12.可哀想な友達
「あっくん。探したよー」
いつも通りに微笑みながら、奏は言った。
口振りから察するに、どうやら彼女は、門倉さん達との会食を終えて俺を探していたらしい。
一体、何故?
「……探したよー」
理由は特にないらしい。
「それより、二人はここで一体何を?」
「ああ、勉強だよ」
そういえば昨日、奏は俺が図書室で勉強をしていることを何故か知っていたな。
ここが俺の勉強場所であることを知っている彼女であれば、机の上に参考書を広げていることを加味しても、俺達に尋ねるまでもなく勉強をしていたことはわかりそうなものだが、どうしてわざわざ何をしているかを尋ねてきたのだろう……?
「そっか。勉強か。ふーん。ふーん。そっかー」
奏は俺達が勉強をしていたという話を理解してくれたらしい。
「……えぇと、高垣さん? だよね」
奏は相手の警戒心を解くように、笑顔は崩さず、高垣さんに話しかけた。
「……ち、ちがましゅ」
「えっ、違うの?」
「なんで嘘をつく……?」
困惑する俺に……。
「こ、この男は……っ」
高垣さんは半泣きで殴り掛かろうとしてきた。
「んー?」
奏は微笑みながら小首を傾げていた。
高垣さんは第三者がいることに気付き、いつものじゃれ合いを止める思慮深さを見せた。
……さすが高垣さん。どこかの門倉さんとは違い、聡明な人である。
「……うぅ。どうしてあたしが、こんな目に」
高垣さんが呟いた。
「高垣さん。あたし、一度あなたと話してみたいと思ってたんだー」
「あたしは別にそこまで……」
「えー? 酷いなー」
奏は椅子を引いて、わざわざ俺達の間に割って入る場所にそれを移動させ、腰を下ろした。
「ね。折角だし、親睦を深める意味でも、残りの休み時間、お話しよう?」
「……えっと」
高垣さんはわかりやすく困っていた。
「……駄目だよ、奏」
「……どうして?」
奏の声のトーンが、いつもより低い気がした。
「高垣さん、今、勉強中なんだから。勉強に集中させてあげようよ」
「……ふうん。あっくん、優しいんだね。高垣さんには」
「……ごめん」
俺は俯いた。
「確かに俺は……奏に対して、優しく出来てない。昔、結局君を救うことが出来なかったんだから」
少しだけ吐きそうな気分だった。
重苦しい雰囲気が、図書室を包み込んだ。
「も、もー。あっくん、冗談。冗談だよ?」
奏の声は明るい。
「まったく。あっくんは。あたし、何度も言ってるじゃん。あっくんには、本当に救ってもらったんだよ? だって、今あたしが生きているのも、今のあたしがいるのも……全部、あっくんのおかげだもん」
「……奏?」
「あっくん。あたしにあっくんがいるように、あっくんにはあたしがいるよ?」
……奏の言葉は、とても甘美な言葉に聞こえた。
一瞬、彼女の甘い言葉に乗っかって、全てを受け入れてしまおうかと思うくらいに。
俺は首を横に振った。
「ごめん。高垣さん。勉強の邪魔をして」
「……うん。本当邪魔」
「……ごめん」
「……」
「ご、ごめん。冗談だよ」
高垣さんはまた泣きそうな顔をしていた。
「奏、これ以上邪魔をしたら悪いから、行こう」
「……うん。あっくんがそういうならいいよ」
「ごゆっくりー」
高垣さんは俺達に弱弱しく手を振っていた。
他の生徒達が騒がしい廊下を、俺達は歩いていた。
隣同士で歩いているわけではない。
奏は、俺の一歩後ろをピッタリと引っ付いて歩いていた。
「あっくん」
「……」
「あっくん」
「……あ、ごめん」
「具合悪い?」
彼女の声は優しい。
「大丈夫だよ」
「保健室行く?」
「大丈夫」
「……あたしね。あっくんの辛そうな顔を見るのが嫌。だから、無理はしないで」
「無理なんて……」
「……あっくん」
俺は背後にいる奏の方へ、振り返った。
「学校、楽しい……?」
奏の瞳は、さっきまでと違い、どこか悲痛そうに揺れていた。
……ここ最近、彼女に対して感じていた不穏さは微塵も感じない。
心から俺のことを心配しているような、そんな瞳だった。
「……学校は楽しむ場所じゃなくて、勉学に励む場所だよ」
「……あっくん。もしかして、なんだけどさ」
奏は一瞬、大層悲痛そうに顔を歪めた。
「あっくんが辛そうなのって、あたしのせい……?」
そして、今にも消え入りそうな声で、俺に尋ねてきた。
彼女と再会を果たして三日目。
今日までの彼女は……かつて、病魔に苦しみ、弱気になってた頃と違い、独特な雰囲気を醸し出す淑女へと成長していた。
弱気な一面を見せることもなく、いつだって微笑み、死線を潜り抜けた末に身に付けた風格は……大物感を漂わせているとさえ感じる程だった。
そんな彼女が再会後、初めて見せた弱み。
『一度死にかけたあたしからしたら、たかだか高校生にいじめられるくらい、なんでもないよ』
あんなことを言っていた奏が見せた初めての弱み。
……まさかそれが、俺絡みのものになるなんて。
「……ごめん」
「やっぱり……そうだよね」
奏は、今にも泣きそうな顔をしていた。
「違う。そうじゃない」
俺の言葉に、奏は顔を上げた。
その顔には……そうじゃないはずないじゃない、と書かれていた。
少し、怖かった。
「……奏、今日の放課後、時間ある?」
俺は尋ねた。
「行きたい場所があるんだ」
彼女を安心させたいと思って、不器用な笑みを顔に張り付けた。
「……君と二人で、行きたい場所があるんだ」




