10.友情
図書室でのことはさておいて、どうして奏は我が家でご飯を食べているのか。
そんな当たり前の疑問が頭を過ったが、それを改めて彼女に質問することはしなかった。
思えば幼少期は、どちらかの両親が忙しく家を空ける時には、子供はもう片方の家でご飯を食べることが度々あった。
つまり、奏の両親は、今晩忙しかったのだろう。
「ご飯、美味しい?」
だから、色々と思考を巡らせた結果、俺が奏にした質問は実にシンプルなものになった。
「うんっ!」
「あら、おばさん嬉しいっ!」
元気よく頷いた奏を見て、母はとても嬉しそうにしていた。
二人の幸せそうな姿を見ていると、こっちまで幸せな気分になってくる。
「いやあ、今日はびっくりしちゃったわよ。久しぶりに早く帰ってこれたと思ったら、いきなり家のチャイムが鳴ってね? 応対に出てみたら、奏ちゃんがいるんだもの!」
母は大層嬉しそうに、奏が我が家に来た経緯を教えてくれた。
「なんでも、あなたからの借り物をわざわざ返しに来てくれたみたいよ」
「うぅん?」
はて……?
俺、何か奏に貸してたっけ?
……子供の頃の話だろうか?
「まったく。女の子に紳士的なことは好印象。特に奏ちゃん相手なら一層だけども! 駄目じゃない、敦」
母は怒っていた。
「どうして奏ちゃんが帰国してたこと、教えてくれなかったのよ!」
……至極真っ当な怒りだった。
「あはは。おばさん、色々手続きが遅れちゃって。あっくんと再会したのは、昨日なんです」
「あら」
「だから、あんまりあっくんを責めないでください。……そもそも、昔あれだけお世話になったんだから、あっくん伝いじゃなく、本人が直接挨拶に来るべきだとも思いますし」
「ちょっと敦! 奏ちゃん、知らない間に立派な淑女になってるわよ! 淑女!」
……お前は淑女から程遠いな、母よ。
「でも、本当におばさんのご飯美味しいです」
「ふふっ、嬉しいわ」
「あっくん。だから勉強に勤しむだけじゃなく、ちゃんとご飯も食べるんだよ?」
「……え?」
「昨日、晩ごはん抜いてたでしょ」
……あれ、奏に昨日の晩ごはん食べなかったこと、話してたっけ?
まあ、今朝一緒に登校する時に、何の気なしに話した……のかな?
「敦。あんたまたご飯抜いたの?」
「……ごめん」
母はある時期を境に、我が子の健康状態を大変気にするようになった。
故に、ご飯を抜いたりすると、口うるさく叱ってくる。
こうなると母の説教は長いので、さっさと謝ってしまった方が精神衛生上良いのだ。
ただ今回ばかりは、余計なこと言わないでくれよ、という念を込めて、俺は奏を睨んだ。
「……そ、そんなに見つめないでよ。恥ずかしい」
しかし、奏は俺の睨みなど、どこ吹く風と言った感じだった。
それから俺達は食卓を囲み、雑談交じりに一時間くらいリビングで話をした。
「……じゃあ、俺そろそろ勉強してくるから」
ただ、そろそろ勉強でもするかと思った俺は、おもむろに立ち上がった。
「ちょっと敦、まだ奏ちゃんがいるんだから。勉強なんて後にしなさい」
「おばさん、大丈夫ですよ。気にしないでください」
「でも……」
「あたしもあっくんの部屋で勉強するので」
……ん?
「あたしもあっくんの部屋で勉強するので」
……どうやら聞き間違いではないらしい。
「なんで?」
「あっくん、人に勉強を教えることも、自分の学習につながるみたいだよ」
「ならいいか」
「ちょろっ」
母がうるさい。
「じゃあ、部屋に行こうか」
「うん」
俺達は俺の部屋へ。
「……そういえば、門倉さんとは大丈夫だった?」
部屋に入るや否や、ふと思い出した。
そういえば今日の放課後は、奏は門倉さんと遊んでいたはず。
「大丈夫だったって?」
「……いやその」
気まずそうな雰囲気を漂わせながら、俺は頬を掻いた。
「……今日は、言い過ぎたから」
「言い過ぎたから?」
「渦中の君達の間に、ギスギスした空気が出来てなければいいな、と……」
「……」
奏は黙った。
しばらくぽかんとした表情を見せた後、
「……ふふっ」
奏は微笑んだ。
「あっくん。そこは自分の心配をするべきとこだよ?」
「自分の心配?」
「気の強い門倉さんに反抗して、いじめられたりしないかって」
「……ああ」
俺は納得した。
「別に、俺がクラスで浮いた立場になることは珍しいことじゃないからさ」
今更、以前のような立場になったって、別に構わないというのが本音だった。
「……君も、大概だよね」
奏の呟きの声量は小さく、何を言っているかはわからなかった。
「まあ、門倉さんのことならきっと大丈夫だよ」
「……そっか」
別に、どうなろうが知ったことではなかったが……わざわざこういうことを言う辺り、奏も尽力してくれた、ということなのだろう。
「ありがとう、奏」
だから一応、俺はお礼の言葉を口にした。
「ううん。大丈夫だよ。他でもないあっくんのことだもん」
「……そっか」
「それよりさ、あっくん」
……気のせいか。
奏の声のトーンが、少し落ちた気がした。
「あたし、まだまだクラスメイトのことあんまり知らないから、君に色々教えてほしくてね?」
……クラスメイトのことを教えてほしいなら、俺以外に聞いたほうが話は早そうだが。
「何?」
まあ、わかる範囲で答えよう。
「高垣綾香さんって、どんな人?」
……奏の問いに、俺は返事が出来なかった。
図書室に行っていたことを知っていたり、今日、この場でその図書室で一緒にいた人のことを突然尋ねてみたり……。
……考えすぎなのだろうか?
奏との勉強会は、一時間程で終了した。
奏を駅まで見送って、家に帰った後は、どうしてか中々眠りにつけなかった。
……気にしすぎなだけだと思うのだが、視線を感じる気がするのだ。
「あっくん、おはよ」
翌朝、駅で奏と遭遇した。
「奇遇だね」
「そうだね」
俺達は電車に乗り込み、学校へ。
数十分の間電車に揺られて、通学路を歩き、教室。
「……あ!」
教室の扉を開けた途端、室内からはパタパタとこちらに駆け寄る足音が聞こえてきた。
「奏ちゃん! おはよう!」
俺の隣にいた奏に抱きついたのは……。
「あはは。おはよう。……門倉さん」
昨日、奏と一触即発寸前だった門倉さんだった。
「……えへへ、昨日は楽しかったね」
「うん。そうだね」
「……また、遊んでくれる?」
「勿論だよ、門倉さん」
……奏の奴、放課後の数時間で、一体どうやってここまで?
「門倉さん、あっくんへの挨拶は?」
背筋が凍った気がした。
「……お、おはよ。萩原君」
昨日とは打って代わって照れ臭そうにこちらに挨拶する門倉さんを見て、俺は一歩後ずさった。
「……門倉さん」
奏の声が冷たい。
「あっくん、怖がってるじゃん」
「ごめんっ。ごめんね、萩原君……っ」
必死にこちらに謝罪してくる門倉さんの姿は、もう昨日までの彼女とは違っていた。
「……大丈夫。怖がってないから。気にしないで」
「本当? 良かった……」
安堵する門倉さんに対して……。
「……本当、良かったね。門倉さん」
奏の薄く笑った顔が、しばらくの間、俺の脳裏にこびりついた。
三章終了です
ポンコツヤンデレヒロインどこいった
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