第1話 成功裏に語られる惨劇
青い空。白い雲。見渡す限りの大草原。
まるで北海道かヨーロッパのような光景に、ぽつんと佇む男がひとり。
「どこだ……ここ……?」
見覚えのない場所に、男は戸惑っていた。
◇
「「うわああああっ!」」
多くの悲鳴がこだまする。
その日、ミートピアの街はオークの大群に襲われた。
「逃げろ! 逃げるんだァーッ!」
「兄さん! 兄さァーん!」
ケンタウロスの5人兄弟、その末弟オドンは、兄弟の中で最も足が遅かった。
それは、ケンタウロスとしての血筋の違いによるもの。圧倒的な体格の差によるものだ。体高――馬の部分の「背中」までの高さ――が、兄たちは170cm以上であるのに対して、オドンは100cmに届かない。オドンの祖霊はミニチュアホースなのだ。
「ぎゃあああああっ!」
「ぐあああああっ!」
「げえええええっ!」
次兄イドンが。
三兄ウドンが。
四兄エドンが。
7mの巨躯を誇るオーク王に次々と捕まり、果実のようにマルカジリにされていく。
「おのれ! よくも我が弟たちを!
我が祖霊シャイアーよ! 我に力を与え給え!」
長兄アドンが祖霊を起こし、体高2mの巨体がさらに大きく膨れ上がる。
この状態から槍を構えて全力疾走の突撃を繰り出せば、その威力は城門をも貫通するだろう。
だが、アドンがまさに駆け出そうとしたその時、オーガ王に恐るべき変化が起きた。
「グオオオオオオオオオオ!」
吠えるオーガ王。
その巨体が、さらに一回り大きくなった。
まるで祖霊の覚醒。だがオークに祖霊は存在しない。
ならば何が起きたか?
「そ……存在進化……!? オーク皇帝になったのかッ……!」
それは、ただのオーク皇帝ではなかった。
自力で進化したという事実。
多くの経験を積んできたその個体は、オークエンペラーと呼ばれる。
生まれつきのオーク皇帝とは一線を画す実力者だ。
絶望が、アドンとオドンを見据えて、歩き出した。
「あ……! あ……!」
オドンは足がすくんで動けなかった。
ただでさえ巨大な敵が。
ただでさえ絶望的な強敵が。
さらに強く。
さらに大きく。
まるで、触れれば切断されるレーザーを必死こいて避け続けたら、最後の最後で逃げ場のない格子状になって迫ってきたような、こんなもんどうしろってんだと神を呪いたくなる無力感だ。
「そ……それがどうしたッ!
我が必殺の一撃を受けてみよッ! 食らえ! ギャロップチャージ!」
アドンが走り出す。
矢のように遠ざかる長兄の背中を、オドンはまるでスローモーションのように見送っていた。
あれほど雄大で、あれほど頼もしいはずの兄が、その背中が、オークエンペラーの前では、紙のように頼りなく見えてしまう。
「グオオオオオ!」
威嚇するように吠えて、オークエンペラーが腕を振り上げる。
まっすぐ向かっていくアドンの槍を、横からひっぱたいて反らしてしまおうという構えだ。
アドンの技は突撃。ゆえにオークエンペラーの反応は極めて有効なものだ。だからこそ、だからといってオークエンペラーの迎撃を「避けて突く」などという器用なことはできない。それでは威力が半減してしまい、オークエンペラーの巨体を貫けないだろう。
「させるかァァァーッ!」
「うおおおおっ!」
「間に合ええええッ!」
ドワーフの兄弟が。
エルフの兄弟が。
人間の兄弟が。
アドンの突撃を邪魔させまいと、オークエンペラーに捨て身で飛びかかる。
「グオオオオオ!」
オークエンペラーは腕を振り下ろした。
飛びかかったドワーフやエルフや人間の兄弟たちに。
「「ぎゃあああっ!」」
いずれもAランク目前の冒険者であるはずの彼らは、たった一撃で、まとめて砕かれ、潰され、吹き飛ばされてしまった。
「隙ありィィィィ!」
アドンが、その腕に満身の力を込めて突き進む。
槍よ届け、と駆け抜けた先に――オークエンペラーは攻撃動作を終えた直後の隙だらけだ。
ドンッ!
全体重を乗せたアドンの一撃は、オークエンペラーの脇腹に深々と突き刺さった。
あまりの威力に、反動で槍がひしゃげている。
「やった――!」
見たか、我らの底意地を。
彼らの犠牲を無駄にはしない。
弟たちよ、兄の槍はこの恐るべき敵に届いたぞ。
「グオオオオオ!」
直後、横から飛んできたオークエンペラーの裏拳に――
「ぶべらっ!?」
アドンは一瞬で絶命させられた。
割れた花瓶のように、中身をぶちまけながらアドンの体が横たわる。
「……兄さん……?」
倒れたアドンはピクリとも動かない。
動けるはずもない。
オドンは、我が目を疑った。
嘘だ。
そんなはずがない。
あの長兄が。
「グオオオオオ!」
オークエンペラーが吠える。
勝鬨をあげるようにして。
呼応したオークの大群が、動き出した。
周りを見れば、もはや立っているのはほんの数人。
この防衛戦に駆けつけた領地軍も、冒険者たちも、瓦礫に埋もれ、血の海に沈んでいた。
「う……うわあああああ!」
「嘘だあああああ!」
「兄さあああああん!」
「冗談じゃねェェェ!」
狂乱し、駆け出すオドン。
ドワーフの末弟ゴンツも。
エルフの末弟ローフも。
人間の末弟モリーも。
もはや勝つとか負けるとか、そんな事は頭の片隅にもなく。
ただただ駆け出し、兄たちを奪ったオークエンペラーへと突き進む。
まるで、その身を裂けば兄たちを腹の中から救い出せると幻想するように。
「グオオオオオ!」
オークエンペラーが両腕を広げた。
かかってこいと言わんばかりに。
だが、アドンたちが命を賭して加えた一撃は――
「グ……ッ!?」
ズキリと痛んで、オークエンペラーは広げた腕の片方を、刺された脇腹へ押し当てた。
この槍が邪魔だ。
「グ……! グオ……?」
引き抜かねば、と掴んだ槍が、動かない。
刺さったままの槍が、抜けない。
まるで根を張ったように、引き抜こうとしても、びくともしない。
「……グ……」
一抹の恐怖が、オークエンペラーの脳裏によぎった。
もしや、呪われたのか?
付けた傷が決して治らず、流れる血が止まることはない――そんな呪いが、たしか、あったような……。
「グオオオ……!」
撤退だ。
どうせこの街には、もう用はない。
群の腹を満たそうとしたのに、大きく数が減ってしまった。
腹を満たすほどの餌も、もう残っていない。
生き残った精鋭を連れて、また群を増やさねば。
「ああああああ!」
「畜生! 畜生めええええ!」
「逃げるなああああ!」
「ふざけんなああああ!」
圧倒的な体格の差ゆえ、彼らの足では追いつけない。
同じ「1歩」の幅が、あまりにも違いすぎる。
巨躯を誇るオークエンペラーと精鋭たちの後ろ姿が、徐々に小さくなっていった。
ハンバーゲスト・フロム・ミートピア伯爵――領地軍、生存者なし。
冒険者ギルド・ミートピア伯爵領内各支部――冒険者、数百名死亡。
ミートピア伯爵領・領都ミートピア――民間人、死者ゼロ。
オーク各種の討伐数――総数9624体。
のちに「迅速な避難が功を奏した」「オーク帝国を壊滅せしめた」と成功裏に語られる惨劇は、こうして幕を閉じた。
◇
「どこだ……ここ……?」
青い空。白い雲。見渡す限りの大草原。
見覚えのない場所に、俺は戸惑っていた。
そこへ――
「グオオオオオ!」
突如聞こえる野太い咆哮。
何かが来る。
それは直感というより、確信だった。
まるでゲーム画面のミニマップに現れた敵反応を見るように、はっきりと「確実だ」と分かる。
そして、その感覚をなぞるように、間もなく豚の怪物の大群が現れた。
「な、なんじゃありゃあ……!?」
驚くと同時に、その現実離れした光景が、遊んでいたゲームを思わせた。
何年も遊んできたゲームの知識と経験が、この場合ならばと対処法を瞬時に思い浮かばせる。
すると、体が勝手に動いた。
見覚えのあるエフェクトがいくつも広がり、見慣れた効果がありえないほど生々しく描写されていく。
「どこのスプラッター映画だよ!」
7mもあろうかという巨大オークたちが、俺のスキルの前にあっさりと沈黙していく。
わかった。
もう十分だ。
そういう事なんだろう。
「ゲームの能力が現実に使える世界だ……!」
そしてこの姿、この能力は。
俺が使ってきたアバター「椿」のもの。
そう、つまり――今から椿の冒険が始まるってわけだ。




