺たちは、並んで叱責を受ける羽目になった。
コンピューター制御の通信室みたいな部屋だ。
数人の人が何らかの作業をしている。
モニターがいくつもあり、常時アーケード内の様子を見張っているようだ。
ぜんぶ丸見えなのか・・・。
監視カメラ、どこに設置してるんだろう。
相当あるんだな。
「困りますよ、知らないじゃあねぇ。先生もおられるわけでしょう?」
「は、はあ、誠に申し訳ありません・・・」
ミズタニンは平謝りだ。
申し訳ないのはこっちである。先生は今日始めて来て俺たちの代わりにお叱りを一身に受けている。
「今後はこのようなことのないよう、徹底させますので」
「頼みますよ。で、ええと、何だっけ、やはり用件は『宮郷線存続のための運動』にしといてもらいましょうか・・・ねえ、それでいい?」
管理会社の人は奥にいる別の男性に呼びかける。
小山は粛々と所定の用紙(おそらく申請書だろう)に言われるままに文字を走らせている。
「いいんじゃなーい?」
軽い答えが返ってきた。
「あと、時間!活動は何時から何時までなのか書いておいて。代表者の住所、氏名、連絡先と、あと今日ここに居る人が参加者全員でいいかな?」
「はい」
小山のとなりに居た清川が答えた。
「(いろいろ面倒だな・・・こんな手順踏まないとビラ配りひとつできないなんてな)」
清川に耳打ちすると「(はは、そうだよねぇ・・・)」と困ったような回答。
「あれ?小山さんじゃない?」
奥から出てきた男性。
「私、ご存知ですか?」
その反応だと小山は知らないんだろうなぁ。
「去年から活動してるよね、『守る会』の人、結構見てきたからね。で、ここにも去年から守る会の人とか協議会の人とか出入りしてたからねぇ。自分も昨年アーケードで配布してるとき後ろで何度か立ち会ったこともあるし、そのとき知ったのかなぁ、『小山っていういちばん若い女子高校生がえらく熱心なんですけど助かってます』って」
へー、と小山。
叱られっぱなしだったのが、褒められたかのような雰囲気にやや普段の落ち着きを取り戻している。
「それを言ってたのが、亡くなった寺山さんだったよ。あの人が居なくなってすっかり寂しくなったと思ったけど、高校生たちもやるもんだね」
管理会社の男性はニカッと笑った。
「まあ、頑張って。私はどっちの味方というわけじゃないけど・・・あっ」
あっ、て何だ?
その男性の表情から一瞬笑顔が消えた。
「そいえば、あの人、まだ戻ってないねぇ、昼前に来たけど・・・えっと、名前なんてったっけ?」
男性は、となりに突っ立って小山の書類に目を落としている別の男性に声をかけた。
「もう何度か来てるじゃない。追川さんでしょ」
「ああ、そう、追川さん」
はっとして顔を上げた水谷教諭の唇が、「(オイカワ・・・!?)」と反芻するかのように呟くのを見た。
ええと、その名前、誰だっけ?
・・・確か以前、先生が「気をつけろ」と言った人物じゃ・・・なかったかな?
「ここで申請書書きに来て、警察に先に挨拶してくるって言ってたけど、こっち戻ってくるよね?まだ許可証の発行してないもんねぇ?」
「あー、昼またいでるからメシでも行ってるんじゃない?」
そんなやりとり。
「ああ、そのうち戻られると思うけど、奇遇だね、今日申請に来た人は反存続派の人で『自治体依存から脱却できない庶民の敵・宮郷線を早期に潰そう!』とかいうスローガンで街頭演説しに来てるらしいよ・・・ということは、君達にとって『敵』にあたるんじゃないかな・・・」
なんだって・・・!
「先生!?」
俺はミズタニンを見た。教諭は俺の顔を見つめて返事する。
「間違いない、あの男が帰ってきたんだわ・・・」
あの男が帰ってきた!とか無理にドラマチックな流れを造らなくてもいいよ、先生。
そうじゃないかもだけど。
「鉢合わせると色々マズいんじゃない先生?」
篠田が心配そうな声を挙げる。
「・・・そうね。そうかもしれないし、いずれ会うならいっそ今・・・」
ピンポーン。
「はいどうぞ」
カチャリ。
「(帰って来られたみたいだよ)」
男性が小声で誰にともなく、付近に固まっている俺たちに声を掛けた。
早く去ったほうが無難だと言いたかったのかもしれないが、もう遅い。
「追川・・・!」
水谷教諭から声を掛けられた男は、やや驚いた顔をしたが、すぐにニヤリとした不敵の表情になった。
スラリとした長身の、強面の人物だ。
「・・・水谷か。また会うことになりそうだと思ったが、早かったな。しかもこんなところで会うとは、何かしら運命的なものを感じるよ。ははは!」
小山がペンを走らせ終わった紙面を見つけ、男は目を向けた。
おい。学校で人のテストの答案勝手に見るなって言われなかったか。ちょっと違うけど。
「ふん。存続派の運動か。学生まで駆り出されて哀れなもんだな。声が聞こえたぞ。怒られていたようだが、まさかこれまで許可を出していなかったとか?」
立ち聞きかよ。
「あんたには関係ないわ!」
憤慨したように激しいまなざしを向けるミズタニン。
「ククク・・・素人同然だな。よくこんな連中が運動できるものだ。宮川高校か。最近は去年から恐喝だの、今年は無銭乗車だので逮捕者が連続で出てるそうじゃないか。昔は品行が良かった学校だそうだが、いまや素行不良のオツムの悪い奴らばかりに成り果てたようだな」
素行の悪い連中が多いことは否めない。
現に俺も最近カチ合うことが度々あったからな。
だが、皆が皆そうじゃないだろ。
高橋みたいな超優良生徒だって結構いるんだ。
ニュースで報道されたから悪いイメージが先行する学校になってしまっているが、俺たちは・・・!
「そんなガラの悪い生徒でいまや有名な宮川高の生徒が存続活動とかしてたら、逆にイメージ悪化に繋がるんじゃないか?やればやるほど!ははははは!」
「くっ・・・畜生!」
思わず身を乗り出しかけたオレを制したのは意外にも小山だった。
彼女もかなり悔しそうに唇を噛んでいる。
すまん、危うくヤツの術中に、挑発に乗るところだったぜ。
ここでうっかり手を出そうものならあいつの言う「ガラの悪い生徒」の仲間入りだ。
付け入る隙を与えてしまう。
「あんた!報道ちょっとかじったくらいで全てを把握してるかのようなドヤ顔止めてくれないかな・・・宮川は私の好きな生徒たちが集う学び舎なんだ・・・ともに切磋琢磨し、励ましあい、助け合う。ともに笑い、ともに泣く。確かに教育不足で残念なことがいくつかあったけど。私たちは同じ仲間なんだ・・・あんたみたいに、恨みを糧に生きてる連中とは訳が違うのよ!!」
吼える女教師。
俺たち部員は息を詰めて様子をただ見守るだけだ。
口出しなどできようはずがない。
追川という名の男はただ涼やかに、変わらぬ不敵な笑顔を湛えている。
「あー、ちょっと」
管理の男性が割って入る。
「困るなあこういうの。大体、なんで我々がこういう仕事に従事してるか、そもそもあなたたちわかってます?」
さて、どう出る。ご両人。
「ええ」
「勿論」
そうですか。
「分かってるようならいいんだけど・・・改めて言いますが、商店街でこういう類のもめごとを起こさないようにというのが、ここで一筆書いてもらうことの理由の一つなんだよねぇ・・・まあ他にも通行者の安全を確保するとか、商店街住民の邪魔にならないかとか、営業妨害になってないかとか不審者の侵入を予防だとか・・・色々あるけど、もう既にここでもめごとになっているじゃないですか」
・・・そうだな。全くだ。
「じゃあ何のために書類を書いてもらうのかってことですよ。本末転倒ですよねぇ?ここで両方に今許可出したら、移動後にどうなるか目に見えてますわ」
思わず振り上げていた拳を渋々下げるミズタニン。
追川のほうは、肩をすくめる大仰な仕草だ。
「はい、許可は取り消しね。折角来てもらったけど」
あーあ。
なんなんだよこの追川とかいうおっさん。
なんてことしてくれる。
「それとも、片方が今日やって、もう片方が別の日に、っていうなら許可しないでもないですけど・・・ああ~いつかこういう日が来るんじゃないかとオレも思ってたんだよなー!」
と、別の男性。
さいですか・・・。
「じゃあ今日はお前らがやればいいじゃないか。俺は明日また来るとしよう。それでよいか」
追川が問うとミズタニンは「ええいいわよ」と憤懣やるかたなしといった表情で応じた。
管理の男性は「仕方ないですね、絶対守ってくださいよ。それと、時間は厳守で。自己申告ですけど。双方に妨害行為や近隣、通行者に迷惑が及ばぬよう、本日、明日の両日係員を派遣します。よろしいですね!?」と最後に締めくくった。
ついに現れた謎の男をめぐって、チラシ配布後もミズタニンと俺たちのやり取りは続いていた。
「大丈夫、ぜんぜん怖くなんかない!せいぜい陳腐な嫌がらせをするのが精一杯よ!危害を加えたりはしないわ。できるもんですか!見てなさいよ、あんたなんかには絶対屈しないから」
「もっと詳しく教えてくれませんか?」
小山が喋るが先生は額に手を当てて呻くように言った。
「・・・ごめんなさい、またにしてほしいんだ。そのうち言うと思うから」




