8.号泣
「何? 一ノ瀬さん、あたしに何か文句ある?」
さっきは一歩後ずさった門倉さんだったが、今回は奏に向けて不快感を露にする顔を見せていた。
まあ、隣にいる俺が奏の様子に気付いたのだから、対面で彼女の顔を直接見れる門倉さんが、奏の態度に気付かないわけもない。
睨まれたお返し、とでも言おうか、門倉さんは目いっぱい奏を睨みつけていた。
……門倉さんは、このクラスでもトップカーストに所属するような、容姿端麗な女子だ。
ただ、その端麗な容姿とは裏腹に……いや、端麗な容姿を持っているからこそか、時折、気が強い……では片付かない、傲慢と呼ぶに相応しい態度を見せて、クラスメイトを困らせている。
このクラスでも一、二を争うくらい陰の薄い俺は、幸い今日まで彼女の餌食になってきていなかったのだが……。
「門倉さん、それはちょっとおかしくないかい」
傍若無人な彼女の姿に、俺は思わず、二人の間に割って入った。
「そもそも、先にこっちに絡んできたのはそっちだろう。知り合いを貶められて、気分を害さない人がどこにいる」
「は? あんたに話しかけてないんだけど」
「だろうね」
「わかってんなら……」
「俺だって、あんたみたいな他人を嘲笑することしか出来ないような人間とは話したくなかったもの」
「はあっ!?」
「そりゃあそうだろう。そういう嘲笑染みた発言は、内輪のノリが許される友人間でやるから成立するんだ。奏と君は、昨日少し話した程度。俺と君なんて、今日が初めての会話。そんな相手にそんなノリで話すなんて、デリカシーがない人だな、以外に評価のしようがない」
「……な。なっ!」
「なんというか……これまでの君は、初対面の相手でもそういうやり口が許される世界でしか生きてこなかったんだろうな、って思わされたよ。甘やかされてたんだね」
彼女の態度を見て、思ったことを言ったのだが……俺は少し後悔していた。
……甘やかされていた、は少し言い過ぎたかも。
俺だって、別に一人立ちしている立派な人間ではないのだから。
「ごめん。言い過ぎた」
「……ちっ」
素直に謝ったのだが、どうやら無事、彼女の反感を買ったらしい。
「……本当に悪いと思ってるなら、この場で土下座しなよ」
「えっ」
「土下座よ。土下座! さっさとしなさいよ!」
「別にしてもいいけど、君は本当にそれで満足出来るの?」
「はあっ!?」
「だって、土下座って相手を屈服させるための行いって意図しかなくて……結局君は、甘やかされてたんだねって評した俺の説を否定出来てないんだよ?」
「……」
「つまり、相手は屈服させられても、自分は甘えたクソガキですって、認めているようなもんじゃないか。高校生にもなって、そんな考え方でいいの?」
「……っ」
……しまった。また言い過ぎた。
「うわあああん!」
……門倉さんを泣かせてしまった。
俺はおろおろした。
登校してきていて、成り行きを見守っていたクラスメイトも……絶句していた。
思えば、このクラスに入ってから、いつだって高飛車だった門倉さんの泣き顔を見たのは初めてだったかもしれない。
「もうっ、あっくん。言い過ぎだよ」
泣き続ける門倉さんを介抱したのは、奏だった。
「よしよし。もう大丈夫だよ。門倉さん」
「……うぅ」
「もう。そんなに泣きはらして、可愛い顔が台無しだよ?」
「……ぇ?」
「ほうら、顔を上げてみて」
「……っ」
「……ふふっ。やっぱり。門倉さん、とってもかわいい」
……何見させられてんだ?
「……そ、そんなことは」
「あっくんがごめんね、門倉さん」
「べ、別に……」
……顔面偏差値が高い奏の顔を間近で見たためか、同性にも関わらず、門倉さんの怒りは止んだらしい。
「た……ただ、今度はもう少し優しく言って、ほしい……かも」
「だって、あっくん」
「……はい」
……あれ。
もとはと言えば、奏が門倉さんを睨みつけたから、俺が門倉さんを泣かせる事態に至ったんだよな?
言うなれば、この状況を作り上げたのは奏自身だよな?
……なんだろう。このマッチポンプ感。
「……ごめんね。ただ、あっくんの言うことも一理あると思うんだよね」
「……うん。あたしこそ、ごめん」
「これからは、もう少し優しいお話をしよう?」
「うん」
……俺というトラブルメイカーが関わってしまったが、どうやら無事、事態は収束したらしい。
クラスメイト達も、俺達のやり取りに興味を失い、すっかりといつも通りの雑談に戻っていた。
「ね。折角なら今日の放課後、一緒にどこか行かない?」
奏が門倉さんに提案した。
「え……?」
門倉さんは、困惑気味に俺を見た。
「うふふ。駄目?」
「……い、いいよ」
「ありがと、門倉さん……」
……意味深。
ま、いいか。
人間といつもより多く会話をしてしまい、少し疲れた。
俺も、奏達のことは放って、自分の席に向かうことにした。
「あっくん」
「ぎゃっ!」
席に着いた途端、背後から奏に声をかけられて、俺は飛び上がった。
「な、何……?」
「……うふふ」
奏の笑みは可愛いはずなのに、どこか不気味だった……。
「仲裁してくれて嬉しかった。ありがと……」
しかし、彼女の発した言葉は、至って普通のお礼だった。
「……いや。俺の方こそごめん。さっきは君が学校生活を楽しめたら、とか言ったのに。危うく禍根を残すところだった」
「うふふ。大丈夫だよ。あれくらいなんてことない」
……大物感を漂わせるなぁ。
「……ただ少し、ゾクゾクしたかも」
「……ん?」
奏は俺の耳元に近寄って……。
「今度は、あたしにお説教してみない?」
また変なことを、宣い出した。
小学校低学年で親友と死別するかもしれないことを理解しつつ週一の面会で励まし続けるあたり、あっくんも結構我が強い性格のはず。
幼馴染の彼女は我が強い性格をしているか・・・?
明言されてないからわからねえぞ。




