境田1
冬の柔らかな陽射しが延びてきた。十和瀬酒造前の昼下がりの通りを何度が店の前を行きつ戻りつして、覚悟を決めたように重い足取りで店に男が入って来た。店内で此の様子を見ていたおばさんは、観光客が店の前でお酒を買のを躊躇していると見た。おばさんは男を愛想良く招いたが、店内には所狭しと並ぶショーケースの酒には目もくれずに、店番のおばさんに菜摘未を尋ねた。客でなくがっかりしたおばさんは、奥の事務所にとって返した。 奥の事務所では飾り棚に置かれた商品の隙間から店内が覗けるようになっている。来店の気配を知って一部始終を見ていた菜摘未が「あたし一人で応対する」と言い残して店に出た。おばさんは心配そうだが、千夏は大丈夫と太鼓判を押している。
菜摘未が店に出ると、男はぐるりと囲むように並ぶショーケースのお酒を、ぼんやりと眺めていた。
大学時代に声を掛けたのもあたし。卒業して直ぐに誘ったのもあたしだった。久し振りに対面した男は、あの頃と少しも変わっていない。と謂う事はあたしから何か言わなければ、此の男はいつまでも黙ってショーケースを見ている。男は不安そうに対面して視線を合わしてからも沈黙する。彼女は冷めた眼で「何の用なの」と低い押し殺した高揚のない声で訊ねた。男はボソッとひと言「酒を買いに来た」と告げて、彼女の反応を窺っている。意を決して来ているはずなのに。この場に及んでそんな在り来たりな物言いしか出来ないなんて、思わず内心可笑しくなってきた。
子供時分から分かり切っていながら、揶揄うのが好きな彼女は、客として対応する事にした。戸惑う男に菜摘未は、素っ気なく酒の好みのタイプと銘柄を、事務的に説明した。この期に及んで見え見えの彼女の態度に、男は気を入れ直して、直ぐにほろ酔い気分になれる酒を求めた。
「もう! バッカみたい。いい加減にしてよ。お酒だけ買って如何すんのよッ。帰るのッ。からっきしダメな人ねッ」
やっと菜摘未は、演技する我が身のばかばかしさに呆れてしまって、頭ごなしに強気に言った。男はやっと本来の菜摘未に戻ったのを確認すると強気に反応した。
「だからこうして来たんだッ」




