境田2
菜摘未は黙って奥の飾り棚のショーケースから、四合瓶に入った極上の辛口の酒を目の前のガラスケースの上に置いた。
「此の酒は度数は高いけれど呑みやすいわよ」
男は値段を聞いて驚いたが、その酒を買い求めた。そこへ丁度小谷が注文の取り次ぎにやって来た。男は慌てて酒の精算をして、バツの悪そうに足早に店を出た。
「誰だあの男は」
「見ての通りお客さんよ」
「若い男がディスカウントストアでなく直接酒造会社のショーウィンドウに酒を買いに来るか」
「観光客なら来るわよ」
「あれはどう見ても観光客じゃないし、第一観光客なら観光を終えてから来るだろう」
菜摘未にすれば今日は小谷が来るのが早過ぎた。
「それよりいつも何処へ行ってるんだ」
「貴方には関係ないでしょう」
と千夏さんを呼んで「あの高い酒が売れたわよ」と代金を預けて菜摘未は店を出た。振り返り菜摘未を追う小谷を千夏は引き留めて、後で説明すると言われ、事務的に今日の出荷量の確認を求められた。先に今日の納品書の遣り取りが優先する。事務所に入ると引き替えにおばさんは店に戻った。事務処理を黙って見ていた小谷は、確認が終わると用意された商品を検品した。積み込むのは後にして「さっきの男は誰なんだか」と訊ねた。
「せっかちな人」
「どうして菜摘未が後を追ったのだ」
「あの子がそんなことする訳ないわよ」
千夏に云われて、ハッとした。それもそうだと気付いて、俺も余程気が動転したらしい。
「あの人は、担当が小谷さんに代わってからは家には来なかったから知らないと思うけれど……」
あの男を良く知っているのは家の者でも、あたし以外は義弟ぐらいだ。あの男が店に来るとすれば、パートのおばさんが休みの日曜ばかりで、いつも千夏か義弟の幸弘が菜摘未に取り次いでいた。




