図書館で調べもの
あいつには近づかないようにしよう。
そう決めたが、当然というか、予想通りルーカスから手紙の嵐。
それをいつも通りスルー。
……すれば家に押しかけてくる。
それも無視すれば、外で何時間も待ち、終いには家の前で騎士達に混じって野宿まで始める始末だ。
何を考えてるんだあいつは。
騎士達に混じって晩飯を食っている。
身分が高いと聞いていたのに、野宿することに抵抗はないのか?
「ね、ねえ、ミリア……さすがに会ってあげた方が良いんじゃ……」
「カルモは黙ってろ!!」
「ヒャイッ!!」
変態野郎め……。
あんたに構ってるほど暇じゃないんだよ。
あたしはこの世界のことを調べに、アルテーン国立図書館に向かった。もちろんルーカス達を撒くために裏口から出発した。この感覚は学校を抜け出す時のハラハラ感と似ている。
兄に手配してもらった馬車に乗り込む。今日のために護衛を二人用意してもらった。フィオナは行きたいと最後までぐずっていたが、図書館で静かにできなさそうだから置いてきた。ルーシィは静かにしていそうだが、調べ物を見られて突っ込まれると困る。抜け目のない女だからな、ルーシィは。
生まれて初めて馬車というものに乗ったが、快適ではなかった。
腰が痛い。でも本物の馬が見れたから悪くはない。
馬車から降りたあたしは、待たせるのが嫌で、馬車と護衛を一度家に帰すことにした。護衛に渋られたが、一日も外で待たせておくわけにはいかない。この暑い中、熱中症にでもなられたら困る。強制的に帰還させ、あたしは図書館に足を踏み入れた。
アルテーン国立図書館は、日本の図書館とは違い、豪華で表現できないけどすっごくデカかった。もう図書館ではなくて、一泊5万とかする高級ホテルのフロント並みだ。
ミリアはどうやら本好きだったらしく、毎週のようにここに通っていたそうだ。マイ会員証まで持っていた。ブラックカードみたいなやつ。だからか、受付の綺麗なお姉さんに「お久しぶりですミリア様」と声を掛けられて焦った。
ここには国中の本が揃っていて、持ち出し禁止の本もあるから、貴族しか利用できないようになっているらしい。本が好きな貴族は護衛やメイドを外に待たせて、個室のソファーで優雅に茶を飲みながら読書している奴もいた。
反して、図書館に直接来ない貴族はメイドに本を借りさせているようだった。
あたしがメイドじゃないのがせめてもの救いだな。もし貴族の偉そうにしている奴に仕えることになったら、「本ぐらい自分で借りてこいヤァ!」って言ってしまうな。確定事項で。
だからあたしのメイドにはそんな命令はしない。わがままは言ってるけど……それはしょうがない。まだ高校生だからな。
それにしても、この世界の文字が読めるのは助かるが、この分厚い本一冊を読み切れる自信はない。パラパラと気になる題名の本を手にとって重要そうな部分だけを目に通す作戦でいく。
けれど、得られる情報は大体兄に聞いていたものと変わらない。もちろん「性格が変わった人」「ある日魂が入れ替わった!」という記録はなかった。
その代わりに、「これであなたも立派なレディー! 赤ん坊から出来るマナーの基本!!」なんて異様にテンションの高い本もあった。こんなの誰が見るんだ?と思ったが、帯を見ると、”累計500万部!!”と書かれていた。
あたしの頭の中にハテナが浮かんだ。
つまり読んでない奴の方が稀ってことか?
赤ん坊からマナーを教えるなんて意味がわからん。貴族社会は思ったより闇深いところだ。あたしは一瞬、興味に負けて借りようか迷ったが、洗脳されそうだったので無言で棚に戻した。
本をできる限り手に取り、日本や、東京を探した。だが、そういった記述や言葉は一切見当たらなかった。
一日かけて追加で得られた情報といえば……この世界では貴族の子は、生まれた時から貴族社会の階級決まっていて、何か問題を起こしたら爵位剥奪。つまり、平民落ちになり生活能力が無いばかりに、家族全員が野垂れ死んだ例も過去にはあったらしい。
だからこそ、目上の人に睨まれないように正しい振る舞いを身につけて、社交界を渡り歩くのが貴族社会で生き残る道なのだと。そう長々と、説教臭く書いてあった。
それが生まれてすぐ、マナーを学ばせる理由か。
くだらない。それが事実なら、この世界に来た日からあたしはとっくに平民落ちしている。
まあ平民落ちしたところで、生活はできると思う。
だが、いちごタルトが食べられなくなるのは死活問題だ。
帰り道。あたしは馬車で揺られながら思った。
……ここで生きていくしか選択肢は無いんだろうと。
でも、元の世界を探すことを諦めたわけではない。
まだ探していない本棚もあるし、ミリアのように通い詰めてお姉さんと仲良くなるとしよう。
あたしが知らないだけで、ここと日本は意外と近くに位置しているかもしれないし。希望は捨てないでおこう。この姿のまま会ったとしても、あいつらならあたしだと気付いてくれる……はず。
自分の屋敷が見えてきた。
夕日が半分沈みかけている。あたしの家の前にいる人影が、こちらに向かって手を振っているのが見えた。
ルーカスだ。
最悪。
こいつが待ち構えているかもしれないと想定するのを忘れて、正門から堂々と馬車に乗って帰ってきてしまった。
「ミリア嬢ーー!! いまお帰りですか? この近くに最近盗賊の”赤鴉”《あかがらす》なるものが、貴族を狙って襲撃していると聞きました。私をお側に置いて頂けましたら、命に代えてミリア嬢をお守りします」
「けっ、守らなくて結構。そんなダッサい名前の奴に負けるわけないし」
そう頬杖をつきながら、言い放つ。
ルーカスはキラキラした瞳であたしを見ている。
この瞳には見覚えがある。
あたしに憧れているやつはこんな瞳をする。
こいつはあたしをそう見てるってことだ。
この前のことも、あたしに会いに来てるのだって、そういう憧れからだろう。
そうと分かれば、扱いは簡単だ。
「いいか、あたしの領域に踏み込んでくるな。家の前で待ち伏せするのもやめろ。何かあったらこっちから呼ぶ。分かったな?」
「はっ、はい!!」
勢いよく返事をしたルーカスは、護衛達を引き連れて撤収していった。これで厄介者は追い払ったぞ。さすがあたし。




