香奈子に聞く1
十和瀬酒造から仕入れた商品を積んだままの営業車を店に置いて、いつものように徒歩で香奈子の店に向かった。京阪電車伏見桃山駅前の大手筋通りから、二筋目の通りを下がる途中に在る君枝の店はまだ閉まっていた。小谷が注文を聞きに来る時間は大体決まっていた。店の前の電飾看板は昼行灯で夕方にならないと点いているのか解らない。昼間は観光客が相手だからこれで十分なようだ。看板前のドアにはまだカーテンが掛かっていたが鍵は掛かってない。それで喫茶の営業前だと判る。ドアを開けると君枝はカウンターの向こうで煙草を吹かしていた。いつものことだが朝の挨拶もそこそこに、彼女の視線を横切るように小谷は二階へ上がった。
香奈子が座る仕事場の右側には、顔料を調合した白い鉄鉢が所狭しと並んでいた。前に掛かっている反物は、地味に染められた生地にゴム糸目された枠内を、塗り絵のように彩色していた。
「今日は塗り絵ですか」
と揶揄すれば少し脹れっ面をされた。良く見ると枠内の枝も葉も花も一色でなく他の色と見事にグラデーションするように滲ませていた。そこが単純な塗り絵とは違う素描き友禅らしい。
香奈子は一区切りついたのか、水だけ入った鉄鉢に筆先を洗って、布で拭き取った。休憩するときは、こうして拭き取っておかないと、乾くと筆先が硬くなり、ほぐさないと元のように直ぐに使えないのだ。
「お店には寄られたんでしょう」
順序として此処は車が置けなくて十和瀬酒造に置いて来る。
「ちょっと早めに寄ったら菜摘未とかち合わせた」
「あら ! そうッ、最近はあの子は来ないけどどうしてるのかしら」
今日の菜摘未の態度と、これはリンクするものがあるのだろうか、と想って躊躇いながらも「とうとう菜摘未の別れた彼と店で出くわしたんだ」と言ってしまった。エッ!何しに来たのッ、と驚かれた。
「いつもの気紛れだと思って、もうそろそろほとぼりが冷めた頃だと勘違いしたらしい」




