4.家探し
「よいしょ……」
奏ご要望の位置にテディベアを設置する際、向きをもう少しずらして、だとか、もうちょっと手前に、だとか、奏からの多くの注文をこなすのは結構骨が折れた。
頭の中に過ったのは、某有名小説。
ご飯を食べるためにレストランに入ったら、店員からたくさんの注文を出されるみたいな、そんな話の内容だ。
「お疲れ様」
「あ、うん」
一足先にベッドに腰を下ろして休んでいた奏に労われた。少し嬉しかった。
「それにしても、本当に部屋、綺麗にしているねぇ」
「あんまりジロジロ見ないでよ」
奏は俺の言葉を無視して、座ったばかりのベッドから立ち上がって、室内をうろつき出した。
「……えっちな本とかある?」
「ない」
仮にあったとしても、それを異性に話す程、俺は愚かではない。
そんなことを異性に話したらどうなると思っているんだ。
昨今はセクハラにとにかく厳しい時代。
きっと俺は、二度とお天道様の下を歩けなくなることだろう。
「ないかー。そっかー」
……これはあんまり、信じていないな?
「あっくんはどんなえっちな本が好きなの?」
やっぱり。
「幼馴染ものとか? それか、クラスのマドンナものとか? もしくは病弱ヒロインもの?」
「やけにニッチなジャンルじゃないか」
「そうかなー? そんなことないと思うよー?」
奏は家探しを止めるつもりはないのか、勉強机の方を調べ始めた。
……スマホを差し出すのを嫌がったように、本当であれば部屋の中を根掘り葉掘り探られるのは嫌なのだが、ここで頑固な態度でやめろと迫ると、事態は余計悪化する気がして、奏が変なものを見つけないことを祈りつつ、俺は渋々現状を見守っていた。
「これは……」
そんな俺の願い虚しく、奏は勉強机から数冊の本を見つけた。
「……あっくん、大学受験の勉強、もう始めてるの?」
奏が見つけたのは、数冊の参考書だった。
高校一年生であることを考えたら、手を出すのはまだ早い分野の参考書だった。
「何事も先行投資が大切だって言うしね」
「うへー」
奏は辟易とした顔をしていた。
彼女は昔から、勉強は好きではなかった。
そういえば奏と一緒に勉強をすることになると、雑談ばかりで勉強が中々進まなかった記憶がある。
「……そういえばあっくん、今も結構な進学校に通っているもんね」
「まあ」
そう。俺は現在、都内でも有数の進学校に通っている。
……今になって思えば、奏の奴、あれだけ勉強嫌いだったのに、よく俺が通う学校に編入出来たな。
「……本当、一緒の学校に入るためとはいえ、大変な思いをさせられたよ」
「奏、何か言った?」
「別にぃ?」
奏の声のトーンが少しだけ落ちた気がするのは、気のせいだろうか?
「しばらく見たくない参考書よりも、もっと面白い本はないかな?」
「ないよ、ない」
……まったく。
そもそも、昨今のえっちな本は紙ではなくデジタルで閲覧されることが主流であることを、彼女は知るべきだ。
……いや、やっぱり一生、知らなくていい。
「こっちにはー?」
熱心に人の勉強机を漁っていた奏だったが、諦めて本棚の方へと向かった。
そして、本の背表紙を眉間に皺を寄せて眺めていった。
「……あれ」
そんな最中、奏はまた数冊の本を見つけた。
「……ん?」
そろそろ家探しにも飽きてくれ、と思っていた俺は……。
「……げ」
奏が見つけた本を見て、思わず立ち上がった。
「これ」
奏が見つけた本は……。
「……あっくん?」
勿論、えっちな本ではない。
「これ……」
では一体、何か?
「どうしてフランス語の参考書なんか買ったの?」
彼女が見つけた参考書は、かつて彼女が治療のために訪れていたフランスの語学書である。
「……語学勉強が好きで」
「フランス語以外は見当たらないけど?」
「……たまたま、安かったから」
「一冊だけじゃなく、五冊くらいあるけど?」
俺はバツが悪そうに視線を泳がせた。
「あっくん?」
「……高校を卒業したら、留学しようと思ってた」
しかし、言い訳のしようがなくなり、俺は観念した。
「……フランスに?」
「フランスに」
「どうして?」
「……だって」
フランスには……。
「ふ、フランスには、たくさんの観光地があるから」
俺は白を切った。
「エッフェル塔に凱旋門に……観光名所、目白押しだから」
口にしてから、俺は気付いた。
そういえばこのセリフは……目の前にいる少女の受け売りだった。
「……君を探そうと思っていた」
俺は項垂れながら続けた。
「あんな悲劇的な別れを迎えて、結局、俺は何も出来なくて……。会いに行っても、無駄かもしれない。君はもう向こうで生活基盤を作っているかもしれない。そう思ったけど、もう一度会えたらって、そう思っていたんだ」
……我ながら、中々に女々しい思考である。
きっと奏も引いているに違いない。
「……あたし、あっくんに向こうの住所、教えてなかったでしょ?」
「探し出すつもりだった」
奏の病気のことを考えれば、治療にあたる医師方面から探すことは可能だと踏んでいたのだ。
「……そもそも生きている保証だって、なかったでしょう? あたし、向こうにいる間、あなたに一度も連絡しなかったし」
「……そうだね」
勿論、言われるまでもなく、その可能性は脳裏を過った。
「……でも、どんな結末が待っているとしても、自分の目で確かめるべきだと思っていた」
それがあの時、彼女に何も出来なかった俺の贖罪のつもりだった。
「……だから、君の方からまた現れてくれるとは、正直思っていなかった」
俺はおどけて笑ってみせた。
「……そうだね」
奏もつられて微笑んだ。
「また再会出来たことだし、これであたし達、死ぬまで、一生一緒にいれるね」
……そう、かな?




