事故
「姉御! 今日もゲーセン行きましょー!」
あたしの後ろを雛鳥みたいにくっついてくる相馬。一学年下のこいつは、どうやらあたしに憧れているらしく、いつもこんな調子だ。ピアスを自分で開けるタイプの人間でもある。あたしは病院で開けてもらったが、あの時は痛すぎてもう開けないと誓った。
「あー、でもゲーセンにたむろってる奴ら、うるさくないっすか? 姉御、さくっとぶっ飛ばしちゃってくださいよ!」
「はあ? なんであたしが……」
「何言ってるんっすか! 姉御は伝説のヤンキー”東京の鬼姫”じゃないっすか!」
興奮した声を上げながら、相馬は胸を張った。
「頭は……まあ、よくはないっすけど! でも腕っぷしと面倒見の良さは東京一っす! ヤンキー五十人相手にたった一人で! しかも武器なしっすよ!? 伝説っす!」
相馬が武勇伝のように語っているのは、仲間が拉致されたと聞いて助けに行った時のことだ。
鬼の形相で乗り込んだあたしを見て、下っ端どもは逃げ出し、残った奴らは背負い投げとパンチだけで片付けた。まあ、空手をやってたのが素手で済んだ理由だろう。
あれ以来、ただの女子高生だったあたしには「鬼姫」という変な通り名がついてしまった。
しかも、相馬がせっせと「鬼姫」と背中に書かれた特攻服を仲間全員に作りやがったせいで、ここら一帯ではすっかり有名になってしまった。白地で羽織るタイプだから、意外と今風で格好いい。着心地もゆったりしていて楽だし、文句を言いながらも結局は愛用している。
「あんときは、お前らが連れ去られたんだから、当たり前だろ」
「あ、姉御おおぉ!!! 男らしいっす!!」
「こらこら、亜耶を困らせんなよ」
みんなの兄貴分である悟が、相馬の首根っこを掴み、あたしに飛びつこうとするのを制した。ヤンキーのくせに髪を染めたことが無いらしい。呼び出されるのが嫌だからって言ってたけど、結局イケメンはどんな髪色でも女子にチヤホヤされる、ということが判明した。
「ったく、お前もこんなに好かれやがって。この調子で何人連れてきたんだか」
後ろを振り返ると、ぞろぞろとあたし達の仲間がついてきている。いつの間に、こんな大所帯になったのだろうか。あたしだってチームに入れる奴はちゃんと選んでいるつもりだ。もっとも、あたしみたいに親に捨てられたやつらが多すぎるだけなんだけど。
「最初は俺と亜耶だけだったのに。誰かさんが目立ったおかげでチームは拡大するし……まあ、ここにいるやつらは、みんなお前に憧れてる奴ばっかりだからしょうがないけど」
「あたしはただ、こいつらを……いや、あたしの居場所を守りたかっただけだ」
居場所があるおかげで、あたしの日常はそれなりに充実していた。この先も仲間と一緒に過ごしたい。この生活を邪魔する奴がいたら、鬼姫の名にかけてぶっ飛ばしてやる。そう思っていた。
ーーこの日までは。
* * *
『2番ホームに電車が参ります。黄色の線までお下がりください〜』
お決まりの車内アナウンスが流れる。
なんだあいつ。ふらふらした足取りで黄色の線からはみ出そうだな。ちゃんとルール守れよ、とメガネをかけた男をガン見した。
酔ってるのか?
でも同じ学生みたいだし。
それに、あいつの顔どっかで見たことがあるような……。
「姉御、なにぼーとしてんっすか! もうすぐ電車来るっすよ!」
「あ、あぁ、そうみたいだな……」
相馬に声を掛けられ、あたしは少しだけメガネの男から視線を外した。
その瞬間。
男の体が線路に吸い込まれるように落ちていくのが、スローモーションのように目の端に映った。
「っ……おい!!!」
あたしは反射的に線路に飛び込んだ。すぐにメガネに駆けつけ、肩を揺さぶるが反応がない。体を起こした時、指先から生温かい感触が伝わった。見下ろすとあたしの手は赤く染まっている。メガネは頭から血を垂らしていた。
「姉御!! 何してんっすか!! 早く上がってきてください!!!」
「亜耶……っ!! 早く!!!」
「きゃあっ! 嘘!! 人が線路に!!」
近くにいた女性の悲鳴がホームに響いた。続々と人が集まってきて、口々に青年に大声で呼びかけるが、やはり応答はない。このままではメガネは轢かれてしまう。
「やばい……電車が来るぞ!!」
「おいっ! 駅員はまだか!!」
電車の前照灯がトンネルの奥で黄色く光っているのが見えた。
「間に合わない……」
そう悟ったあたしは、メガネの腕を自分の首に回した。
「ちょっ……! 姉御!!」
うるさい。こんな風に見殺しにできるわけない。
そいつをずるずると引きずって、上にいる大人達にメガネを引っ張ってもらった。そしてあたしは、悟と相馬の手を強く握った。電車がホームに差し掛かり、大きな音が鳴った。
二人はあたしを引き上げながら、ほっとした笑みを浮かべた。
大丈夫だ。この距離なら間一髪、助かる!
――はずだったのに。
「姉御ぉぉお!!!」
「亜耶っ!!!」
クラクションが鳴り響き、何かにぶつかる衝撃と、鉄の匂いがした。
何も・・・見えない。




