9.友人
朝方にひと悶着こそあったものの、その後は特に事件も起きることもなく、あっという間に一日が過ぎ去った。
「それじゃあ、門倉さん。行こうか」
「う、うん」
昨日同様、帰りは奏にどこかに行こうと誘われると思ったが、今朝方の約束通り、奏は門倉さんと二人で教室を去っていった。
どうやら二日目にして、俺は奏に放課後一緒に遊ぶ程の価値はないと判断されたようだ。
まあ、仮にそう判断されたとしても、意外とショックはなかった。
そもそも、奏が小学校低学年に入院する直前くらいまでの俺達は、少しずつ疎遠になっていっていた。
いくら……奏曰く、運命的な再会を果たしたとしても、かつてと同じ道を辿ることは考えなくてもわかることだった。
「図書室に行こう」
まだ幾人かのクラスメイトが残る騒がしい教室。
そこに残って勉強をするのは、さすがに厳しい。
だから、荷物をさっさとまとめて、俺は図書室に向かった。
俺は現在、高校卒業後に留学をしようと考えている。
しかし、予備校にはまだ通っていない。
『ただでさえ海外留学なんてしたら費用が嵩むのに、予備校に通わせるお金なんてあるわけないでしょ』
端的に理由を述べると、両親に海外留学と予備校へ入ること。どっちか片方しか認められないと言われたため。
そもそも必要資金的に海外留学と予備校へ入ることは全然釣り合いが取れていないのだが……まあ、そこは両親なりの高い志を持つ息子への誠意、と言ったところだったのだろう。
『ま、いくらあんたが勉強が出来るからって、海外留学なんて出来っこないわよ。あたしもお父さんも勉強はからっきしだったもんね! ぎゃははっ!』
……誠意、と言ったところだろう。
とにかく勉強に励むため、俺は図書館へ向けて歩を進めた。
「失礼します」
……昨今のデジタル媒体流行の波のせいか、放課後の図書室は、閑古鳥が鳴いていた。
まあ、これから静かな場所で勉強をしようという身としては、有難い限りである。
なるべく人目に付かない端の座席に腰を下ろして、俺は鞄から勉強道具を取り出した。
「お、今日も勉強?」
よし。これから勉強を始めるぞ。
そう思った矢先、俺は一人の女子から声をかけられた。
「そうですが集中したいので絡まないでください。高垣さん」
彼女の名前は、高垣綾香。
「勿論。あたしも勉強しにここに来ているわけだしね」
……彼女はこの学校の俺の数少ない友達の一人だ。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
彼女と俺の関係を語るには……長い時間を要する必要もなければ、複雑な仕組みだってありはしない。
「……どう? 期末テスト、良い点取れそう?」
彼女と俺は、所謂勉強友達、という間柄だ。
出会ったのは、一学期中間テストの一ヶ月前くらい。
テスト勉強のため静かな場所を探していたら、この図書室を見つけたのだが……さすがにテストが近くなると図書室も混み入り始めて……。
『すみません。隣、いいですか?』
俺は、高垣さんが座る隣の席で勉強を始めたのだ。
それからは高垣さんが俺達が同じクラスであること。俺と同じように予備校に通う費用を親が工面してくれなかったことを教えてくれて、意気投合。
教室では特に話すことはないが、こうして図書室に行くと、度々世間話をする関係になった。
……いや、同じクラスの生徒なら顔くらい覚えておけよ、というツッコミはなしの方向でお願いしたい。
何せ、高垣さんから話しかけてもらった時、誰? って感じで首を傾げたら、先に述べたようなツッコミを既に食らっているからだ。
まあ、この一連のやり取りからもわかる通り、高垣さんは基本的に寛容的だ。
「……ぼちぼちかな」
「ちっ。学年一位が調子に乗りやがって」
……ただ、こと勉強に関しては余裕がないのか、すぐに口が悪くなる。
「君から尋ねてきて、その返事はないだろう」
「……」
無視。
……まあいいか。
俺も勉強を再開しよう。
図書室は相変わらず誰も近寄らない。
俺と高垣さんがシャープペンシルを走らせる音だけが、静かに響く。
……校庭の方から、サッカー部の喧騒とした声と、ボールを蹴る音が度々響く。
校舎の方からは、吹奏楽部の奏でる音色が聞こえてきた。
「……萩原君は、さ」
静かな図書室で、高垣さんから声をかけられた。
「一ノ瀬さんと付き合ってるの?」
それは……今朝された質問のリピートだった。
「付き合ってない。付き合えるわけない」
「……そっか。大変だね」
高垣さんは尋ねておきながら、どうやらあまり興味はなかったらしい。
「……ま。別に良いんだけどさ」
そういうことを言うってことは、別に良くないって意味なんだけどね?
「折角友達になれたんだし、教えておいてほしかったよ」
「……何を?」
「あんなに可愛い幼馴染がいたことを」
俺は俯いた。
……教えられるわけがないだろう?
奏絡みの俺のエピソードは……全てが情けない話ばかりなのだから。
あの無力さからくる惨めさを二度と味わいたくないと奮起をしていることからもわかるように、かつての記憶は俺にとって……トラウマのようなものなんだ。
「……そろそろ帰る」
「ん」
「……じゃ」
俺は乱雑に勉強道具をまとめて、鞄に入れた。
「……萩原君」
「……」
「また明日」
「……また明日」
俺は足早に帰路に着いた。
通学路。
駅。
電車に乗り込んでシートに座り、また参考書を開いたが……目が滑って、内容が頭に入ってこなかった。
車窓から夕陽を眺めた。
真っ赤な太陽が沈み始めている空は、赤と黒の境界線がハッキリと見て取れた。
……自宅の最寄り駅に到着する頃には、外はもう真っ暗になっていた。
コンビニで何か買うか迷ったが……今日は両親が既に帰宅しているはず。
夕飯は家で食べようと思った。
家に到着すると、まずはリビングへ。
制服を脱ぐより前に……香ばしい香りのする方へ向かい、腹ごしらえをしたかった。
「おかえり」
「ただいま……って、え」
リビングには、一足先に食卓を囲む両親。
……と、奏がいた。
「図書室での勉強、捗った? あっくん」
彼女は何故か、俺が今までどこで勉強をしていたかを知っていた。




