あんただれ?
「……ぅ……ん」
うっすら目を開けるとピンクの枕が目に映った。もぞもぞ動くと、ふかふかの感触が肌を撫でた。
気持ちいい……ベッドだ。でもあたしん家は敷布団なのに……。
一瞬そう思ったが、意識がはっきりするにつれ違和感が増していく。あたしが寝転がっていたベッドには、テレビでしか見たことがない天蓋が付いていた。しかも、レースまで垂れている。
いやいやいや、ちょっと待て。
「……なんじゃこりゃあ!!!?」
跳ね起きたあたしの胸元に、ふわりとフリルが広がった。薄いスケスケの下着みたいな布。しかもピンク。あたしの人生でこんなもの着たことがない。
「無理だ、無理だ、無理だぁあ!! なんだこれは、こんなもん着てられっかぁ!!」
布団を蹴り飛ばし、部屋の中を探し回る。
タンス、クローゼット、棚……どこだ! あたしの特攻服はどこだぁぁぁ!!
「きゃっ、お、お嬢様!? なにを……!!?」
部屋に入ってきたメイドが小さな悲鳴を上げた。
なんでメイドがいるか知らんが、こっちは命がかかってんだ。こんな羞恥心丸出しの服なんて一秒たりとも着てられるか!
「おい、メイド。あたしの特攻服はどこだ!?」
「とっ……とっこう……?」
メイドが真っ青になって怯えている。すると、ドタバタと騒がしい足音がこっちに向かってきた。
「なっ、なんの騒ぎ!!?」
「カルモ様〜〜!! ミリア様が!! よく分からないことをおっしゃって!」
カルモと呼ばれた男はあたしを見るなり、何故か安堵したように顔を綻ばせた。瞳を潤ませ、今にも泣き出しそうだ。そいつが着ている青いジャケットには控えめな金糸の装飾が施されている。
奇妙な空気と東京ではまず見かけない服装を前にして、あたしは自分が何を探していたのかさえ、すっかり忘れていた。男は周囲に散乱していた服に目を向けたあと、あたしの肩を両手で掴んだ。
急に真剣な顔になり口を開く。
「混乱するのも分かるけど、落ち着いて。ミリアは病み上がりなんだから」
「病み上がり……?」
「毒を……飲んだみたいでね。生死の境を彷徨って二日間も目覚めなかったんだよ」
生死の境……死にかけたってことか……?
そうだよ、なんであたし生きて動けてんだ?
「確か……電車に轢かれて……」
そう呟くと、男は不思議そうに首を傾げた。
「でんしゃ? ってなに?」
「……は?」
なんでそんなことも知らねんだ、と叫びそうになったが頭に鋭い痛みが走る。
「心配しなくていいよ。その時担当していたシェフは最近雇った人で、あの後すぐに解雇したから……ミリア?」
「……っ」
ミリアって、誰だよ……。
鈍器で頭を殴られたような痛みに、思わず一歩後ずさった。
「……っ、ふざけ……」
視界が歪み、男の慌てた顔が二重に見えた。
そして、あの時と同じように目の前から光が消えた。
『……――っ』
誰かの……声が聞こえる。
『ルーカス様、あの……』
『触れるな。お前は婚約者だが、お飾りだ。本気で愛することはない。ウジウジするな、鬱陶しい』
『そんな……ひどい……』
ルーカスが去った後、少女はその場で静かに涙を流していた。だが部屋で一人になると悲しみに耐えきれず、声を上げて泣き喚いた。
コンコンとノックの音が響き、ドアが開いた。顔を覗かせた男はさっきあたしをミリアと言った奴だ。
『ミリア、食事の時間だよ。何かあった?』
『お兄様……何でもありません。もうすぐ行きますので……』
『……そう、待ってるね』
ミリアと呼ばれた少女は青い瞳から流れる涙を拭い、ドレッサーの引き出しから小瓶のような物を取り出した。
食卓にミリアが姿を見せると、兄は待っていたかのように椅子を引き、嬉しそうに彼女を座らせた。ふたりしかいない食卓は寂しく感じられた。兄が笑顔で話題を振っているが、ミリアは俯いたまま何も答えない。
黒いスーツを着た中年男性に呼ばれて兄が少し席を外した隙に、ミリアは周囲を見渡して、誰も見ていないことを確認しているようだった。そして、隠していた小瓶を取り出し、自分の前に用意されていたスープに何滴か入れた。
ミリアはそれを虚な目で眺め、呪文のように言葉を繰り返した。
『ルーカス様は、私を見てくれない……それなら、私は……』
彼女は震える手でスープの皿を持ち、一気に口に流し込んだ。
「おいっ!! やめっ――――!!」
*
はっと目を開けると、天井に向かって無意識に伸ばしていた自分の掌が視界に入った。
どうやら、さっきと同じ場所のようだ。
この部屋、この服。
夢の中の少女、ミリアが着ていたものと一緒だ。
あたしは起き上がり、ドレッサーの鏡を恐る恐る覗き込んだ。
そこに写っているのは……間違いない。
夢の中の少女――ミリアだ。
「嘘だろ……あたしは、清水亜耶だぞ、こんなことって……」
顔の角度を変えてみたり、変顔をしてみるが、その顔さえも可愛い。あたしの顔とは似ても似つかない。金髪だった髪は、ブリーチなんかしたこともないような艶のある黒髪に変わっている。大きくて青い瞳はフランス人形のように綺麗だ。
「あたしが、この女になった? いや、そんなことあるわけ……」
じゃあこれは一体、なんなんだ。
改めて広い部屋を見渡すと、家具や壁紙もピンクと白を基調とした少女趣味全開の女の子らしいデザインだった。
「くそっ、あたしにこんなもん似合うかっての」
趣味の悪い服を乱暴に脱ぎ捨て、ベッドに身を投げ出した。考えるのを放棄したあたしは分厚い毛布に包まった。
「はぁ、頭痛くなってきた……」
窓から入る涼しい風。どこからか鳥の囀りが聞こえ、暫くすると自然と瞼が重くなってきた。もう少しで夢の中に辿り着く。
そんな幸せな気分になってきた矢先――。
「ミリア様ーーーー!!!!!」
甲高い声が屋敷中に響き渡り、扉が壊れるんじゃないかと思うような勢いで開かれた。
「ルーカス様がいらっしゃいましたあ!!!」




