菜摘未の呼び出し1
龍馬通り商店街は、この船着き場から百メートルも離れていないが、寺田屋旅館に近くて静かで当時の風情が残り、石畳の情緒在る商店街だ。四条河原町の繁華街にはない個性が溢れる若者の賑わう通りだ。
境田は店で会った剣呑な菜摘未より、後から追いついて無表情ながら、ぐい呑みを渡してくれた菜摘未に期待した。いつもは賑わうが、矢張り十二月半ばになると、人通りは少なく落ち付いてくる。龍馬通り商店街を闊歩する連中は、買う物を決めないで此の雰囲気に合わせて歩く。あくせくしないで歩く若者の中にあって、急に呼ばれた境田の軽い足取りは通りに溶け込んでいた。ただしトレンチコートだけは場違いのようだ。仕方がない、どんな態度に出るか解らない、いや、どうせ門前払いだ。だが、急展開に此の服装が今は少し困惑した。
いつもの喫茶店に着くと、さっきのように躊躇することなく、ドアを押し開けた。細長い通路を挟んで、両側に並ぶテーブル席を奥まで見渡したが彼女がいない。また気持ちが急転直下しかけたところに、脇の席から名前を呼ばれた。斜め下のテーブルに彼女は座っていたのだ。
「もうー、どこ見てるのッ、気が付かないなんて」
と言われるままに前の席に着いた。
「さっきはあの龍馬像の所に居たでしょう」
「見てたのか」
まあね、と気乗りしない返事をされた。
「君にあんなお姉さんが居るなんて知らなかった」
「あー、香奈子姉さんね」
「でも君と余り似てないなあ」
「異母兄弟ですから」
これにはハア? とおかしな顔をした。




