君枝の店1
十和瀬の切実な問題だと思って訪ねた新居は、意外なほどに彼奴の一方的な思い込みの産物だった。新居への訪問で十和瀬の悩みは、己自身の希実世さんに対するふがいなさにあった。もっと相手の身になって過ごせば自然と好転するのは間違いないだろう。だがそれを言っても改心するような男じゃなかった。希実世さんは受け入れているのに、それに気付かないで疎外感を持った十和瀬に、問題があると分かった。これは高校時代から気付いて実害はないが、一緒に共同生活する夫婦となれば、此のすれ違いをどう受け止めるか。
新居に招かれてから希実世さんとは懇意にさせてもらい、それから時々は新居に呼ばれるようになった。勿論最初は十和瀬が呼んだが、その内に希実世に催促されて来る事もある。十和瀬にすれば夫婦仲もあの日から円満とは行かずともそこそこ回復基調になった。そのご褒美でもないが十和瀬夫婦が、揃って土曜日の夜に小谷を『利き酒』に誘ってくれた。
小谷は香奈子目当てに店に行くが、話せるのは初めのうちで、客が混んでくればいつもカウンター席の端で独り呑んでいた。それを見かねて今日は十和瀬夫婦も一緒に付き合ってくれる。もちろん希実世さんの提案に十和瀬が乗った。
小谷が店に着くと既に希実世さんがカウンター席に座っていた。今日は希実世さんが一人だから店の者は珍しいと思ったようだ。十和瀬が後で来ると解り取り敢えずは君枝さんが、此の前出した飾り棚のショーケースから、四合瓶の高級酒を出してくれた。
「それって勝手に出していいの?」
前回は鴈治郎の指図で出した酒だ。
「あたしがこれっと見込んだ人には勝手に出してもええんよ」
コップに注がれた頼みもせんお酒に「何ですかそのお酒は」と希実世さんが言うと小谷がすかさず「口当たりが良くてスーッと喉を通りますから飲み応えありますよ」と勧めた。君枝さんも、気に入れば実家の店で販売して、他の方にも宣伝してもらうように頼むと、また飾り棚のショーケースに閉まった。
言われて希実世さんはひと口呑んで、コップをカウンターにゆっくり置いた。




