17.何かしても大丈夫
それからもしばらく奏と雑談をして、教室に到着すると、奏はすぐに門倉さん達の方へと向かって行った。
「おはよう、奏ちゃん」
「おはよう。門倉さん」
……今更だけど、どうして門倉さんは奏のことを下の名前で呼ぶのに、奏は門倉さんのことを苗字で呼ぶのだろう?
一昨日の放課後、俺の知らないところで仲良くなったらしい二人だが、二人の間で相手に対する好感度が絶妙に嚙み合っていない気がするのは、気のせいなのだろうか?
「……まあ、どうでもいいか」
まあ、他者同士の交友関係を探ろうとしても、大抵は碌なことにはならない。
こういうことは、いくら気になっても関わらない方が賢明だろう。
ということで、俺は朝のショートホームルームが始まるまでの間、勉強でもして時間を潰そうと思った。
「おはよう。萩原君」
しかし、邪魔が入った。
「……おはよう、吉平君」
俺の前の席に座る吉平君に、声をかけられたためだ。
吉平君は、奏の転校初日の放課後、彼女に一緒に遊びに行こうと誘っていた男子である。
陰キャの俺とは正反対で、彼はクラスメイトの大半と交友関係を持っているような陽キャ。
正直、あまり好きではない人種だった。
……一体、どうして好きではないのか。
理由は明白。
陰キャという人種は、遺伝子的に陽キャが嫌いなのだ。
「一ノ瀬さんと今日も一緒に登校してきたんだね」
「うん。幼馴染だからね」
「そっか。仲が良いんだね」
どうしてわざわざ、彼はそんな話をしてくるのだろうか。
「萩原君、今度クラスの親睦を深めるために親睦会を開こうと思うんだけど、君も参加しない?」
……あまりに唐突なお誘いだった。
「勿論、一ノ瀬さんも一緒にさ」
「……有難いお誘いだけど、俺はいいかな」
「そっか。それは残念だ」
もっとしつこく勧誘されると思ったが、吉平君は意外とあっさりと身を引いた。
「……あっさり引くんだね」
「無理強いするもんでもないだろう?」
吉平君は苦笑した。
「それとも、もしかしてしつこく誘ってほしかった?」
「いや、それはない」
「あはは。だよね」
丁度その時、始業を告げるチャイムが校舎に鳴り響き、吉平君は前を向き直した。
それからは朝のショートホームルームを行って、いつも通り、授業に集中する時間がやってきた。
「やっと終わったー」
しばらくして、昼休みを告げるチャイムが鳴ると、クラスメイト達は長時間に及んだ授業という抑圧から解放された喜びからか、騒ぎ出したり、だらけたりしだした。
「あっくん」
お昼ご飯を食べに行こうと俺が思った矢先だった。
「奏」
「お昼、一緒に食べに行こう?」
俺は奏にお昼を誘われた。
騒がしかった教室が、一気に静まり返った。
……奏が転校してきた日から、この教室内で俺と奏が絡む姿を見せる度、クラスメイト達は息を呑むようになった。
どうしてそうなったかはわからない。
でも、注目されるのは慣れていないから辞めてほしい限りである。
「うん。いいよ」
「ありがとう」
「ただ……勉強の時間も取りたいから、途中で抜けるかも」
「わかった」
奏は微笑んだ。
「じゃあ、お昼食べたら一緒に勉強しようね」
「……えー」
「……嫌?」
奏の声のトーンが下がった気がした。
「……君と一緒だと楽しくなって、勉強に集中出来ない気がして」
「……」
「……」
「……うふふ。そっか」
奏はとても嬉しそうだった。
「……でも、お願い。今度のテスト、あたし結構ピンチなんだ」
「え、そうなの?」
「うん。……しばらくの間、勉強どころじゃなかったから、影響がね」
……そうか。
この言い振り、病気の治療に専念している間、奏は碌に勉強することが出来なかったのだろう。
それでもなお、進学校のこの学校に編入出来たあたり、奏の地頭の良さがうかがえる。
「……わかった」
「やった。ありがと」
奏は喜んだ。
「じゃあ、お昼ご飯、食べに行こうか」
「うん」
「あたし、人気のないところ知ってるから、そこで一緒に食べよ?」
「ん? うん」
「そこでなら何しても大丈夫だと思うから」
「あはは。おかしなことを言うね、奏は。何もしないよ」
「うふふ。何もしないと思うけど、何かしても大丈夫だと思うよ?」
「そっか。でも、何もしないから大丈夫」
「うふふ。……うふふふふ」
奏は微笑んでいた。
それにしても奏の奴、この学校に転入してきてまだ数日なのに、人気のない場所をもう見つけているのか。
もしかしたら彼女は、数か月この学校に在籍した俺よりも、もうこの学校に詳しいかもしれない。
「それじゃあ、行こ」
「うん」
俺は奏の後に続き、相変わらず物静かな教室を後にした。




