菜摘未の用件2
「これはこの前の伏見の船着き場で見かけたものですね。中々見事な出来映えで、これは値が張るでしょう」
矢張りこの前に菜摘未さんが言ったように小谷の眼に泊まっていたのだ。だが彼が取り上げなかったのは、菜摘未の指摘通り、ぐい呑よりお姉さんに気持ちが移っていたんだ。
「これをどうするつもりなんですか」と小谷は返した。
菜摘未さんの指摘であの時に呑んでいた酒の景品に、これを限定百本の酒に付けて販売促進キャンペーンをする。その相談に境田は伺った。
「なるほど百本完売した後を、またこの器で呑んでもらえるかが此の景品の掴み所でしょうね」
尻すぼみになれば景品代が、そのまま赤字になってしまう。問題はあの酒の旨みと、値ごろ感の釣り合い、此の一点に絞られる。小谷は酒の販売価格の値下げを要求したが、境田は仕入価格の値上げを要求した。二人はどうもそこが落とし所と視た。先ずは此の景品の製造コストを小谷は訊ねた。
「それは、これからで、今は仕入れ値を詰めるところですが……」
「それって、あの器を製作する先方とは菜摘未が請け負うのですか?」
「多分そうでしょう」
「あの人では無理だッ、千夏さんに任せた方が良い」
どっちにせよ、その切り子細工の値段が決まってから、酒の販売価格を決めたい。とこの日の話は一段落した。そこで小谷は、この件で菜摘未の真意を探るべく、境田を昼食に誘った。
境田も同意どころか、話し合う余地が十分あると考えていた。菜摘未が此の話の交渉相手に、なぜ小谷なのか、腑に落ちないようだ。それゆえ仕事から少し離れて、彼女に付いての情報を得たい。境田としては、半年後に会いに行ったのは、菜摘未に会いたい一心だが、見事に門前払いを喰った。あの時に彼女はなぜこのぐい呑みを追っかけてまで渡したか。小谷との橋渡し役なら、網を張って待ち受けていた蜘蛛の巣に引っ掛かったのでは、とあの変身ぶりに境田は疑問が湧いた。




