11.破滅願望のある男
「奏ちゃんに出会って、あたし気付いた。あたしって、狭い世界で生きていたんだなって」
朝のショートホームルームが始まる直前、門倉さんが奏を褒める旨の発言を内輪でしていた。
昨日の朝、少なくても門倉さんは、奏に対してわかりやすい対抗意識を見せていた。
そうでないと、クラスメイトもいる場所で、わざわざ俺を絡めて、彼女を貶めるような発言をする必要はなかったはずだ。
……それが、たった一日でこの変わりよう。
奏の奴、本当に一体、門倉さんに何を吹き込んだんだ……?
「ねえ、奏」
お昼休み、気になった俺は奏に話しかけた。
高校入学後、この教室で誰かに自発的に話しかけるのは初めてのことだった。
「何? あっくん」
「……あの」
「教室であっくんから声をかけてくれるの、初めてだね」
俺はぽかんとした。
それは確かにそうなのだが……どうして彼女は、話の腰を折ってまでそんなことを言ってくるのだろうか。
「うふふ。今日はあっくんから話しかけてくれた記念日だね」
……何言ってんだ、この人?
「奏ちゃん! お昼食べに行こうよー」
「あ、うん」
俺が困惑している内に、奏は門倉さん達に呼ばれてしまった。
「……あっくん」
去り際、奏は俺の耳元で囁いてきた。
「話は後でゆっくりと……二人きりで、ね?」
奏の囁きは、少しだけ煽情的な声色に聞こえた。
とりあえず俺はお昼ご飯を食べた。
しかし、奏が耳元で変なことを言ったためか。思考は上手く巡らなかった。
……こういう時は、雑念を払う意味でも勉強をするに限る。
そう思った俺は、図書室へ足を運んだ。
「お疲れ様」
俺はいつも通り、高垣さんの隣に腰を下ろした。
「ん」
高垣さんは勉強に集中しているのか、生返事を返してきた。
「……」
「……」
しばらく俺達は、騒がしい校舎を意識の外に置きながら、勉強に励んだ。
「……んー」
お昼休み終了十分前くらいに、高垣さんが背中を伸ばした。
……こういう話をするべきか、しないべきか。
高垣さんは自覚はなさそうだが、結構凶悪なものを持っている。
つまり何が言いたいかと言うと、目のやり場に困る。
「……萩原君さ」
俺はシャープペンシルを走らせていた。
「……あなた、一ノ瀬さんと付き合ってるの?」
……シャープペンシルを持つ手に力が入り、芯がポキッと折れた。
「その質問は、昨日門倉さんが奏にしていただろう?」
つまり、答えを聞くまでもなく、高垣さんだって知っているはずなのだ。
「質問に質問で返さないでよ」
「……付き合ってない」
俺はシャープペンシルのノブを二度押した。
「付き合っているように見えないだろ、俺達は」
「……いや、結構見えるけど」
……またシャープペンシルの芯を折ってしまった。
「……はぁ」
「うわ、わかりやすいため息。うざ」
「……君は俺達の一体何を見て、付き合っているだなんて思ったのさ」
「距離感」
「それは昔馴染みの関係だから、当然の話だよ」
「昔馴染みでもあなた達の距離感は近すぎると思うよ」
「あはは。高垣さんは面白いことを言うなぁ」
「……基本的には聡明な癖に、ところどころ抜けてるのよね、この男は」
高垣さんは呆れた様子で頭を抱えていた。
「……まあ、あなた達が付き合っていないことはわかった。本人がそういうのであれば、そうなんでしょ」
「そうなんです」
「でも、一ノ瀬さん。あの子はあなたのこと、どう思っているの?」
「どうって……」
……奏と再会を果たしたのは二日前のことだった。
再会以降、奏との時間は程々に過ごしてきたが……彼女が、俺のことをどう思っているか。
「……感謝、していると言っていた」
数年前、奏は病魔に苦しみ、生死の境をさまよった。
国内ではその病気を治すことは出来ず、彼女は海外に行き、治療に当たった。
……彼女が生きるか死ぬかのギリギリの世界を生きたことは、最早語るまでもない。
そして、その事実は……彼女に激励の言葉を送った俺自身が感じていたことだった。
俺は、かつての無力な自分が恨めしくて、憎くてたまらなかった。
だけど奏は、そんな俺の存在に励まされていた、と言っていた。
だから、命を繋ぎ、再会を果たした時に、俺に感謝の言葉をくれたのだ。
「……良かったね。感謝してもらえて」
「……良くないよ」
だって、何度も言うが……結局俺は励ますことしか出来なかったんだ。
奏のピンチに……何も成すことが出来なかったのだ。
「ストイックなあなたのことは放っておいて、客観的に一ノ瀬さんを見ているとさ。あなたに随分と肩入れしているように見える」
本題はここから、と言いたげに、高垣さんは続けた。
「……昨日の今日での、門倉さんの心変わりの仕方がまさしくそれよ。何あれ。めっちゃ怖いんだけど」
「まあ確かに」
門倉さんの変貌ぶりには、少しだけ面食らう部分もあった。
「……他の子ならともかく、あれだけ気が強い門倉さんがあんなんになるとは。恐ろしい子ね、一ノ瀬さん」
「あはは。まあ、底知れない部分はあるよね」
「えぇ、この人、なんで笑ってられるの?」
高垣さんは引いていた。
「……まあ、あなた破滅願望みたいなのありそうだもんね」
「そんなことは」
「なら、もう少し楽しそうに学校生活を過ごしたらどうなの?」
……似たようなことを奏にも言われたな。
そんなに苦しそうに学校生活を送っているのだろうか、俺は。
「……考えてみるよ」
自覚はない。
だけど、この学校での俺の数少ない友人二人がそういうのなら、少し考えなおした方がいいのだろう。
……ただ、考え直すと言っても、どうやったら学校生活は楽しくなるのだろう?
これまで学校生活を楽しもうと思ったことなんてなかったから……わからない。
「ねえ、高垣さん。学校生活って、どうやって楽しんだらいいの?」
「知らないわよ。あたし、勉強で忙しいし」
「なんて無責任」
「……ちっ。学年一位様は良いわよね。学校生活を楽しもうなんて余裕があって」
「君が楽しめって言ったんじゃん……?」
「あー。あー。知らない知らない。可愛い可愛い幼馴染の一ノ瀬さんに教えてもらったら?」
「あたしのこと呼んだ?」
「ぴぎゃあっ!」
ヌルっと登場してきた奏に、高垣さんは飛び上がった。
「うふふ。あたしのこと呼んだ?」
「あうぅ……」
……高垣さんは、何故か半泣きだった。




