菜摘未の用件1
小谷はいつものようにディスカウントショップに出社して、開店の準備と商品の売れ行き状況を見て回った。そこへ事務所から小谷さんに、十和瀬酒造から商品企画についての相談に来ている、と告げられて事務所に戻った。
向こうから来るなんて珍しい、一体何の相談だ。商品は例の高級酒だろうか、とすれば量産化のめどが立ったのか。とにかく向こうから来るのは異例だった。大きな建物の奥に、こぢんまりと併設された事務所は、商談向きには作られていない。店員の休憩と、おもに店内の万引き者の取り調べ用で、主な商談は直接本社でやっていた。そう言う慣例を無視したのかは知らないのか、しかし十和瀬酒造に限ってそれはないだろうと事務所に入った。
長机と事務机がある一画の端の窓辺に、応接三点セットが一応用意してある。来客はこちらを背にして座っていた。小谷は反対の窓側に廻って驚いた。十和瀬酒造の者でない、しかも此の前会ったばかりの境田が座っていた。何で此の男が居るんだ、と訝しげに座った。
「よく私がここに居ると分かりましたね」
「菜摘未さんに伺いました」
ハア? どう言うこっちゃ。驚かれるのも無理も無いと前置きして。菜摘未から依頼された要件を淡々と語った。
「それは十和瀬酒造の意向でなく菜摘未の単なる思いつきですか」
単なる思いつきでなく、入念に試行錯誤を繰り返した後に、辿り着いた案件だと述べた。立場は違っても、お互いに菜摘未の人となりを知る者同士だ。境田の口上にどこまでが真実か、おそらく云った本人も、歯が浮いたのではないかと思った。まあ商談としてやって来たのなら粗末には扱えない。
「何で十和瀬酒造の者でない境田さんが菜摘未にどう頼まれたのか知りませんがやって来られたのですか?」
聞かずとも大体の察しが付いたが、ここは形ばかりの質問で、菜摘未の真意を知るのが先決だ。
「どうしても菜摘未さんが、あなたに相談しろと言われました」
「それでどう言うご相談ですか」
実は、と手元に置いた紙袋から、境田は小さい箱を取り出し、中の切り子細工のぐい呑みを渡した。




