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散歩道の船着場1

 平安神宮前の疎水もそうだが、伏見の三十石船も冬場は運行されない。桜が咲く春にどっと押し寄せる観光客目当てで、この時期の船着き場は閑散としていた。

 さっきは菜摘未に圧倒された。それだけに此処に居る境田は十和瀬酒造で見た時より孤独だ。この時期は春の開港を待つ冬枯れの船着き場だけに、トレンチコートの彼は似合っていた。

 小谷の呼び掛けに、境田は手持ちのぐい呑みはそのままに、視線を川面から二人に移した。

「此の人がさっき聞いた境田さん?」

 香奈子は目に留まった十和瀬酒造のロゴから直感して小谷に聞いたが「そうです境田です」と男は小谷の紹介に先んじて答えた。香奈子は、小谷に一度眼をやり、境田の挨拶に応えてお辞儀した。

「嗚呼、境田さん、こちらは菜摘未のお姉さんに当たる香奈子さんです」

 菜摘未と聞いて境田は唐突に目の色が変わった。彼は慌ててぐい呑みを振り払ってビニール袋に戻した。

「その酒はまだそんなに出回ってないですが、安物の酒より結構心地良く酔いが廻るから何とか広めたいんですが……」

 境田は口当たりに付いては申し分ないのか、軽く頷き口元も少しほころんだ。

「美味かろう高かろうでは、後は値頃感だけだろう」 

 まあねぇ、と応え話に乗ってきた境田を見て、小谷は香奈子と向かい側の船縁に座った。

「さっき袋に閉まったぐい呑みは別に買ったんですか」

「菜摘未、さんが此の酒に付いてるとわざわざ持って来てくれたんですよ」

 ウン? そんな話は聞いてないが、多分、他の酒の景品を渡したのか? それにしてもわざわざ後を追っかけて菜摘未が渡すか? これには香奈子も腑に落ちない顔をしていた。

「菜摘未が何て言って渡したんです?」

 境田はわざわざ袋から出したぐい呑みを見せて「これは景品じゃないんですか」と二人と同じ疑問を打っ付けてきた。

「久し振りだったんで、しかも高い酒ですからおまけしたのとちゃいますか」

 とは言っても、昨今の菜摘未からは起こり得ない行動に、境田が勘違いしなければ良いがと気を揉んだ。


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