婚約者は変態
「ミリアっ、その……ドレスはちゃんとしたの着てよ。ルーシィ、頼んだ」
「はい、お任せください」
ルーシィはミリアの専属メイド二人目だ。
完璧主義で、28歳と若いがメイド長に上り詰めるのも時間の問題だと噂されている。吊り目美人でフィオナと対照的にしっかりとした雰囲気を漂わせている。
だが、少し……いや、だいぶ強引だったりする。
「これで十分だって……いやだ!! あんなフリフリ凶器は着ないぞ!!」
あたしは今着ている風通しのいい楽なワンピースの裾を握りしめ、精一杯の抵抗をする。これにも元々フリルや装飾品が付いていたが、余分な部分はハサミでカットしたり、縫い直してカスタマイズしたのだ。これは誰にも言っていないあたしの趣味だ。
「ミリア様、明日のいちごタルトは食べたくないんですか?」
「うぅ……」
コイツ、人の弱みを握りやがって。
「さぁ、急ぎましょう」
そのままルーシィの着せ替え人形となったあたしは、またしても窮屈なコルセットと格式ばったドレスを着させられた。身支度が完了したので、客室の前に向かう。
「ミリア様、くれぐれもお淑やかさを心掛けてください」
ルーシィは痛いところを突いてくる。令嬢のマナーというものを学んでみたが、壊滅的らしい。当たり前だ。あたしは礼儀なんて初めて教わったんだからな。
ノックをした後、ガチャリと扉を開けると、兄とルーカスがソファーに座っていた。周りには護衛が五人。あたしを睨み、殺気を放ってくる。まあ、前回ルーカスを殴ったわけだし警戒するのも当然だよな。
「待たせた」
あたしがそう言うと、兄が口パクで「口調! 口調!」と訴えかけているが、知らん。
ルーカスは前回より服装が派手になった気がする。前髪を上げて、オールバックに整えている。あたしはどかっと空いてる方のソファーに腰掛け、足を組んだ。
「それで? 何の用だ」
護衛が剣に手を置き、すぐに戦闘態勢に移れるようにしているのが目に入った。重苦しい空気の中、ルーカスはゆっくりと立ち上がり、あたしの真正面に立った。
お互いの視線がぶつかる。
あたしはルーカスに遠慮なくガンを飛ばす。
そいつの背中越しに兄が真っ青な顔で腕をバツ印にしているが、見えないフリをした。
すると、ルーカスはすっと跪き、あたしの手を取った。
「ーーミリア・ヴァルディス男爵令嬢、これまでの無礼をお許しください。」
そう言ってあたしの手の甲にそっとキスをした。
「「「……は?」」」
その場の奴らは目玉が飛び出るくらい驚いている。かくいうあたしが、一番この状況の処理に追いついていない。
いっ……今っ……こいつ、あたしの、手を……!?
「おっお前っ!!! ふざけんなぁぁーーー!!!!」
バッチィィイン!!!!
あの時よりも凄まじい平手打ちをぶち込んだ。ルーカスの護衛は剣を鞘から引き抜き、あたしを取り囲み、一斉に刃を向けた。
けれど、頬を抑えたルーカスが手を挙げ、騎士達を制した。
「……やめろ、剣をしまえ」
こいつ、あんときはぶっ倒れたくせに。
「お前っ!! よっ、よくもあたしにっ、あんな……!」
真っ赤になって息を荒げながら叫ぶあたしを、ルーカスはクスクスと笑った。
「失礼しました。ミリア嬢がこんなに純粋だとは知りませんでした……でも、それもまたいい」
は? こいつ最後なんて言った?
「私はあなたのその凛々しさ、他の令嬢にはない強さに惹かれました。誰かに諌められたのなんて初めてだったのです。どうか、私のことを嫌いにならないでください」
「はあ? お前なに言って……」
「今日はここまでにしておきましょう。ですが、次は覚悟しておいてくださいね」
赤く腫れた顔でウインクしながら、ルーカスは騎士たちと立ち去っていった。
「み、ミリア? 一体どうなって……でも、婚約破棄は免れたってことだよね! しかもこんな野蛮なのがいいって……」
あたしは近くのソファーを殴りつけ、行き場のないイライラをぶつけた。
なんだあれは……殴られてニヤニヤするって。
変態か? 変態だったのか?




