3.強めの執着
高校を出た俺達は、学校最寄り駅から電車に乗り、俺の自宅がある駅まで電車に揺られることにした。
「うわあ、この辺の景色懐かしい」
電車が俺の自宅の最寄り駅に近づくにつれて、奏は車窓から見える景色を懐かしそうに眺めていた。
彼女の横顔を眺めながら、俺の脳裏にかつての思い出が蘇っていた。
あれは確か、小学生に上がりたての頃のことだった。
俺と奏は、二人きりで近くのショッピングモールに行くために電車に揺られていた。
『見て見て。ウチがあるのって、あの辺だよね』
あの時も、今のように……奏は車窓の景色を楽しそうに見ていた。
「あの時と変わらないね、君は」
そんな思い出に浸ったためか、俺の口から声が漏れた。
「いつの話をしているのかわからないけど、あたしは結構、色んなところが変わったよ?」
「そう?」
「うん。何せあたし、一度死にかけているので」
奏が車窓から目を離して、俺を見てはにかんだ。
はにかんだ奏を見て、心はホッコリすることはなかった。
死にかけた。
そんなパワーワードを突っ込まれたら、ホッコリなんて出来るはずもない。
「……病気はもう大丈夫なの?」
「うん。心配かけてごめんね」
「……そっか」
たった一度のやり取りであっさりと終わった奏の病気エピソード。
かつてのあの姿を見た身としては、こんな短いやり取りで終わらせたくない話題なのだが……根掘り葉掘り聞くのもデリカシーに欠けているのだろう。
「ありがとうね、あっくん」
奏がお礼を口にした。
「あっくんがあれだけ心配してくれたから、あたしは今もこうして生きているんだよ?」
「……」
「つまり、ほら……あれだよ。愛は人を救うってやつ?」
「それを言うなら、愛は地球を救う、だよ」
そのキャッチフレーズは、募金を着服したどこかのチャリティー番組が使っていた気がする。
「あれ、そうだっけ?」
あはは、と奏はまた笑った。
「まあでも、あたしが愛で救われたのは事実だよ?」
「……それは違うよ」
俺は俯いた。
「だって、愛が人の命を救うのなら……この世から去ることになる命は無くなるはずじゃないか」
もっと言えば、愛が人の命を救うのなら、この世から旅立った人は皆、人から愛されていなかったということにもなる。
「……そんなことはありえない。そうだろう?」
「……あっくん?」
「断言出来る。愛は人を救えない」
俺は顔を上げた。
「……愛は、人を救うものではない。愛は、人が生きる上で必要不可欠ってだけだよ」
「え?」
「愛している人でもないと、高額の治療費を払う気も起きないし、そもそもの話、生きていくための衣食住を提供する気だって起きない。だから、愛は人を救えないけど、愛がないと人は生きていけないんだ」
「……なるほどね」
どうやら奏は納得してくれたらしい。
「なら、やっぱり君のおかげであたしは生きているわけだね?」
……本当に納得してくれているのだろうか?
「あっくんは、どうしてあたしが生きたいと思ったかわかる?」
「……え?」
「治療は苦しいし、普通に死にかけたし、もう駄目だーってめげかけた時もある。それでも、何度も奮起してあたしが生きようと思えた理由、わかる?」
「……そんなの、わかりっこない」
「そうだよね。でも、とっても簡単なことだよ」
……電車が、自宅最寄り駅にまもなく到着する旨をアナウンスした。
「あたしが生きようとモチベーションを保てた理由は、あの日、去り際の君の心配そうな顔が忘れられなかったから」
電車が、減速を始めた。
「君と再会したいと思えなかったら、あたしはきっととっくに死んでいただろうね」
自らの生死を笑い話にしながら話す奏に、返す言葉は浮かばなかった。
「ほら、電車着くよ」
車窓の外には、最寄り駅のホームが映っていた。
俺達は電車を降りた。
自宅の最寄り駅から俺の家までの徒歩距離は、おおよそ十五分。途中、コンビニに寄ってお菓子も買ったりしたから、俺達が家に到着したのは、駅に着いてからおおよそ三十分経った頃だった。
「お邪魔します」
「うん」
「おばさん達は?」
「今日は二人とも仕事だよ。帰りも遅くなるって言われてた気がする」
「え、そうなんだ。大変だね」
「うん。大変そうだよ。本当、有難い限りだ」
生活のために嫌々でも仕事に出てくれる両親に対しては、本当に頭が上がらない。
「折角なら、おばさん達にも会いたかったなぁ」
「まあ、それはまた今度ね」
「うん。そうする」
奏は頷いた。
「よし。それじゃああっくんの部屋に行こうか」
そして、話の流れをぶった切って、そんなことを言い出した。
「嫌だよ」
「駄目」
「えー……」
駄目、と言われたら、ごり押しされて断る術はない。
「……長居はさせないよ?」
「うん。勿論。今日は挨拶だけのつもりだったし」
奏は終始楽しそうにしていた。
渋々、俺は奏を自室へ案内した。
「うわー……」
部屋に入るや否や、奏は感嘆の声をあげた。
「すごい綺麗にしているんだね」
「まあ……」
「模様替えもしたんだね」
「そりゃあ、最後に君がこの部屋に来てから何年も経っているし、何度かは模様替えもしているかな」
それが一体、なんなんだろう?
「あ、そうだ。実はさ、今日は再会の印のプレゼントを持って来てたんだよね」
唐突に、思い出したように、奏は鞄を漁った。
「え、そうなの? なんだか悪いね」
「いいよ。まあ、もしよかったら、今度何かしらのお礼をしてね」
「勿論さ」
奏は鞄から目的の物を見つけたのか、顔を晴れやかにさせた。
「はいっ」
奏が手渡してきたプレゼントは……。
「……テディベア?」
中々にファンシーなプレゼントに、俺は反応に困ってしまった。
一瞬、プレゼントをする相手を間違えたのでは、とも思ったが……ニコニコしている奏を見ていたら、それも聞けそうもない。
「ありがとう……」
とりあえず、俺はテディベアを受け取った。
……まあ、もしかしたらフランスとかでは再会の印にテディベアを渡す文化があるのかもしれないし、あんまり言及しない方がいいのだろう。
「あたしだと思って、部屋に飾ってね」
「あ、うん……」
「あの辺なんていいと思うよ?」
奏が指さしたのは、部屋の隅にある俺より背が高い五段本棚の一番上。
「……テディベアって、愛でるものじゃないの? あんな場所に置いたら、中々手に取って愛でることは出来ないんじゃない?」
「まあまあ、いいじゃない」
「……埃まみれにもなるかもよ?」
「まあまあ、いいじゃない」
……話が通じない。
「わかった。飾っておくよ」
「うん」
奏は頷いた。
「勿論、テディベアの正面が前になるように置いてね?」
「え、あ……うん」
わざわざ伝えておく必要があることか?
「あと、位置はなるべく変えないでね?」
「え……?」
「これからは時々、位置を変えてないか確認に来るから」
……なんで?
「位置を変えたりしたら、すぐにわかるからね?」
だからなんで?




